30 友達は、みんな羨ましがる。 ほとんどの人が、カッコイイねって言う。 私も初めの頃は、みんなと同じようにカッコイイと思っていた。 でも最近の私は、それをもどかしいと感じることのほうが多いかもしれない。 「…だな」 学校からの帰り道。 ふたり並んで歩くのは、いつもの光景。 「え?」 隣の蓮二先輩を見上げ、私がそう首を傾げるのもいつものこと。 「ああ。すまない。そろそろ雨が降りそうだなと言った」 今朝の天気予報では、午後からの降水確率が60%だったからな。 私に見上げられた先輩が、立ち止まって視線を合わせるように少しだけ身を屈めて喋る。 それも、いつものこと。 「はい。降られないうちに、少し急いだほうがいいですね」 「ああ、そうだな」 先輩が私の言葉に頷いたのを確認して、私たちは再び歩き出す。 真っ直ぐ前を向いているふりをしながら、隣を歩く先輩の歩幅を横目で見てしまう。 その長い足には、似つかわしくない狭すぎる一歩の幅。 隣を歩く私に合わせて、いつもゆっくりと歩いてくれている。 背の高い先輩と、小さな私。 ふたりの歩幅は必然的に違ってくるから、私と並んで歩くために先輩がいつも合わせてくれる。 先輩のさり気ない優しさ。 それが本当に嬉しくて、毎日、先輩のことが大好きって気持ちは増えているのに――。 「…ですね」 「すまない。今、何と?」 今度は、私の言葉に先輩が立ち止まって首を傾げる。 「ごめんなさい。明日は、晴れるといいですねって言いました」 立ち止まった先輩の一歩先で私も立ち止まり、再び先輩を見上げた。 もう一度伝え直してから、思わず零れそうになったため息を飲み込みたくて視線を戻す。 俯いたりしなくても、普段の視線の高さに戻すだけで、先輩と目が合うことはない。 背の高い先輩と、小さな私。 意識して見上げなければ、先輩と目も合わせられない。 話し声も、よく聞き取れないことが多い。 それが、本当にもどかしくて。 背が高くてカッコイイねとか、私も背の高い彼氏がほしいとか、友達はみんな口々に羨ましがるし。 私も初めの頃は、背が高くてカッコイイなと思っていた。 でも最近、私にとって先輩の背の高さは「嬉しい」よりも「もどかしい」ことばかりだ。 誰のせいでもないって分かっているのに、もどかしくて悲しくて仕方ない。 「…のに」 思わず呟いた言葉は、先輩の耳にはやっぱり届かなくて。 「静?」 先輩が、私と目を合わせようと屈む姿が視界の端に移る。 それさえももどかしくて、私は先輩の視線から逃れるように、俯いて地面を見つめた。 「――私の背が、もう少し高ければよかったのに」 込み上げてくる涙を必死に我慢して呟いた言葉に、先輩が困ったように息を呑む音が聞こえる。 身長なんて自分でもどうしようもないことくらい分かってるのに、声が届かないことが、目を合わせられないことが、もどかしすぎて仕方なかった。 小さな私に歩幅を合わせてくれる先輩のさり気ない優しさに、日に日に先輩を想う気持ちが増えているからこそ、余計に悲しかった。 「静が、どうしても背を高くしたいというのなら、俺がいくらでもアドバイスしてやるぞ。――ただ、俺としてはお前には今のままでいてほしいがな」 僅かな沈黙の後、先輩がポンっと私の頭に軽く手を乗せながら言った。 「…どうして、ですか?」 ――ただ、俺としてはお前には今のままでいてほしいがな。 そんな思いもかけない一言に驚き、俯けていた顔を少しだけ上げたら。 予想外に先輩の顔が間近にあって、ドクンっと心臓が大きく跳ねる。 「…さて、な」 答えを誤魔化すように静かに微笑んだ先輩は、溢れそうな涙を吸い取るように、そのまま私の目元にそっと唇を寄せた。 そんな先輩の行動に、私の心臓はますます騒がしくなってしまって。 結局この日、先輩が今のままの私でいてほしいと思っている理由は、知ることができなかった。 (お前が俺を見上げるときの上目遣いが好きだということは、もうしばらく秘密にしておこう) 私がそんな先輩の本音を知るのは、まだまだ先のこと―― ------------------------------ 2010.01.29 PC版初出。 |