話すのはいつも、なんでもないことばかり。

「それで、結局鈴木君だけ怒られちゃって」
「うん。そりゃそうだろうね」
「及川さんって意外と冷たいですよね」
「俺が優しいのはなまえちゃんだけです」
「………」
「あ、照れた?」
「うるさいです」
可愛いとかなんとか言いながら、及川さんがほっぺたをつついてくる。恥ずかしいのと、ここが外って事もあってぷいっと顔を背けた。別に照れただけが理由ってわけじゃない。
及川さんの私だけ、は信用ならないんだ。言い直すなら、私を含む女の子に優しい、の間違いだ。
私のほっぺを追いかける事なく手を引っ込めて、及川さんは少しだけ首を傾ける。

「それよりなまえちゃん、そいつと随分仲良しだね?よく話に出てくる」
「そいつって……いま隣の席なんです」
「あれ、いつの間に席替えなんてしたの?」
「言いませんでしたっけ?」
「聞いてないよ、俺がなまえちゃんの言った事忘れるわけないもん」
「そーですか」
「また照れちゃって」
「うるさいです」
また伸びてきた手を払いのけて、何の話だったか思い出す。

「ええと、そうだ。前隣だった子は一番前になって、いっつも当てられてます」
「うわぁ、ご愁傷様。俺は一番前ってなったことないや」
「及川さんが一番前に座ってたら邪魔でしょうがない」
「ひどい」
わって泣き真似してみせるけど本当のことだもん。きっと高校時代も同じように扱われてたんだと思うと、少しおかしくなった。
私のなんてことない日常を飽きる事なく聞く及川さんは、もう大学生活も終わりだ。色々と忙しいはずなのに、そんな素振りを一切見せずに私に構ってくれて。
こっちが何も言わなくても、会いたいなぁって思う頃には毎回こうして遊びに誘ってくれるイケメンぶりだ。
私は及川さんとしかお付き合いした事のない、完全に恋愛初心者だけど、及川さんがこう――女の子の扱い方に慣れてるのは分かる。こっちが何をされたら嬉しいか、すごく的確に知っている。
初めてでこんな優しくて出来た人が彼氏なんて贅沢だと思う。

「っていうかなまえちゃんクラスの男子と仲良すぎない?」
「え?」
急に話を振られて少し間抜けな声が出た。

「普通だと思いますけど」
「いーや絶対仲良すぎる!及川さんは心配です」
「えー」
眉を下げて拗ねたみたいに言う彼に苦笑する。
そんな声でほんとにそう思ってるか疑っちゃうね。
及川さんはいつも余裕たっぷりで私だけがいっぱいいっぱい。
きっとそっちだって私よりずっと女の子と仲良しだったでしょう。今だって仲良しに決まってる。

及川さんは時々こうやって無邪気っていうか、子供っぽく振舞ってくる。年下だし、親友にも子供っぽいって言われるくらいの私に合わせてくれてるんだろうなぁって思うと、喜ぶべきかどうか。
いつ会っても私の話ばっかり聞きたがって、及川さんの話もちょっとしたかと思えば、気付く頃にはまた私が喋っちゃって、彼はうんうん頷きながらそれを聞いてくれている
もしかしたら高校時代を懐かしんでいるのかもしれない。
時々今日あった事をお兄ちゃんに報告してる子みたいな気分になる。
一緒にいてもよく妹に間違われるし、だから制服じゃない日はこれでも頑張って背伸びして、ちょっとおしゃれしてみる。

及川さんのセンスとかぼんやり考えてたら、彼が突然ポッケに手を突っこんだ。
引っ張り出したスマホの画面を見てちょっとだけ迷ったみたいな顔をする。いつもならこっちが何か言う前にポッケに戻っていくけど今日は違うみたい。

「どうぞ。出てください」
「ごめんね!」
電話だろうと勧めると、及川さんは両手を合わせてから少し離れた所で電話に出る。
それをぼんやり眺めながらテーブルに頬杖をついた。

こうやって見ると、もうきちんとした社会人にも見える。ふざけてる時はちょっとアレだけど、真剣な顔してると改めて格好いいな。
ほら、周りの可愛い女の子達もみんなちらちら見てる。及川さんなら誰に声をかけても二つ返事で頷いてくれるだろうに。なのにどうして私みたいなのを選んでくれたんだろう。
高校生の頃からよりどりみどりだって聞いたし、勝手な想像だけど大学には美人お姉さんがいっぱいだ。卒業したらもっと。その時私はどこにいるんだろう。及川さんの隣?
いっそ及川さんと同じ年に生まれたら良かった。そうしたら相手にされたかは分からないけど、こんな置いていかれるような焦った気持ちには――いや、同い年でも一つ上でも下でも結局は変わらないか。
きっとどんな私でも同じ気持ちになったはずだ。前をゆっくり歩いてく及川さんを走って追いかける、そんな私。


「お、みょうじ」
「え?」
じゅーっと買って貰ったジュースを飲み干していると、聞き慣れた声が私を呼んだ。
振り向くと隣のクラスの、彼氏君だ。親友の彼氏だからそう呼んでる。

「なに一人?」
「ううん、電話待ってるの」
「ふーん」
「彼氏君は?デート?」
「それは明日」
「まぁ。うきうきしちゃって。このリア充め」
「お互い様だろー」
揶揄うみたいに口元を押さえて大袈裟にねめつけると、彼氏君が髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回してくる。親友が私を妹みたいに扱うから、彼にも同じ癖が移ってしまったらしい。
どっちにしろ及川さんは絶対しない仕種だ。

「じゃあな」
「うん」
軽く手を上げて彼氏君が帰っていく。その後ろ姿はどことなく浮かれて見えて、少しだけ笑ってしまった。きっと明日が楽しみなんだ。
それはデート前の親友も同じなんだけど。私も及川さんと会える前はあんなんなのかな……私の方がもっと浮かれてるかもしれない。

あの二人は、羨ましいっていうか憧れだ。ずっと仲が良くてとてもお似合い。
なんていっても、等身大の恋をしてる。それか、二人で手を繋いで二人そろってお互い支え合いながら一緒に背伸びして。二人で一緒に手探りで進んでく恋をしてる。
私の場合いつでも私が精一杯背伸びして、それを及川さんが笑いながら支えてくれてるみたい。いつも手を引いて少し先で待っていてくれる。
ぼうっともう見えなくなった背中を追いかけていて、急に腕を掴まれた。

「う、わっ!?」
「なまえちゃん」
「えっ、及川さん?」
全然気がつかなくてびっくりした。
腕を掴んだのは及川さんで、やけに真剣な顔で私を覗きこんでくる。声も凄い真面目だ。
なんなの、もう電話は終わったのかな。あっ、もしかしてすごく大事な用が入ったとか。

「及川さ…」
「いつの間に」
「え?」
「いつの間にそんなカオするようになったの」
「顔?」
私の声を遮ってそんな事を聞いてくるから、つい掴まれてない方の手でペタペタ顔に触れてみる。分かるわけはないけど。

「そんな顔ってどんな」
「いまの、誰」
「いまの?」
「さっき喋ってたでしょ?」
「ああ、彼氏です」
「ちょっ、なまえちゃんの彼氏は俺でしょ!?」
「親友の、彼氏君です」
「………」
急に慌てふためいたかと思えば少し沈黙してから、
「ああ、そう…」
呟いて及川さんはテーブルに突っ伏してしまった。
綺麗に整った髪をちょっと撫でて顔を覗きこもうとする。

「及川さんどうしたんですか。あ、電話大丈夫でした?」
「うん、それは平気……だけど」
ああもう、余裕ない。格好悪い…。
続けて洩れてきた弱気な声に首を傾げる。

「及川さんはいつでも余裕たっぷりで、か…、格好良いですよ」
「………」
及川さんみたいにさらっと言えるスキルはないけれど、精一杯出来る限りの優しい声で言った。なんか顔が熱い。
及川さんが少しだけ顔を上げて――。あれ?目元赤い?これはあの、照れてるの?及川さんが?私の所為で?

「照れたんですか?」
「うるさいです」
彼みたいにほっぺはつつけなかったけど、嬉しくてつい笑みが浮かぶ。
及川さんは私を見上げて、またテーブルに突っ伏してしまった。
ほっぺの代わりに少しだけまた髪を撫でた。
もしかしたら、背伸びした分ちょっとは近づけているのかもしれない。


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