Monopoly
*土銀+双子金+兄銀八
Monopoly
今日、初めて土方とキスした。
放課後、前から見たいって話してた映画をレンタルして、俺んちで一緒に見た。
ストーリーが進むにつれて、時々咳やあくびで誤魔化しながらこっそり涙を拭う土方がやたら可愛く思えて、側にぴったりくっついてみた。
肩が触れると、驚いた顔をしてこっちを向く。何度も擦った目元が少し赤くなってた。
「…何だよ?」
「手、繋いでいい?」
眉間に皺を寄せて訊いた土方に逆に問い返すと、そのまま怪訝な表情で何だか考えてるみたいだった。
「別に、いいけど」
画面に視線を戻した土方の左手にそっと自分の右手を乗せる。
それから、指をひとつひとつ確かめるように触っていたら、いつの間にか絡めるように手を繋いでいた。
本当はそんなつもりはなくて、ほんのちょっと握ってすぐ離すはずだったのに。
頭ん中で言い訳してみたけど、土方が嫌がらないから今更自分からは引っ込められない。
心臓はバクバクしてて、映画の内容もさっぱり分からなくなった。
気づいたらエンドロールになってて、たくさんの人の名前に合わせて綺麗な歌が流れている。
ああ、もう終わっちゃうんだな。
何だか急に酷い寂しさに襲われて、今度は俺が泣いてしまいそうになった。
「土方」
「何だよ」
ぶっきらぼうな声。
同じクラスになったのは二年になってからだけど、目つきは怖くても結構優しい奴だって知ってるから、めちゃくちゃ甘えたくなる。
「キス、していい?」
土方は少しの沈黙の後、いいよ、と言った。
すげー照れくさくて、土方の右手をぎゅーっと掴んだまま、首を伸ばして口の端っこにキスした。
そうしたら、お返しみたいに土方の唇が俺のに重なった。
あったかくて、気持ちいい。
そう思ったら止まらなくなって、軽い口付けを幾度も交わした。
額にも頬にも鼻先にもいっぱい唇で触れ合って、もう一回、もう一回って俺たちはずっとくっついていた。
エンドロールが終わっても、あの綺麗な歌がずっと流れてるような気がしていた。
「お前、顔赤くね?」
夕飯の時、金時にそう言われた。
「え、そっかな」
頬に手を当てたら、まださっきの唇の感触が残ってる気がしてごしごし擦る。
金と俺は双子だから、下手したらすぐに何かあったって見透かされてしまう。
ただでさえ、今日は金や他の友達が買い物行くっていうのを断って、土方と先に帰っちゃったし。
「熱あんじゃねーの」
「何だ、風邪か?」
顔を顰めて金が言うと、銀八兄ちゃんまで心配し始めた。
「や、別にどこも悪くねぇよ」
慌てて首を横に振る。
「気をつけろよなー、お前が風邪ひいたら絶対俺にもうつるんだから」
「分かってるって!」
打ち切るように言って、ご飯をかき込んだ。
「そんだけ食えりゃ大丈夫だな」
兄ちゃんはそう笑ったけど、金はまだ腑に落ちない顔をしている。
夜の蝶の母ちゃんや年の離れた兄ちゃんはとことん放任主義だけど、金時は部屋も一緒、学校も一緒、
クラスは違うけど登下校も大体一緒で、秘密を作る隙なんてほとんどない。
それに、これまでは秘密にしたいことなんか何にもなかった。
でも、今日土方としたことは、やっぱり金にも言えない。
髪の色以外は自分そっくりの、テレビに熱中し始めた横顔に、ごめん、と心の中で謝った。
「おはよ」
翌朝の教室、普段通りを装って土方に声をかけたら、俺を見て目を瞠った後、ほっとした顔でぼそっと同じ言葉を返された。
それで俺もちょっと気が抜けた。
「なぁ、俺他にも見たい映画あんだけど」
唐突に、土方はそんなことを言った。伏目がちな様子に、昨日みたいに心臓の音が喧しくなる。
「じゃ、また暇な時、俺んち来る?」
声が震えそうだった。
「おう、部活がねえ日確かめて、夜電話する」
「おっけ」
まともに顔を見られないまま、席に着いた。
キスしたからって、好きだとか、付き合ってだとか言う気は元々なかった。
俺も土方も男だし、来年になればきっと進路ごとのクラス分けで離れちゃうし、受験で忙しくなってそんなこと忘れてしまうだろう。
たぶん、忘れた方がいいんだ。
今だけでいい。
今だけの馬鹿なガキの戯れで、俺はちゃんと満足できる。
そう、思ってた。
昼休みはいつも、兄ちゃんの作った弁当を持って屋上へ行く。
土方は17歳にしてすでにヘビースモーカーで、本来は立入禁止の屋上の隅っこでこっそり食後の一服をするのだ。
偶々職員室に用事のあった俺は、先に行ってるはずの土方を追って廊下を急いでいた。
ふと、目的地である向かいの校舎の屋上に人影が見えた気がした。
目を凝らすと、フェンスにもたれているのは土方だった。その隣で日の光がキラリと反射する。
途端、ぎくりと足が竦んだ。
金時が、土方の肩に腕を回して、顔を寄せた。そのまま、手で口元を隠して何かを耳打ちしているように見える。
二人の表情まではよく分からない。
朝とは違って、嫌な感じに鼓動が波打つ。
俺は反射的に踵を返して、屋上には行かなかった。代わりに鞄を抱えて保健室へ行き、早退を願い出た。
布団を頭から被っていても、携帯からの振動が伝わってくる。
電話かメールか分からないが、何回もしつこく届く着信に早くバッテリーがなくなればいいと思った。
その癖、電源を切ったり着歴を確認する勇気もない。
帰ってきた金時と兄ちゃんが何度か様子を見に来たけど、顔を合わせ辛くて寝た振りして誤魔化した。
昼間の光景がまぶたの裏で延々と再生される。考えることはぐるぐると同じことばかりで出口がない。
土方は、最初は金との方が仲良かった。
一年の時同じクラスで、グループは違ったけど時々軽い口喧嘩するような相手で、それをお互いも周りも楽しんでた。
俺は誘われて金のクラスの奴らと遊んだりすることもあったから、土方とも段々距離が縮んでった。
調子に乗った金と俺にからかわれて青筋立てて応戦しても、俺らを毛嫌いするでも根に持つでもないのが面白かった。
今年同じクラスになってからは、うるせぇって言いながらもいつもちゃんと俺の話聴いてくれて、
土方も面倒くさそうに自分のこといろいろ話してくれて、一緒にいるのが楽しくて仕方なかったのに。
もし、土方が金時ともキスしてたら。
そういうの平気な奴だったらまだ救われんのかな。
それよりも、土方が金といる時の方が楽しいと思ってたら。
目の前が真っ暗になる。
布団被っててもさらに真っ暗になることがあるなんて、初めて知った。
「銀時、起きてるか?」
ノックの音がして、銀八兄ちゃんが入ってくる。布団の上から頭を軽く撫でられるのが分かった。
「おかゆ作ったから、ちっとは食えよ」
仕事の後で疲れてるのに余計な手間をかけさせたと分かってるから、もぞもぞと布団から顔を出す。
部屋は薄暗いままで、開いたドアの向こうから廊下の灯りが兄ちゃんを照らしていた。
「気分どうだ?」
静かに尋ねながら額に手を当てる兄ちゃんに、ぐっと喉が詰まって何も言えなくなった。
「お前…何泣いてんだ?」
兄ちゃんがびっくりしてる。泣き止まなきゃ、と思うのに、涙が止まらない。
「…どうしよ、俺、も、やだ」
小さな子どもに戻ったみたいに、長い指で涙を拭いてもらいながら俺はやっとで言葉を絞り出した。
「好きになったら、金と同じは、やになった」
嗚咽が邪魔をして、うまく話せない。兄ちゃんは、ただ頷くだけだ。
「金は俺の兄弟で、家族で、それなのに同じは嫌、とか、ダメだよね、酷いよね」
「そんなことねーよ、恋しちゃったら皆そんなもんだ、相手を独占したくなんだよ」
兄ちゃんが張り付いた髪をかき上げてくれる。
「その子が銀時のことどう思ってんのかは、まだ聞いてないんだろ?」
「うん」
「だったら伝えてみたらいいんじゃねーの、金時より自分を好きになってって」
「…言ってみていいのかな?」
「フられても、俺は責任とらねーけど」
眼鏡の奥の目を細めて、兄ちゃんは意地悪く付け足した。
「ひっでぇ」
つられて俺も笑う。
その時、インターホンが鳴った。金時が応対してるのが遠くに聞こえる。
「誰だ?こんな時間に」
兄ちゃんが首を傾げるので、枕元の目覚まし時計を見たら9時近かった。
母ちゃんが帰ってくるには早すぎる。
「ぎーん」
金が遠慮の欠片もない声で俺を呼びながら、顔を覗かせた。
「土方来てる、何か怒ってっけど?」
しかも、すげーわくわくしてる。見たら分かる。俺たちは双子だから。
「喧嘩か?」
兄ちゃんが渋い顔をするから、俺はぶんぶん手を振って否定した。
「早退したから約束破っちゃって、電話も出なかったから…」
「そっか、じゃあ上がってもらえ」
溜め息混じりに兄ちゃんが言うと、金は楽しそうに、はいはーい、と玄関へ出て行った。
灯りを点けた俺と金の部屋に、土方は一人で入ってきた。
金も一緒に来るだろうと身構えてたから、正直拍子抜けした。兄ちゃんが引き止めてくれたのかもしれない。
「具合は?」
開口一番、土方はぶすっとしてそう訊いた。
「ん、とりあえず大丈夫」
「ったくテメエは…帰るなら帰るで伝言ぐらい残せよ、お陰で昼飯食い損ねたじゃねえか」
「まじでか…ほんとに、ごめん」
ベッドに座ったまま、頭を下げた。
「電話もメールも返ってこねぇし、すっげ焦ったんだからな」
「…うん、ごめん」
俺は俯いたまま、もう一度謝った。
「とにかく、無事でよかったよ」
しばらく沈黙が続いた後、少し躊躇いがちに土方が近付いてくるのが分かった。
俺が反応する前に、土方の手のひらが頬に触れ、思わず瞑った腫れぼったい両のまぶたに、少し冷たいものが一回ずつ押し当てられた。
この感じ、知ってる。土方の唇だ。
そーっと目を開けると、土方は耳まで真っ赤になって目を逸らす。
いいのかよ、こんなことしたら、俺、期待しちまうよ?
「土方…」
「何だよ?」
いつものぶっきらぼうな声に勇気をもらって、俺は口を開いた。
「俺、お前の特別になりたい」
日頃から開き気味の土方の瞳孔がさらに開いたけど、それには構わなかった。
「昼休みに金と一緒にいるの見て思っちゃったんだ、友達のままじゃ嫌だって、金と同じじゃ足りないって」
言葉にしたら、どんどん気持ちが溢れてくる。俺は勢いで話し続けた。
「男だし、これ以上付き合うの無理って思うなら…」
「阿呆かっ!」
いきなり土方に話を遮られて、次の瞬間、俺はぐっと抱き締められていた。
「ただの友達とあんなことできっかよ!とっくに特別になんだよ、このド阿呆!」
俺は完全に混乱していて、土方の腕の中でパクパクと口を動かすことしか出来ない。
でも、そこから見えた土方のTシャツから伸びた首筋は真っ赤で、熱くて、これは夢じゃないのかもしれない。
「…好き」
恐る恐る、背中に腕を回して言ってみる。
「土方が、好きだ」
すると、舌打ちが聞こえて、遅えんだよ、と土方が呟いた。
「俺もだ」
「き、金とは違う意味で?髪の色以外、俺たちそっくりだよ」
ただのヤキモチだって分かってるけど、どうしても気になったから訊いてみる。
そうしたら、土方は不思議そうに言った。
「そうか?結構、似てねぇとこもあんだろ」
「お前、分かんの?髪の色以外で?」
「当たり前だろ」
驚く俺に、土方は自信たっぷりで答える。
「ずっと、テメエを見てたからな」
その台詞が気障だったのでぶっと吹き出すと、笑うな、と腕の力が強くなった。
気障だけど、いいや。俺を選んでくれたんだから、いいや。
欲張りでごめん、満足できなくてごめん、気障なこと言わせてごめん。
胸の内で何度もごめんねと繰り返しながら、俺は土方を独り占めできる幸福感に、存分に浸った。
up/2011-07-03
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