未来のおはなしです。
ふたりとも中学生ではありません。
それでも大丈夫!という方だけどうぞお読みください。

タイトルは、お題配布サイト「my tender titles.」様より、君がいる生活内の「おうちに帰ろう」をお借りしています。











おうちに帰ろう




きっかけは、些細なこと。

本当に些細すぎて、くだらなくて、きっと他の人は馬鹿みたいだって笑い飛ばしてしまうようなこと。

――でも。

そのときの私にとっては、些細でも、くだらなくも、ましてや馬鹿みたいなことでもなかったんだから仕方がない。




「だいきらいっ!!」


泣きながらブン太さんにそんな言葉をぶつけた私は、最終的に辿り着いた近所の公園のブランコに腰かけていた。

勢いで飛び出してきてしまったから、お財布や携帯はおろか、コートすら羽織ってこなくて。

少しの間ふらふらと町を歩いていたけれど、夕暮れの町をひとりで彷徨うことがだんだん惨めに思えてきて、日が暮れたことで寒くなった身体も心細さを増長させて、でも戻ることをまだ躊躇っていたところで、近所の公園の前を通りがかり今に至る。


「…言いすぎちゃったかなぁ」


靴で地面を擦って適当な模様を描きながら、さっきの自分の言動を少しだけ後悔する。

大嫌いって言ったときの、悲しそうな目が、私の胸をチクリと刺す。


「――やっぱり、大嫌いは言いすぎた…よね…」


あのときの私は、本当に本当に怒っていたけれど、それでもやっぱり「大嫌い」は言ってはいけない一言だったと、今になって思う。

売り言葉に買い言葉、なんて言葉があるけれど。

あのときの私たちは、まさにそんな感じで。

発端は些細なことだったはずなのに、言い争ううちに事が大きくなってしまって、それに反比例するかのようにお互いの冷静さはどんどん失われていって、最終的には「大嫌い」とまで泣き叫んでいた。


(やっぱり、謝らなきゃ…)


冷静になってみれば、どっちが悪いとか、どっちが正しいとか、そんな問題以前に。

大嫌いなんて心にもない言葉を投げつけてしまったことは、100%私が謝らなくてはいけない。


悲しい顔をさせて、ごめんなさい。


そう謝って、お互いに冷静になってから、もう一度きちんと話し合おう。

そう思い、腰かけていたブランコから立ち上がろうと俯けていた顔を上げると。

公園の入り口に、見覚えのある影。


「…ブン太さん?」


逆光で、少し分かりづらいけれど。

間違えるはずのない人影。

そっと呼びかけてから凝視していると、入り口で立ち尽くしていた人影がゆらりと動いた。

ゆっくりと近づくたびに、鮮明になっていく姿。


「…心配するだろうが」


いきなり飛び出しやがって。

ブン太さんは、私の目の前まで近づいたところで立ち止まり、まだ怒っているような、でもどこかホッとしているような声でポツリと呟く。

それに私の胸は、またチクリと痛んで。


「ごめんなさ…」


い。と、謝ろうとしたのだけれど、言い終わる前に、くしゅっとくしゃみが出る。


「お、おい!大丈夫かよっ」


そのくしゃみに慌てたブン太さんは、言葉とほぼ同時に、手にしていたコートをふわりと肩からかけてくれた。


「お前がコートも着ないで飛び出してったから、必死で追いかけたんだぜぃ。…捉まえられなかったけどな。ったく、逃げ足だけ速すぎだろぃ」


普段はトロイくせに。と、苦笑交じりのような声が聞こえた後、そのまま私はブン太さんの腕の中へと閉じ込められる。


「――大嫌いなんて言って、ごめんなさい」


目の前の胸に寄り添うようにそっと顔を押し付けたら、私を抱きしめる腕の力が更に強まった。

温かくて、安心する場所。

瞳を閉じて、その居心地の好さを再確認していると。


「…俺も、悪かった」


抱きしめられたまま、耳元で囁かれる。


「けど、もう二度と『大嫌い』なんて言うなよな?お前に嫌いだって言われんのが、一番傷つくんだぜぃ」

「もう二度と言わない。ブン太さんのこと、傷つけたくないから」


何度も頷きながら、そう誓うと。

ホッとしたようにブン太さんが吐息をもらして、私の背中をポンポンと何度も軽く叩いた。


「――あ。あと、もうひとつ」


きつく力を込めていた腕を緩め、私の身体を少し離したところで、ブン太さんが今思い出したというような声を上げる。


「なんですか?」


腕の中から解放されて自由が利くようになった私は、その声にブン太さんを見上げて首を傾げた。


「この先、もしまた喧嘩しても『実家に帰らせていただきます』って言うのも禁止な」

「あ、その手がありましたね」


今度は言われた私が、今思い出したというような声を上げる。

頭の中がグチャグチャになりすぎていて、今回はそんな発想すら出てこなかったけれど、寒い町を彷徨うくらいなら実家に帰ればよかったのかも。

――なんて、そんなことを思ったまま口にしてみたら。


「お、おい!だから、それは禁止だって言ってんだろぃ」


ブン太さんがあまりにも慌てて、否定するので。


「どうして、ですか?」


わざとらしいほど小首を傾げてみせた。

ブン太さんの言いそうなことの予想ならできないこともないけれど。

ちゃんと、ブン太さん自身の言葉で聞かせてほしいから。

分かってるくせにと、ぶつぶつ呟くブン太さんの声は敢えて聞こえない振り。


「――だから、その…お前の家は、もうひとつだけだろぃ?」


俺と暮らす、あの家だけだろぃ?

言い終わるなり、照れ隠しで踵を返して先に歩き出してしまったブン太さんの背を、私はこれ以上ないほど幸せな気持ちで見つめる。


「おい、静!いつまで、んなところに突っ立ってんだ?はやく帰らねぇと、マジで風邪引くだろぃ」


いつまでもその場を動かない私を、少し先でブン太さんが立ち止まって振り返る。


「ほら、静。帰ろうぜ」


そう言って、私へと差し伸べられたブン太さんの左手の薬指が、夕陽に反射してキラリと輝く。

真新しいシルバーの輝き。

私はそれを見て、一目散にブン太さんの傍へと駆け寄り、差し伸べられた左手に自分の腕を絡めた。


「私の家は、この先ずっとブン太さんと一緒に暮らすあの家だけよ。…だから、私たちのおうちに帰りましょう?」


そう微笑んでから、右腕をブン太さんの左腕に絡めたまま、そっと自分の左手を夕陽にかざしたら。

ブン太さんの左手に嵌っているそれと同じデザインが、一瞬だけ太陽に反射して、私の薬指でもキラリと輝いた。


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2010.01.30 PC版初出。

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