今日も変わらず(切/死)








いつもの様に崖の上から
瀬戸内の海を眺めていた

今日も瀬戸内の海は変わらず
蒼く広がっている


「姫」


聞き覚えのある声で
名を呼ばれた私は
大きなため息を一つ落とし
くるりと振り返った

振り返ったその先には
私の名を呼んだ人
毛利元就様が供もつけずに
たった一人で佇んでいた

しかも、
滅多に感情を表に出さない
あの毛利様が
酷く悲痛な面持ちで
こちらを見ていた

もしも長曽我部様が
今の毛利様を見たならば
きっと驚きのあまり
隻眼を見開き言葉を失うだろう

それほどまでに、
普段の彼からは
全く想像出来ない様な表情をして
じっとこちらを見ている


けれど、こういった毛利様の姿を見るのは初めてではない
昨日も、一昨日も、
一昨々日も、その前の日も
彼はここにやって来た

そうして悲痛な顔で、声で
私の名を呼んで
日が沈んだら帰っていく
そしてまた次の日には
同じ様にここへやって来て
同じことを繰り返す

そして私も繰り返し言うもうここには来ないで下さい、と
それでも毛利様はここに来る
いい加減言い飽きてきた


「また毛利様ですか…。一体、何度言えばお分かり頂けるのですか?もうここには来ないで下さい、と…私は何度も申し上げたはずです」


呆れ半分にため息をつきながら
いつもと同じ言葉を吐き出すが
やはり毛利様は私の名を呼ぶだけ


「姫…」


毎日毎日毎日毎日毎日
ずっとこれの繰り返し
一体いつまで続けるつもりだろうか
一国の主が聞いて呆れる
このままではいけないのだ

私はついに声を荒げた


「っいい加減にして下さい!もう毛利様のお顔など見たくないのです!今すぐ城へお戻り下さい!そして、もう二度とここへは来ないで下さい!!」


声の限りに怒鳴った
すると毛利様は俯いた

それからしばらくして
毛利様はようやく顔を上げ
その悲痛な眼差しを
再びまっすぐに私へ向けた


否、正確には
私の背にある石へ向けた

その石とは
私の名が刻まれた、墓石だ


「…姫、我は間違っていたのであろうか…我は……我が………」


毛利様に私の姿は見えていない
彼の視線は私の姿を通り越して
墓石を見詰めている
私ではなく
無機質な墓石に話しかけている

毎日毎日
世界の終わりの様な顔をして
墓に通い詰めるくらいなら
いっそのこと
後を追ってくればいいのに、
とも思うけれど
それをしない辺りは
やはり私の知る毛利様だ


「姫…」

「呼ばないでもう呼ばないで…っ」

「貴様は何処にいる……ここには、おらぬのか…?」


毛利様の綺麗な指先が
私の体をすり抜け墓石に触れる

毛利様に私の姿は
見えていない
毛利様に私の声は
聞こえていない
毛利様に私の存在は
感じてもらえない

それが酷く悲しかった


「姫…」

「毛利様の、わからず屋…っ」

「我は貴様を、好いていたのやもしれぬ…」


私はついに泣き出した



今日も瀬戸内の海は
私が死んだ日と変わらず、
蒼く広がっている



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