はるまつきみ(切)


※姫=三成の友人






ここ数ヶ月で積もった雪も
だいぶ溶けてきた
春が近づいている
そうは言ってもまだ寒い

今日も執務を早々に終わらせ
寒い廊下を渡り
数少ない友人の元へ向かう


「入るぞ」

いつもの様に返事を聞く前に
すっと襖を開け
中に入り、部屋の主の近くに
どかりと腰を下ろす
火鉢で暖をとってはいるものの
畳は冷たかった

執務はどうしたのかと聞く友人に
終わらせてきたと返せば
無理をするなと呆れられた

「その言葉、そっくり貴様に返してやるぞ、姫」

「やだなぁ、三成ってば。私は無理なんて…っ」

言い切る前に
げほげほと噎せ始めた姫に
慌てて背中をさすってやる
しばらくさすっていれば
ようやく落ち着いた
しかし、まだ辛そうだった


この部屋にいるのは
布団に横たわっている友人の姫と
そのすぐ隣に座っている私の
二人のみだった
他にあるものを上げるなら
火鉢がパチパチと爆ぜる音と
姫が未だに苦しそうに
ひゅうひゅうと呼吸をする音だけだ
それだけが互いの鼓膜を刺激している


長い沈黙が訪れた
互いに何も言わなかったが
先に沈黙を破ったのは姫だった

「三成…私、次の春は無理そうだ」

「何故そんなことを…」

何故そんな事を言うのか、と
いつもの様に叱咤しようと思い
口にした声は、私らしくもなく
聞き取ることすら困難な程小さく
あろうことか
弱々しく震えていてしまい
最後までは音にならなかった

それでも姫には聞こえたらしい

「わかるんだよ、自分の身体だしね…」

そう言って自嘲気味に笑った


「…また、私の隣で戦に出るのだろう」

「ああ、そうだったね。だけどそれは無理そうだ」

“走り回っては咳が出るしね”
続けられた言葉に色はなかった

否、色はあったが
私はそれを認めたくなかった
その色は諦めの色だった


「…姫、貴様は何を望む」

「なんにも望まないさ」

また、言葉に色がなかった
私は怖くなった
そして、それを隠すように怒鳴った

「っ桜を見に行きたいと言っていただろう!」

「よく覚えてたね…うん。見たかった」

「見に行くのだろう!」

「いいや、きっと無理だ」


いつになく否定的で
気弱になっている姫を
きつく睨み付けた
しかし、当の本人には
全く効果がない様だった

また暫しの沈黙が訪れた


「ああ、望むもの、あったよ」

それを破ったのは
またしても姫だった

「何だ、言ってみろ」

「安らかな死、かな…っ」

言い終わるや否や口を押さえて
先程よりも激しく咳き込む姫
背中をさすってやろうと
手を伸ばせば叩き落とされた
目が触るな、近づくなと告げていた

口を押さえている青白い手
その手の指の隙間から
朱が顔を出し布団を染めた


「…っ春に、なったら…桜、見に行こうか…っ」

荒い呼吸の中で
絞り出された言葉には、
僅かではあるが
確かに色があった
“本当は生きていたい”
そんな色だった

「…ああ、見に行こう、必ず」

私が静かに告げれば
姫は目を細めて笑った
諦めも自嘲もない
綺麗な笑顔だった



─はるまつきみ
  ふゆにしずむぼく

 君と一緒に
 春を迎えられそうにない
 春には雪と一緒に消えるから
 この想いは雪と共に溶けて
 地の底に沈むんだ




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