スリーピングデイズ
「ジューンブライドなんて何がいいんだか。蒸し暑くてたまったもんじゃねえ」
俺は舌打ちしながらネクタイを緩め、窮屈なシャツのボタンを2つ外した。
控えめなエアコンの風が胸に入り、いくらか気分が良くなった。
「まあそう言うな。めでたい席じゃねえか」
根っからお人好しの近藤さんが、明るい笑顔で俺の肩を叩いた。
「めでたい席ね…」
俺は舌打ちの代わりに煙草をくわえ、少し苛立ちながら火を点けた。
近藤さんは裏表のない、真っ直ぐな人だ。
この人のいい上司は、きっと心から祝っているのだろう。
例えその花嫁に散々貢がされた挙げ句あっさり乗り換えられ、その上同僚である二人の結婚式に呼ばれたんだとしても。
そんな屈辱的な扱いを受けても、近藤さんは笑っている。
「あ、もしかして俺のことまだ気にしてんのか?あははトシは見かけに寄らず優しいなあ」
見かけに寄らずとはどういう意味だろうと思ったけど、正直その強さが羨ましいと思う。
「それにな、俺は過去は振り返らない主義なんだ。今ちょっと狙ってる子がいてさあ、その娘キャバ嬢なんだけどさあ…」
そしてその前向きさも。
「……トシは、誰かいい人いないのか?」
近藤さんが少し遠慮がちにそう言った。
俺はただ首を横に振って、「いねえよ」と笑みを浮かべた。
上手く笑えたかはわからないけど。
披露宴も終わり、会場前のラウンジには沢山の人があふれていた。きっと幾つかの披露宴が同時に行われていたのだろう。
座った一人掛けのソファーの足元に置いた引き出物袋をそのままに、俺は席を立って大きなガラス窓の前に立つ。
「帰る前にちょっとトイレ行ってくる」
そう言って席を立った近藤さんに、返事代わりに軽く手を挙げた。
この様子じゃ、きっとトイレも混んでいるに違いない。
そう思いながら、俺は視線を窓の外に移した。
梅雨の合間、奇跡的に晴れた今日の景色は、愛し合う二人にはきっと美しく見えたことだろう。
綺麗に整えられた庭の花壇。その色とりどりの花びらの上にはまだ、昨日までの雨粒が残っていた。
明るい太陽の光にきらきらと反射して、まるで宝石を散りばめたように見える。
――アイツならきっと、素直に綺麗だと喜ぶだろうな。
かつて隣にいた存在を思い出して、思わずガラスに手のひらを付けた。
いや、思い出したんじゃない。忘れられないんだ。
「……銀時…」
その名前を口にすると、鼻の奥がツンとした。
最初に別れを口にしたのは、どちらだったろう。
喧嘩するのはいつものことだったので、忘れてしまった。
俺は苛立っていたんだ。
大学卒業を間近に控え、銀時は頻繁に不安を口にするようになった。
世間体がどうとか、将来的にどうなるとか。
今思えばそれらは全て、俺を気遣ってのことだったと分かる。俺の選んだ職業は世間体を何よりも慮んばかるものだから。
でも俺は、それを愛が足りないと憤り、ぶつけた。
世間体なんか関係ないじゃないかと。
男同士だからなんだってんだ。
そう言った時の銀時の悲しそうな顔を、今も覚えている。
あれから何年も経って、世間は思っていた以上に厳しいもんだと思い知った。
怒りが治まれば残ったのは後悔ばかり。
自分で思うよりずっと、俺はこの上なく真剣にお前を愛してた。
きっと俺の人生で、1番。
だから今なら言えるだろう。
怒りに任せてじゃなく、ちゃんとお前の目を見て、「男同士だからなんだってんだ」と。
でももう何もかも遅すぎる。
「いやー、悪かったな」
胸の痛みに目を閉じた時、近藤さんがトイレから返って来た。
俺は置いていた引き出物袋を持って、「帰ろうか」と会場のホテルを後にした。
むっとする空気にため息をついた。
やっぱり6月は嫌いだ。
駅までの道を半分程歩いたところで、近藤さんが変な顔をした。
「アレ?トシの持ってる袋、なんか違うぞ」
「え?」
その言葉に慌てて袋を見ると、確かに最初に持っていた袋と違う。
おまけに袋に書いてあった新郎新婦の名前も、全く知らないものだった。
「あー…、さっき間違えて持ってきちまったんだな。俺ちょっと戻るわ」
「俺も一緒に行くか?」
「いや、いいよ。先に行っててくれ」
もうこのまま二次会はバックレちまおうと決意して、俺は会場に向かって歩いた。
ずっしりと重い袋はまるで俺の心のようで、余計に苛立ちが増す。
あの日からずっと、重い。
もう一度会えたら、何かが変わるのだろうか。
会場前のラウンジに戻ると、さっきまでと違ってすっかり人影もまばらになっていた。
軽く辺りを見渡すと、ソファーの上に見覚えのある紙袋が置かれていた。
俺は足元に置いていたはずなのに、と不思議に思いながら近付くと、ソファーの陰にしゃがみ込んでいる背中を見つけた。
もしかして、この袋を探しているのだろうか。
「あの、すみません。自分のと間違えて持って返ってしまって…」
その背中に向かって声を掛けた。
「え、ああ…」
しゃがんでいた背中が、こちらを振り返る。
――自分の目を疑った。
向こうもそうだったんだろう。
大きく見開かれた目が、俺を見た。
後悔ばかりだ。
ずっと、後悔ばかり。
もし会えたら。
もう一度会えたら……。
「土方……」
先に口を開いたのは、銀時だった。
少し涙ぐんで見えるのは、俺の自惚れだろうか?
銀時は泣きそうな顔で微笑んで、窓の外を見た。
「あの庭、すげえ綺麗だよな」
俺は堪らず、銀時の腕を掴んで引き寄せた。
「……ああ、綺麗だ」
沈みかけた太陽が照らす庭。
銀時を抱きしめたまま見つめた柔らかな赤に染まったそれは、今までで1番美しい景色だった。
END
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