ずっとずっと不安だった。
こんなにも一緒に居るのに、優しく手を繋ぐことしかしてくれない貴方の気持ちが、本当に私の気持ちと同じなのか。
「赤葦さんは、私のこと、好きですか?」
震える唇は、殺すことの出来なかった感情を言葉へと変える。制服のスカートを握りしめる指は白くなり、苦しみを堪えるように眉をひそめと、強く瞑る瞳からは一粒の涙が頬を伝った。
「急にどうしたの」
普段はあまり顔に感情を出さない赤葦さんが、困ったように小さく顔を歪ませる。
その表情に、言うんじゃなかったと襲いくる後悔に浅く呼吸をした。
「…なまえ」
「…」
「話さないと分からないよ」
もう後戻りは出来ない。
その言葉に薄く唇を開き、搾り出すように声を出した。
「…急じゃ、ないんです。ずっとずっと、思っていました」
ずっと考えていた。
何で赤葦さんは私なんかと付き合ってるんだろうって。
特別可愛いわけでも、綺麗なわけでもない。スタイルが良いわけでもないし、頭が良いわけでもない。全てが平均で収まる私の何処がいいんだろうってずっと考えていた。
私と赤葦さんじゃ、釣り合っていない事など一目瞭然なのに。
付き合い始めたとき、不安は無かったといえば嘘になるけど、今みたいに大きくはなかった。
だけど、少しずつ二人で過ごす時間が増えるにつれ、必要以上に触れようとはしない赤葦さんに、胸が苦しくなっていった。
「私は、赤葦さんからしたらまだまだ子どもだし、赤葦さんの気持ちを汲み取ってあげることも出来ません」
私には分からないことが沢山ある。そして同時に出来ないことも沢山ある。
赤葦さんが仕事で辛いことや大変なことがあったとしても、私に話してくることなんか無くて。例え話してくれたとしても、気のきいた言葉をかけてあげる事など出来る訳がなくて、共感をしてあげることすら出来ない。
私がもっと大人だったら、赤葦さんの話をうまく呑み込んであげることが出来たのだろうか。
仕事の話、上司の話、お酒の話。
私には入ることのできない領域がとても多すぎて、その事実にひどく泣きたくなった。
「私には、赤葦さんの傍に居ることしかできないんです」
傍に居ても、何もしてあげることが出来ない自分に嫌気が差す。今でも信じて居たいのに、疑っている自分が嫌になる。
赤葦さんが本当に私のことを、好きなのか。
赤葦さんの気持ちを疑いたいわけじゃないのに。
*
頬に幾つもの涙を流しているのに、それでもまだ堪えようとする瞳にはたくさんの涙が溢れている。頬と鼻を赤く染めながら苦しそうに呼吸をする表情にひどく胸が痛む。
どこまで触れていいのか分からなかった。
まさか自分が高校生と付き合うとは思ってもおらず、木兎さんに彼女の年齢を告げたときは、ただでさえ大きい目を更に見開いて、ひどく驚いていたのを思い出す。
触れてしまえば、止まらなくなるんじゃないのかと思った。
異性と関わることをあまりしないと言う彼女は、いつだって触れようとすると、頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。その姿はとても可愛らしく、大事にしたいと思う反面、今すぐにでも強く抱きしめて自分だけのものにしてやりたいと思ったこともあった。
大事に思えば思うほど、触れることが出来なかった。
なまえのペースでいこう。
そう思って、今までずっと我慢をしていたのに。彼女が大人になるまで、じっと堪えておこう。そう思っていたのに。
それは、彼女の不安を大きくさせる為のものでしかなかった。
「お願いします、赤葦さん。
私のことを大切に思ってくれているのなら。
まだ、私のことを好きでいてくれてるのなら。
今すぐ抱きしめてください」
漏れそうになる嗚咽を抑えるように、手の甲を口元に当てながら涙を流すなまえは綺麗だった。
「貴方の触れようとしないその手が、私にはとても悲しいんです」
その言葉に俺の腕は勢いよく彼女の元へと伸びていった。
強く手を引けば、簡単に傾く体を両手で強く抱きしめる。名前を呼べば、くぐもった返事と背中に回る腕に愛しさが増す。腕の力を緩めて、伏せ目がちな彼女の額に小さくキスをした。
「なまえ」
名前を呼べば恐る恐る上がる顔はやっぱり涙で濡れていて。涙を流す瞳に口付ける。最後に、震える唇に自分の唇を重ねれば、肩を揺らす彼女が俺のシャツを掴んだ。
傍に居てくれるだけでいい。
それだけで十分だから。
どんなに互いを理解しようとも、心の底までは読み取れることは出来ない。だからもし、また不安になったときは一人で苦しまずに話してほしい。
互いに歩み寄ることが出来れば、きっと分かり合えることが出来るから。
この口付けが終わったら、彼女にそう伝えよう。
望まない未来がやって来ないように。
愛してるという言葉を添えて。
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