水面の月(切)


※若干家康赤ルート寄り






関ヶ原で三成が死んで、
ワシが姫を引き取ってから
もう随分と時間が経った

姫はあの三成が愛した女性だ
三成自身には、愛していた、という
自覚はないのかもしれないが
とにかく、あの三成が
唯一愛した女性が姫だった

ワシは三成との絆を絶ってしまった
だから、姫だけは大切にしようと
ワシは三成とワシ自身に誓った


関ヶ原での合戦後ワシは
太平の世を創るために奔走した
そしてようやく
日ノ本も平和になってきた

これからは姫と絆を結んでいこう、と
そう思った


しかし、何もかも、手遅れだった


ワシが姫を引き取ってからというもの
彼女は月のある夜は毎晩毎晩
部屋を脱け出して
庭の池の前にしゃがみこみ
水面に映る月に手を伸ばしていた

そして虚ろな瞳で呟くのだ
三成、と

姫は三成がそうであった様に
三成を愛していた

そんな訳で、
ろくに寝ることは愚か、
食べることすら放棄した姫は
日に日に弱っていって
ようやく日ノ本が平和になったところで、
ついに倒れてしまった

医者も呼んだ
薬師も呼んだ
それでも皆口を揃えて
もう永くないでしょう、と
そう言うのだ


***


「姫、起きているか?」

ワシはいつもの様に
薬師が気休めに調合した薬の
夜の分を持って姫の部屋へ行った

「姫…?」

しかし部屋にはいなかった
もうまともに歩くことすら
ままならないと言うのに
一体どこへ行ってしまったのか

ワシは城内を探し始めた
そして気付いた
彼女ならあそこにいるに違いない


向かった先は
彼女がまだ今より元気だった頃
毎晩毎晩やって来ていた池だ
やはりそこに姫はいた

近付いていくと
姫が水面をちゃぷちゃぷとかき混ぜ
波立たせている音が聞こえてきた


「探したぞ、姫」

「…三成?」


姫の背後から声をかけると
ワシを三成と勘違いした姫が
ゆっくりと振り返った
そしてその虚ろな瞳にワシの姿を映して
至極残念そうに、家康か、と呟いた


「今夜は冷える。部屋に戻ろう」


右手を差し出して
戻ろうと促すも彼女は
何もなかったかの様に
また水面に腕を伸ばした

その腕は水面に映る月を
必死に捕まえようとしていた


「…どんなに空に手を伸ばしても、月には触れないの」


彼女は水面を波立たせながら
ただ淡々と話し出した


「だから、ここに映る月に手を伸ばしてるの。でもやっぱり駄目ね」

「姫…」

「だって、ここにはいないんだもの。三成と、一緒」


苦しかった

姫が月を通して
三成を見ていたことも
良かれと思って彼女を引き取ったものの
結果的にワシが姫を
追い詰めた形になっていたことも
彼女の中がいつまでも
三成のことでいっぱいだったことも

何もかも、苦しかった


「もうね、朝日を浴びたくないの。だって、苦しいもの」

「…そうか」


ワシも姫も、苦しくて苦しくて
もう傷だらけでボロボロだった


「だからね、もう眠りたいの」


ようやく振り返った姫は
穏やかに笑っていた


「ねぇ…もう眠っていい?」

「……ああ、もう眠るといい」


これ以上苦しまない様に
穏やかに眠ってほしい、と
ワシが苦しむことになったとしても、
彼女だけは救ってやりたい、と
そう思った


「朝を迎えるのも、月に手を伸ばすのも、息をするのも、全部疲れたの」

「…そうか……なら、ワシが眠らせてやる」

「…ありがと、家康」

「…ああ」


会話が途切れ、姫は再度
水面に映る月に腕を伸ばした


「三成、三成…もうすぐ逢えるね」


その言葉に弾かれる様に
ワシは一度自室に戻り
三成が遺した刀を抱えて
再び姫の元へ向かった

彼女は相変わらず
水面に映る月に腕を伸ばしていた


「…すまなかった」

「いいよ、別に」


姫を背中から力一杯抱き締めて謝った
何に対する謝罪か
ワシ自身もわからなかった

ワシは姫を抱き締めたまま
右手で三成の刀を抜いた
白刃が月光にさらされて
とても美しかった

彼女はそれをうっとりと眺めてから
水面に映る月に向かって
柔らかく微笑んだ


「月、綺麗だね」


それが彼女の最期の言葉だった


ゆっくりと力が抜け
冷たくなっていく姫を
しっかりと抱き締めながら
ワシは滲む視界で空を見上げた


「ああ、本当に綺麗な月だ…」



月の隣で小さな星が瞬いた気がした




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