星空商店街へようこそ (2/2)
その日、土方がシャッターを開けていると、ふと、隣が静かな事に気付いた。
いつもなら、シャッターを開ける時間は同じのため、ここで一悶着あるのだが、今日は隣のケーキ屋のシャッターが開かない。どうしたのだろう、と隣をチラリと見てみる。すると、何やらシャッターに紙切れが貼ってあるのが見えた。
今にも飛んでしまいそうな、雑に貼られたそれには、『体調不良のため、お休みします』と、存外綺麗な文字で書かれていた。
土方はそれを見ると、銀時の部屋を一瞥した。昨日は確かに覇気がなく、部屋に戻る際には赤い顔をしていた銀時を思い出し、なるほど、あれは風邪をひいていたのか、と土方は納得し、休みの旨が書かれた紙を丁寧に貼り直した。
「土方さん!」
「あ、ども……」
「銀ちゃん風邪なんだって?」
「……みたいですね」
「これ!さっき八百屋さんでみかん買ったから、渡してあげて!」
「……はぁ」
これで何度目だろうか。土方は元来、あまり接客は向かず、口下手だ。それでも客足が途絶えないのは、整った顔立ちと、確かな腕、それとなく差し伸べられる優しさだった。それが今日は、来る客来る客、全て銀時の見舞いの品を置いていく。近所のおばさんは、花は買わずに銀時の見舞いの品だけ置いて出て行った。
それが、迷惑だとは思わない。ただの店員と客の枠を越えてネットワークを作る、恐らく無意識の銀時の才能と人柄。それが土方には少し羨ましく思えた。
銀時は口が達者で、土方は口喧嘩で勝てた試しはない。勿論、拳を交える様な喧嘩なんてした事ないが。良く回る銀時の口。しかし、喧嘩をしていない時、そう、いつも飲みに行く時はそれがあまり動かなくなる。静かに土方の話を聞き出す。だからこそ、普段喧嘩していても夜の飲みに行く事はやめられない。そんな風に土方は思っていた。
銀時に、と渡された見舞いの数々を見やり、外に『只今外出中』の紙を貼り、見舞いの品を持ち、隣へと向かった。
「おい、生きてるか?」
「……は?土方?」
「不用心だな、鍵くらいかけろよ」
「不法侵入しといて言うセリフか?」
土方が銀時の部屋に行くと、鍵がかかってなく、容易く部屋に上がる事が出来た。土方が銀時の部屋に入るのは初めてだ。銀時らしい、少し乱雑で物に溢れてて、しかし居心地の良い部屋だと思った。
「飯は?」
「食ってない」
「お粥位なら食えるか?」
「マヨネーズ入れなければ」
「なんだ、マヨ粥ならすぐ元気になれるのに……」
銀時は口に出さず、顔をしかめたが、土方は台所で鍋を火にかけていた所なので、目にする事はなかった。
グツグツと鍋が音を立て、ふわりとご飯の匂いが部屋に立ち込め、銀時の鼻腔をくすぐった。台所に立つ土方の背中を、布団に横になり、熱に浮かされ潤んだ瞳で見るともなしに、見る。
何故来たんだ、とか、何で当たり前の様に飯作ってるんだ、とか、熱で使い物にならない頭ではそんな疑問さえ浮かばない。
何のフィルターかかってんのか知らねぇけど、俺本当に病気なんだな……。土方がカッコ良く見える……。背中だけど。
銀時がそんな事を考えながら、ボーッと土方の背中を見ていると、お粥が出来たのか、土方が銀時の方を振り向いた。
「そんなに心配しなくても、マヨは入れてねぇよ」
「え?……あぁ、そうか、良かった」
「ったく、テメェがそんなんじゃ調子狂っちまうな」
土方が苦笑いをした。銀時は、そんな表情は何度も見た、珍しくない表情のはずだった。
土方は無口だと思われているが、実は饒舌だ。ただ、人見知りが激しく、慣れるのに時間がかかる様だった。また、女性は苦手な様で、特に群がる様にキャッキャとしている女性は本当に苦手な様で、嫌悪感より恐怖心さえ抱いている様な節さえある。それを見た銀時には、土方の過去は知らない。酒を酌み交わし、土方の話を引き出すのは楽しいが、過去の事は話そうとしない。それがわざとなのか、無意識なのかはわからないが。ただ、土方と話す、来月はこんなイメージで、こんなカラーを、といった話を聞いていると、銀時も創作意欲が湧き、来月には新しいケーキが店頭に並ぶ。
土方は話をするのは、あまり上手くない。酔っているのもあるが、要点はずれ、結局何が言いたかったのかわからない時もある。それでも一生懸命話す様子が、銀時は好きだと思った。しかし、土方は話すのが下手な分、聞き上手だった。相槌、間の取り方、会話の促し、全てタイミング良く来る。十年来の親友の様に、会話のタイミングを心得ている。お互い喧嘩ばかりしているが、銀時は土方の事を認めていた。そして、銀時が変な冗談を言った時、土方は苦笑いの様な笑みを浮かべる。
銀時には良く見る表情だった。
それが、こんなにも銀時の鼓動を速まらせるとは、思いもしなかっただろう。
ぽやん、とボーッと見つめたままの銀時を不思議に思い、土方は銀時の額に手を当てた。熱を測りたかったのだが、変な声を出し、肩を踊らせた銀時に、土方も驚いた。そして、銀時の表情を見て、更に驚いた。
顔が赤いのは、熱のせいだろうか。
「あー……飯、食えるか?」
「あ、う、うん……」
土方がお茶碗にお粥をよそい、銀時に渡す。それを受け取り、一口食べた銀時の表情が緩んだ。
「……うん、美味い」
「そうか」
「うん」
「無理するなよ」
「うん」
銀時がここまで素直に反応するのを、土方は今まで見た事がなかった。熱のせいか、どこか無防備に見える銀時の姿に、知らず知らず手が伸びていた。
「……な、に?」
銀時の不自然にどもった声音で、土方はハッと我に返った。銀時の頬を掠める指に、土方自身困惑する。
「……や、なんでも、ない」
「……うん」
困惑のまま呟いた音は、銀時同様不自然なものだった。
この不思議な空気を変えようと視線をさ迷わせた土方の視線に、渡された見舞いの品が飛び込んだ。
「……ぁ、そうだ。これ」
「……?」
「客から貰った。見舞いにって」
「へぇ……、わ、桃缶!土方土方!これ開けて!」
「缶きりどこだよ」
「引き出しの一番上ー」
銀時から手渡された桃缶を開けるために台所に立った土方は、まだ落ち着かない胸をギュッと握った。
銀時のお陰で変な空気は変わったが、土方にはあの瞬間、銀時が可愛く見えて仕方がなかった。あのまま、キスをしてしまいそうな程に。
「土方まだー?」
「あ、ちょっと待ってろって」
桃を渡すと、嬉しそうに食べ始めた銀時を見て、土方の頬も緩んだ事に、土方自身も気付かなかった。
「じゃあ、俺店戻らねぇと」
「……うん」
「ちゃんと大人しく寝てろよ」
「……」
じゃあな、と言って土方が立ち上がろうとするのを、銀時の指が制した。その指は、土方の服の裾を掴んでいた。
「……」
「……」
「……店、閉めたらまた来るから」
「……ほんと?」
「あぁ、だから今は寝てろ」
「……うん」
安心したのか、銀時の指は解けた。土方は、布団を銀時の肩まで上げてやり、頭を数回撫でてから、銀時の部屋を後にした。
白い建物がオレンジに染まる頃、普段なら闇に包まれても開いている花屋とケーキ屋。しかし今日はいつもと違い、閉まっている。
銀時の部屋から差し込む西日に照らされたお互いの影。今日から何かが変わる予感がした。
ここは星空商店街。今日も星空は優しく輝く。
end.
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