見なかった (切)








裏切り者が三人
反膜に包まれ
空の裂け目へ昇っていく


そのうちの一人、市丸ギンは
色のない表情で下を見下ろした

すると、自分を見上げていた人物と
目があった
その人物こそ、魂尸界に置いていく部下であり想い人の姫である

姫は泣く訳でも罵る訳でもなく
ただただ、真っ直ぐに
反膜の中の市丸を見据えていた


反膜の中の市丸に
姫が“市丸隊長”と呼ぶ声が
聴こえた気がした

瞬間、市丸の脳裏で
魂尸界での記憶が
走馬灯の様に流れた


“あ、市丸隊長!”

“もももも申し訳ありませんっ!”

“吉良副隊長がお探しでしたよ?”

“あの、執務は…?”

“干し柿がお好きなんですね”

“市丸隊長”

“市丸隊長”

市丸の記憶の中に必ずいる姫
脳内で再生される
姫の声と笑顔は
全て鮮やかだった


市丸は自分が姫のことを
好いていると理解していた
しかし市丸は自分の気持ちを
見ない様にした

気持ちに気付いたところで告げることの許されないものだと
分かっていたから
今日という日が来ることは
何十年も前から分かっていたから

だから気持ちを見なかった
避けて、避けて、避けて、
そうしてここまで来た


姫に嫌われていれば
どれだけ楽だっただろうか、と
答えの出ない問いを自分にする


市丸の視線が
姫の視線とぶつかったのは
ほんの一瞬だったはずなのに
市丸にはまるで永遠の様に思えた

そして小さな未練が生まれた

だから見なかったことにした
自分は何も見なかった、と
自分自身にそう言い聞かせて
視線を上げた

空の裂け目はすぐそこだった


「私が天に立つ」

これから自分がついていく男の声が
やけに頭に響いた


「僕はなんも知らん、なんも見てへんのや」

市丸の呟きは
裂け目の閉じる音に紛れて消えた



─見なかった
 何も見ていない
 君の口が動いて
 僕の名前を紡いでいたなんて
 そんなことは見ていない
 君が僕の名前を呼んだなんて
 そんなのはただの幻聴だから







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