僕は最期に笑えただろうか
(切/悲/死/血)



※姫=半兵衛の正妻(正室)






夜空に浮かんでいる三日月は
これから僕が行うことに
一体何の意味があるのか、と
嘲笑っているかの様だった


弱みを作ってはいけない
僕、軍師・竹中半兵衛にとって
彼女の存在は非常に邪魔なものだ


「お呼びでしょうか、半兵衛様」


ゆったりとした動作で
僕の部屋に入ってきたのは
正妻の姫だ


「ゆっくりしていた所、すまないね」

「いいえ、お気になさらず。それで、お話しとは?」


僕がこんな夜中に
彼女を呼びつけたのは、
別に色事をするためではない
きっと彼女も
それを理解していることだろう


「…君は秀吉がねね殿を殺したことについてどう思う?」

「おや、珍しいですね。半兵衛様が秀吉様のお考えについて意見を求めるだなんて」

─あなたらしくもない


クスクスと笑いながら言われれば
確かに僕らしくもない言い方だったと
今になって気付く
しかし、出ていった言葉は戻らない


「そうですね…ねね様とは時々お茶会もしていましたし、亡くなられてからは少々寂しくなりましたわ。あぁ、そういえばねね様とは…」

「姫、僕が聞きたいのは思い出話じゃない。秀吉のしたことについてどう思うか、それを聞きたいんだ。」


ねね殿との思い出を語り出した姫に
僕は言葉を重ねて遮った

すると彼女はすっと目を細めて
言った


─半兵衛様と同じでございます


僕は秀吉の行動に反対はしなかった
僕が秀吉のことを止めなかったのは
天下を手にするためだと
理解できたからだ

僕と同じ考え、つまり
反対ではなかったと言うことだ


チラリと彼女を伺い見れば
姫は口元に弧を描いていた
一言で表すなら挑戦的な笑顔だ

どくり、心臓が跳ねた
僕は今宵、彼女を殺すつもりだ
否、殺さねばならない
そのために呼んだのだ

姫は聡い女性だ
きっと彼女には僕の考えなんて
お見通しなのだろう
だからああやって
笑っていられるのだろう

昔からそうだ
姫は悪戯を思い付いた時は
必ずああやって笑う
彼女は分かっていて此処に来た
此処に殺されに来た

しかし、あの笑顔を見ていると
どうにも殺せない気がしてくる
僕は昔から
ああやって笑っている時の彼女に
勝てた試しがない

だが、やらねばならない

彼女はねね殿の様に、
簡単には殺されてくれないだろう
現に今だってそうだ
簡単に殺させてくれない

挑戦的な笑顔のままの姫を見て
ふと思った
僕はどんな顔をして
姫を見送れば良いのだろう、と


「…姫、君は死ぬ前に何を見たい?」

「随分と唐突なお話ですわね」

またしてもクスクスと笑う姫は
先程よりも
更に挑戦的な笑顔で言った


「笑っているあなた、でしょうか」

「…何故」

「最期くらい愛する人の嬉しそうな顔が見たいじゃありませんか」

「そうかい…じゃあ、」


僕は横に置いていた愛刀を
引き寄せスラリと抜き、
その切っ先を真っ直ぐに
姫へ向けた


「僕の夢のために、今此処で僕に殺されて欲しい、と言ったら…君はどうする?」


姫は少しも驚いた様子がない
やはり最初から何もかも
気付いていたのだろう


「…驚かないのかい?」


その質問はわずかな希望だった
ここで大声でも上げてくれれば
僕はこの先のことをせずに、
君を殺さずにすむのに
早く、今すぐ大声を上げてくれ

そう伝えたくて聞いた質問に
姫は静かに答えた
“気付いていました”と


「さあ、一思いにやってくださいな。私、痛いのは苦手ですの」

「っ…君は……」


切っ先が震えた


「半兵衛様。私、幸せでした。ですから、笑ってくださいまし。最期に見たいのは半兵衛様の笑顔ですから」


姫は笑った
挑戦的な笑顔などではなく
ただ、柔らかく綺麗に笑った


「っ…」

「さあ、お早く…」


僕は刀を振り上げた

刀が空を切る音の合間に
小さく“愛してる”と聞こえた

次の瞬間
ざくり、刀が肉を裂く音がした
どさり、姫が崩れ落ちる音がした
ぶわり、鉄の臭いがした
カラン、刀が落ちる音がした

斬撃は寸分の違いなく
急所をついていて
もう姫の意識はなかった

僕はピクリとも動かない
彼女の身体を抱き締めた


いつの間に雨が降ったのだろうか
丁度僕の真上の天井に
穴が空いている様だ
雨漏りが、酷かった



僕は最期に笑えただろうか

愛してる、なんて
聞きたくなかったよ



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