瞼の裏に住まう人(切/甘)


紅い瞳を開ける
そこには少し前まで見えていた景色はない

ワタシはいつか君に尋ねた

─世界が真っ暗というのは
 どんなものなんだイ?

君の答えの意味が
今、ワタシにも分かりました


***


「…ねぇ、姫」

なぁに、と私は返した
ザクスの顔は見えないけど
なんとなく、ザクスが意味深な顔をしている気がした

「世界が真っ暗というのはどんなものなんだイ?」


私は目が見えない
昔チェインに襲われ光を失った

先天的な盲目ではないから
記憶に残る光は覚えている

幼い頃に一度だけ見たザクスの顔は、他のどんなものよりも鮮やかに覚えている


「えっと…たしかに真っ暗なんだけど、何もない訳ではないよ…?ザクスがいる、それだけはよく見えるよ、まるで瞼の裏に住んでるみたいに」

嘘ではない
私は今でも私が覚えているザクスを鮮明に思い出せるから

「…困ることはないのカイ?」

「それは、やっぱりあるけどね」

─例えば、ザクスに変なトコ見られても気付けないとか

ふざけて言うと衣擦れの音がしたザクスが肩を竦めたらしい

「馬鹿デスネ、姫は」

「冗談だよ、本当に困るのはザクスに不意討ちのキスが出来ない事かな…?」

わざとらしく肩を上げ
クスクス笑えば
聞こえた溜め息

「ワタシもいつか出来なくなってしまうのかネ…」

冗談っぽく弾んだ声
しかし、何だか今回は
ザクスの声が心なしか沈んでいた気がする


おそらく“イカレ帽子屋”の影響のことを言っているのだろう

「…自分を大切にしなさいよ?ザクス」

そう言うとザクスは わかってマス と言って私にキスをした



それから数日後
私はサブリエから帰ってきたというザクスの部屋を訪ねた

ノックをして返事を受けて部屋に入る
ザクスはベッドに横になっているようだった


「暗いですネェ…」

ザクスが呟いた

暗い と言われても私にはわからない
しかし、まだ昼間だということはわかる

と、いうことは…


「…もしかして、見えないの?」

「そうみたいデス」

ザクスの乾いた笑い声が響いた

「…じゃあ私と一緒ね」

私は苦笑した

「…姫、今苦笑したでショウ?」

「あら?わかるのね、ザクス」

ザクスは先程の乾いた笑い声とは違った柔らかい笑い声をあげた

「姫の顔がね、真っ暗な闇の中でもはっきり浮かぶんデス」

私と一緒ね もう一度そう言うと
ギシリ、とベッドが軋む音がした
どうやらザクスは起き上がったらしい


「姫が少し前に言っていたこと、理解できた気がしまス、まるで瞼の裏に住んでるみたいデスネ」

「ふふふ、そうでしょう?」

私は笑い、ゆっくりとベッドに近付きザクスの隣へ腰を下ろした

そして、手を伸ばしザクスの顔を確かめる

「さて、これでお互い不意討ちは出来なくなったわね」

「まったく、残念ですネェ…」

「これはこれでフェアでいいと思うけど?」


私はザクスの唇に自分のそれを重ねた


─何も見えない暗い闇の中
 だけど確かに君がいる


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