知らぬが仏 (切?/暗)


※病弱残夏






私は所謂先祖返りで
メゾン・ド・章樫で働く傍ら
外で仕事をしている
仕事というのは
雪小路もやっている様な
妖怪にまつわるものだ

今日も外の仕事をしていた
そうしたら渡狸から連絡がきた
夏目が倒れたらしい
私は早急に仕事を終わらせ
章樫館に帰った


「姫!」

ラウンジに入って
すぐのところに渡狸がいた
渡狸と一言二言会話をしてから
夏目の部屋へ向かった


「夏目、入るよ」

ノックもそこそこにドアを開け
ずかずかと部屋に上がり込む

「あれ、姫たん?外の仕事は…」

“外の仕事はどうしたの”
そう続くはずだった言葉は
咳によって消えた

私は、背を丸め口元を押さえて
咳き込む夏目に駆け寄って
背中をさすった
そうしている内に
口元を押さえている指の隙間から
朱が覗いた


─まただ

そう思って気が付く
私は夏目が朱を吐き出すのを
見たことがない、初めてだ
初めてなはずなんだ
だけど初めてじゃない
直感でそう思った

なら、いつ…─


「姫たん」

名前を呼ばれて
沈みかけていた思考の海から
急速に浮上する

「…思い出したくないことを無理に思い出す必要はないよ?」

咳はおさまったのか
喋りだした夏目は
笑っている
しかし、どことなくぎこちない

ぎこちなく笑う夏目を見ていたら
苦しくなった

「っ…ごめん」

私は謝罪を一つ落とし
逃げるように立ち去った

あの時と同じ様に


─あの時って、いつ?
 知らない

─何で知ってる気がするの?
 気のせいだよ

─私は、ダレ?
 わからない


今度は深く思考の海に呑まれる

どうして、なぜ、


知らない知らない知らない知らない
気のせい気のせい気のせい気のせい
わからないわからないわからないわからないわからないわからない


「思い、出せない…思い出したくない…」

頭の中に浮かんだ情景が
目の前にも広がり重なる

目の前で夏目が咳き込んでいる
隣でその背中をさすっているのは…
ワタシ?


((無理しないで残夏))

((無理なんて、してないよ…))


これはきっと何かの夢だ
今のワタシは知らない
知らないんだ、何も

ワタシは目の前に映る情景を
目をつぶることで
シャットアウトした



─知らぬが仏
 あの時の私は
 ワタシに蓋をした
 “知らない方が幸せだ”と







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