イエローエッジ、レッドゾーン。
イエローエッジ、レッドゾーン。
「やばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬっ!」
「ぶつかるぶつかる!右に寄り過ぎだボケ!」
「知るか車なんざ初めて乗るんだよ!」
「前を見ろおおおおおおおおおおお!」
こんな会話を繰り広げる目になったのは、ほんの数分前。
馬鹿みたいに青空で秋晴れなんて言葉を思い出せる天気にあくびをひとつ。
それは隣にいた土方にも伝染して、合計あくびはふたつ。
昼過ぎの陽気は秋にしては暖かく眠い。
「んで土方、これからどーする?」
「どうするっつってもな」
勉強なんてする気分になれなくて校門から出たのはついさっき。
特に目的もなくぶらつく羽目になるのなら空き教室で昼寝でもしていた方がよかったのかもしれない。
「ファミレスでも行く?」
「お前金持ってんのか?」
「奢って」
「ふざけんな」
携帯を開いて時刻を確認すれば先ほど見た時刻からそう進んでいない。
携帯ショップの前を通り過ぎれば『機種変したお客様にキャッシュバックサービス中』の文字。
他社からの乗り換えだとPS3が貰えるみたいだ。
わあ豪華。
「土方携帯変えたりしねぇの?」
「まだ使えるしな」
「今すぐ携帯変えろよ、スマホにしようぜ」
「人の話聞いてたか?」
「スマホにしてPS3手に入れようぜ」
「お前が変えろよ」
「やだよ金ねぇよ俺」
「俺だってンな金ねぇよ」
しみったれた会話。
やはり世の中金だという結論。
「お、黒塗ベンツ」
コンビニ前で見つけたのはいかにも、な車。
通りすがりに覗き込めば中は革張りシートでオプションにも金を使ってそうな装飾。
自分たちに金がない分持ってる所は持っているようだ。
「おい土方見ろよ、すげぇぞ金持ちの車だ」
「馬鹿やめとけ、どう見てもヤーさんの車だろ」
「今時ヤクザって儲かんのか?色々叩かれてんだろ?」
「金がある所にはあるんだろ」
「へぇー…あ、ドア開いた」
何とはなしにドアの引手を持ってみれば、音がしてそのままスムーズに開く。
不用心なことに鍵をかけていない所か、鍵が差しっ放し。
ついでに車内に首を突っ込んで軽く物色してみた。
「っておい!何やってんだお前は!」
「いやこんな機会二度とねぇだろうし」
「馬鹿だろ!?殺されんぞ!」
「ヤーさんもそこまで暇じゃねぇだろ、高校生の可愛らしい悪戯だと思って許してく」
ゴトン
何やら若干重量感のある鞄を持ち上げてみれば、丁度手前の方に来ていたのか落ちてくる中身。
サイドブレーキの上に落ちたそれはよく見たことがあるもので、だが直接的に生で見るのは初めてで。
「おい、坂田何やっ…」
動きと声が同時に止まったのを訝しんでこちらを覗き込んでくる。
そして同じものを目に留め、同じく動きと声が同時に止まった。
黒く鈍く光るソレは、テレビで見たまんまのもの。
任侠映画や刑事ものには欠かせない小道具。
「ええええええええええと、す、すげぇな!最近のヤーさんもこんなおもちゃで遊ぶんだな!」
「そそそそそそそそうだな、サバゲーとか流行ってるしな!」
「あははははは見ろよ土方この鞄の中弾すげぇあんぞ!」
「あはははははもしかしたらこれからサバゲー行くとこなのかもな!」
「だな!あはははは!」
「なっ!あはははは!」
あはは…、と笑いが悲しく消えていき、直後ぶわっと噴き出る汗。
ぐりんっと風を呼びそうな勢いで首を土方に向ければあちらも顔中に危ない汗。
どう見てもそれはあれで。
この状況からすると間違いなくて。
笑えない話、拳銃だ。
「やべぇよマジもんじゃねぇのコレどうすんだよ」
「逃げるしかねぇだろ、俺らは何も見てねぇし触ってねぇし知らねぇんだ」
「だよなだよな俺らは学校からまっすぐファミレスに行ったんだもんな」
車の持ち主が帰ってくる前にトンズラ決定。
そう決めて動き出せば、
「にいちゃん達…そこで何してんだ?」
背後から地の底を這うようなドスの効いた低い声。
フロントガラスの前にはコンビニ袋を下げたあからさまに堅気ではない風貌のおっさんがふたり。
今度は汗は噴き出さなかった。
代わりに全身の血が一気に引いた。
サイドブレーキの上に落ちているものを見て、顔つきが変わる。
蛇に睨まれた蛙のように動けない俺たちを囲むようにやってきて、目を細めてたった一言。
「…見ちゃいけねぇもん見ちまったようだな」
あ。東京湾にコンクリ詰めで沈むわコレ。
そう判断してしまえば身体が勝手に動く。
土方の首根っこを?まえて押し込み運転席に入り込んで、ドアを力いっぱい閉めた。
差しっ放しの鍵を回せばエンジンは掛かってくれたようで、むこうがドアを開ける前に無我夢中でサイドブレーキを降ろしてギアをPからDに移してアクセルを踏み込む。
初っ端フル回転のエンジンは唸るような声を上げて、道路へと飛び出す。
この間体感時間は一秒フラット。
「待てやこのクソガキィッ!」
「事務所に電話して車回せボケが!」
一気に遠ざかる声を最後まで聞いていられるはずがない。
こっちは死にもの狂いだ。
「坂田てめぇなにしてんだああああああああああ!」
「うるせぇあのまま東京湾に沈みたかったんかよお前は!」
「単純に逃げればよかっただろうが何車で逃げてんだ!」
「仕方ねぇだろ他に道がかなったんだから!」
「つーかお前車運転出来たのか!?」
「スーファミ版のマリカー50tなら優勝したことある!」
「ゲームかよ!マリオカートかよ!しかもスーファミかよ!50tしょぼ!」
「いちいちうっせぇ!話掛けんな集中出来ねえだろ!」
「うわああああああああああああ赤だ赤!」
「ぎゃあああああああああああああああ!」
ぐるんっとハンドルを切れば交差点をめちゃくちゃに曲がり、信号無視で交差点に進入したせいでクラクションを鳴らされ横断歩道を渡っていた自転車は急ブレーキをかけて何やら叫んでいた。
「緊急時だ見逃せちくしょう!」
「おい坂田このままどうする気だ!」
「知るか!ファミレスにでも行こうかコノヤロー!」
「行ってる場合かあああああ!真面目に考えろ!」
「うっせえ真面目だボケ!土方パフェ奢れよああくそチクショウ!」
「どこが真面目だボケ!無事に行けたらなああくそチクショウ!」
指示器を出したかったのにどれだかわからず適当に触ったせいで、ワイパーが動きライトも着いてラジオが大音量で鳴り響く。
目立つことこの上ない。
わけもわからず道を走りとにかく車の少ない方へと進んでいけば、川沿いの道路に差し掛かる。
その頃には何とか運転にも慣れてきてワイパーを止めることは出来ていた。
さてどうするかと話し合っても解決方法なんてそう簡単には出てこない。
「つーか、今は逃げ切っても業者に頼めば指紋も一発らしいぜ」
「マジでか」
「そっからたどり着かれる可能性もあるよな」
運転中に機能がわからずあちこち触りまくったせいで二人分の指紋はべったりだ。
素人が消しきれるものじゃない。
交通量の少ない橋は前も後ろも車も人も見えず、止まって考え事をするには丁度よかった。
どうするかと眉間に皺を寄せる土方の横顔。
それを見ながら悩んだ時間は一秒フラット。
今日の俺は即決英断だ。
「…土方、ドアのロック外してシートベルトもすぐ外せるようしとけよ」
うん。
こいつとなら構わない。
「あ?」
「あと、神様によく祈るよーに」
車を後退させれば斜め前方に橋の欄干が見える。
年期の入った橋だ。
欄干も大分錆びれている。
「…お前何する気だ」
「こうする気だ、よっ!」
アクセルを目一杯踏み込んで、エンジンは最後の唸りをあげる。
俺だか土方だかわからない叫びは縁石を乗り越えた衝撃でまた上がり、欄干にぶつかり首ごと前後に激しく揺れるがそれでもアクセルだけは緩めず踏み込み、欄干を突き破った。
喉の奥が痛むくらいの叫び声をあげながら地面から切り取られた感覚は意外に気持ちよくて、叫びながら笑い出しそうで、視線だけ土方を見れば似た表情を浮かべていた。
奇妙な感覚。
落ちている。
その感覚が掴めた頃には水面がフロントガラス内に見えていて、慌てて思い出したようにシートベルトを外して外へ脱出。
車が川に飛び込むのとほぼ同時に俺達も川へと飛び込んだ。
「ぶはっ」
「…っは」
水面から顔を出し一息つく間もなく、ごぽりごぽりと空気を排出しながら沈んでいてく車を背に川岸に向かって泳ぐ。
水を含んで重くなった学生服が鉛のようだと思いながらたどり着けば肩で息をする始末。
ぜえぜえみっともなく酸素を取り込み、汚れるのも構わず地面に大の字で寝転がった。
大体もう臭すぎる川の臭いやら汚れやらで目も当てられない状態だ。
「…っおい…」
「なんだよ…」
「説明してからやれ」
「驚いた?」
「死ぬかと思ったボケ」
「お前とならいいかなって思った」
冗談めかして言えば、くつくつと笑いだす。
徐々に肩が揺れ、大きく笑い合った。
「こんだけ汚ぇ水につけときゃ指紋なんざ取れないだろ」
「まあな」
「顔は正面から見られてねぇし、髪さえ誤魔化しゃ大丈夫じゃね?」
「それでもヤーさん追っかけてきたらどうすんだ」
「そんときゃそんとき」
「…お前と縁切りたくなってきた」
「そういうなよ腐れ縁」
「黙ってくれ腐りきった縁」
「ねばねばしてそう」
「発酵すんのかよ」
両手を使って上半身を起こす。
車はもうどこにも見えない。
橋の欄干には突き破られた後があり、近所の人が数人集まり始めていた。
「やべ、逃げるぞ坂田」
「だな」
土手へと駆け上がり、怪しまれないよう歩いてその場から離れていく。
「あ、」
「なんだよ」
「携帯ショップ行こうぜ」
「はあ?」
「どうせ土方のも水で駄目になってんだろ?PS3貰いに行こうぜ」
「…うっわ最悪」
げんなりと呟く土方の肩を抱き、にっこりと笑う。
「ま、その前にファミレスに行こっか」
パフェ奢ってくれる約束だろ?
言えば風呂入ってからにしてくれ、と臭い手がずぶ濡れの髪をかき混ぜた。
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