すき、 (甘/切)








冬にしては温かい日差しの中
世間一般的に言うと
動物園デートをしている状況の
男女二人組

女、姫は
ショートパンツに
薄く透かし模様の入った黒いタイツ
それに長めのポンチョと
茶色のブーツを纏い
猿山をじっと見詰めていた

そのすぐ隣でぼんやりと
猿山を眺めている男、夏目残夏は
普段身に付けている
黒いスーツではなく、
ジーンズに適当な長袖と
パーカーらしきもの、
その上にジャンパー
さらに眼帯も医療用の白いもので
いつもと比較すると
随分とラフな格好だった


二人はどこからどう見ても
休日に動物園にきて
猿山を見ているカップだった

普通の人間は
彼らが妖怪の先祖返りだなんて
考えもしないだろう


猿山を見始めてから
どのくらいの時間が経っただろうか
正確な時間はわからないが
同じ頃に猿山を見始めた家族は
とっくのとうに見飽きて
先に進んでいった


「…ねぇ姫たん、他のは見に行かないの?」

さすがの夏目も見飽きたのか
遠回しに次へ行こうと言い出した

「行きたいなら行ってきていいよ。私、ここにいるから」

しかしながら返ってきたのは
夏目の期待するものではなかった
だからといって、
“はいそうですか”
と次へ行かないところは
彼の優しさなのか、
はたまた惚れた弱味
というやつなのか…


「どうしてそんなに猿山を見てたいの?」

夏目は先程から気になっていたことを口にした


“いろんな動物を見に動物園に行きたい”と言い出したのは姫だった
あまり自分から積極的に
外出しようとはしない姫の、
もとい恋人の願いともあり
夏目はすぐに休みをもらい
ここに姫を連れてきた

なのに、だ
猿山は園内の真ん中辺りにあって
この先には
トラやヒョウなどの動物や
爬虫類や昆虫も待っている

いろんな動物を見たいのなら、
それなりに見たらさっさと
次へ行くものではないのか
現に、猿山にくる前までは
そうだった
時には夏目の方が
長く見ていたりもしたのに

夏目は姫が猿山だけ
異常に長く見ているのが
不思議で仕方なかった


「もしかして姫たんはサルが好きなの?」

なら帰りにサルの人形でも
買ってあげようか…と、
ちょっとした計画も兼ねて
聞いてみたが
姫は首を横に振った


「違うよ、どちらかと言えばウサギ派」

「いやん、残夏たん嬉しい!」

「残夏は嫌いだけどね」

「…ホントは好きなくせに」

「何か言った?」

「何でもなーい」

そんな会話をしながらも
姫の視線は猿山から離れることはなかった

「面白い?」

「別に」

「じゃあ何で?」

「…あれ」


姫が指差した先を辿れば
そこには子猿を大切そうに抱き締める母猿がいた

「私はああやって母さんに抱き締められたこととかないから、どんな感覚なんだろうなぁ…と思って」

きゅう、と胸が絞まる音が
聞こえた気がした
姫の声色はそれほどまでに
切なさに溢れていた

彼女もまた、“先祖返りだから”
といった理由で
親の愛を知らずに育ってきたのだ

「そっか」

「うん」


肩が泣いている様に見えた
たまらなくなって
後ろから抱き締めた

「ちょっ…離してよバカ!」

「好きだよ、姫たん」

「な、に今更」

「姫たんのお母さんにはなれないけど、お母さんよりも姫たんのこと大好きだよ」

こんな時、普段の様に
余裕を持った言葉を紡げないのは
きっと自分も伝えることに
必死だからなんだろうと
夏目は頭の隅で考えた

「…ありがと」

彼女のお腹の辺りに回した腕に
少し冷たい手が触れた



(姫たんは僕のこと好き?)
(だから今更何言って…)
(好き?)(す…)(す?)
(す、すき)(っ姫たん!)
(焼き食べたい…っ!)
(…照れ屋さんなんだから)

─すき、焼き食べたい
 大好きな君へ
 最大の感謝と愛を込めて







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