Strict(真田×静) 初めは、怖い人だと思った。 とっつきにくくて、いつも眉間に皺を寄せて怒っているみたい。 そんな気持ちをなくしたくて、緊張しながら話しかけてみても、 「たるんどる!」 という答えばかりで。 僅かな期間とはいえ、一緒に学園祭の準備をするからにはテニス部のみんなと良い関係を築いてスムーズに準備をしたい。 自分なりにそう考え勇気を出して話しかけたのに、あっさり切り返されるその一言は、私にはとても大きなダメージだった。 でも、ここで諦めたらいけない気がして。 怖いからってこの先ずっと避けてしまったら、運営委員に決まったとき、これから色々あるだろうけど一生懸命がんばろうって決めた自分を早速裏切ることになるんだって思って。 自分で決めたことをきちんとやり通すためにも、絶対に真田先輩に認めてもらいたい。 準備初日の夜、布団の中で少しだけ落ち込んだ後、そんな風に思った。 「怖い人」が少し変化したのは、翌日。 先輩の参加する模擬店スマッシュDEビンゴの作業を確認しに行ったときのこと。 朝の打ち合わせでも、やっぱり私は先輩に冷たく切り返されていて。 それはそれで傷ついてはいたけれど、めげてはいけないと自分を励まし、先輩達の作業を確認しに行った。 すると、先輩が自分の作業以外にも切原くんたちの作業まで確認しながら進めていることに気づいた。 (先輩、自分の作業だけじゃなくて切原くんたちの作業も確認しながら進めてるんだ) 切原くんに寸法が狂っていたパネルの作り直しを命じる先輩を見て、私は先輩のことが心配になる。 今のままだと、先輩の負担が大きすぎる。 今回は参加しているメンバー数が少ないこともあって、先輩が全員の作業を把握していれば管理はしやすいのかもしれない。 でも、自分の担当作業にプラスして他の人の作業の確認もするなんて、先輩にかかる負担は相当なものになるはずなのに。 (先輩一人で大丈夫かな?もう一度聞いてみよう) また、今朝と同じことを言われるかもしれない。 「お前に手伝ってもらう事は何もない」 「これ以上の話は無駄だ」 と、冷たく切り捨てられてしまうかもしれない。 そう思うと少し怖かったけれど、先輩のことが心配で聞かずにはいられなかった。 「失礼します」 緊張でドキドキする胸を抱えながら、作業に集中している先輩に話しかける。 「お前か。何か委員会からの報告か?」 私の呼びかけに気づいた先輩は、手を止めて振り向いてくれた。 でも、発せられる言葉は相変わらず。 「いえ、違います」 「違うなら、自分のやるべき事をやれ」 取り付く島もないほどあっさりと言われ、ここでまた心が挫けそうになってしまう。 ――でも。 ここで引いてしまったら、結局今朝と同じだ。 たとえ、また同じことを言われるだけなのだとしても、諦めない。 「でも、その前にひとつ聞いてもいいですか?」 「なんだ?」 「真田先輩は一人で何もかも、進めていこうとしてますよね?一人だと大変じゃないんですか?」 「下らん事を……」 私の言葉を聞いた先輩は、やっぱり今朝と同じで。 またか、というようなため息を吐く。 「答えてください。大変じゃないんですか?」 それでも私は、めげずに食い下がった。 またかと思われても。 たるんどるって怒鳴られても。 私だって、自分で決めた以上は引き下がれない。 だけど先輩は、やっぱり厳しい表情を崩すことがなく、決して大変だとは認めてくれなかった。 「でも、先輩はもっと人に頼ってもいいと思います」 繰り返される似たような問答の中、少し痺れを切らしたように私がそう言っても、 「他人に甘えて自分だけが楽になろうとは思わん!」 と一蹴されるだけ。 だけど、私はその先輩の一言でハッとする。 先輩は怖い人なのではない。 先輩は厳しい人なのだ。 誰よりも自分に厳しい人なのだ。 他人に甘えて自分だけが楽になろうとは思わん! それはつまり、自分を甘やかすことを許さないということ。 自分が決めた事に妥協は許さず、最後までやり抜くという芯の強さを持っているということ。 (先輩と私は、少し似てる) それに気が付くと、不思議と先輩への恐怖心は薄れていく。 先輩と私は立場こそ違うけれど、自分の決めた事をやり抜こうとしている気持ちは同じだった。 先輩に認められることを目標に、何度断られても先輩に食い下がる私と。 一度決めた事だから、自分を甘やかさずやり抜こうとする先輩。 結局、私も先輩も頑固なのだろう。 そう思うと少し可笑しくなったけれど、今回に限っては、先輩の考え方は少し違う気がした。 だって先輩は、他人に甘えて自分だけが楽になるなんてと言ったけれど。 私は、誰かに頼ることを甘えることだとは思わない。 もちろん、誰かを頼ることはイコール誰かに甘えることになることもあると思う。 でも今回に限っていえば、頼ることは甘えではないと思う。 みんなでひとつの模擬店を成功させようとしているのだから、誰かを頼ることは、むしろ普通のことじゃないだろうか? (でも、きっと先輩は…) 今、それを口に出したとしても、頑なに受け入れてはくれないだろう。 だって先輩は、何よりも誰よりも自分に厳しい人だから。 私がそれを言って、素直に受け入れてくれるような人だったら、初めからこんなに言い合ったりしなかったと思う。 きっと先輩は、今まで誰にも甘えず自分に厳しく生きてきたのだろう。 だから、甘えることと頼ることの違いが分からないのかもしれない。 (少しでも先輩の負担を軽くしたいだけなのに…) 結局、先輩を説得できないまま作業に戻るように言われてしまった私は、何か良い案がないか必死で考えていた。 誰かに甘えるのが嫌だと先輩が言っている以上、この先どれだけ私が申し出ても、きっと何も手伝わせてはくれないだろう。 だけど、この作業分担のままでは明らかに先輩ばかり仕事量が多く、いつか無理をしすぎて倒れてしまうような気がして心配だった。 先輩の負担を軽くしたい。 でも、先輩の気持ちを無視することもしたくない。 そう考えて考えて、私はある案を思いつく。 (切原くんと、仁王先輩をこっそり手伝えば…) 知られたら、きっととても怒られると思う。 「たるんどる!」なんて言葉では済まないかもしれない。 でも先輩に内緒で先輩の負担を軽くするには、それくらいしか思いつかなくて。 (先輩、すみません) 先輩の負担が減るなら、あとでバレて先輩に怒鳴られることくらい何でもないって思った。 どれだけ怒られても、先輩が倒れないでいてくれるほうがいいって思った。 (先輩のお手伝いがしたいんです) 私は勝手な行動を心の中で先輩に謝りながら、ボードの作り直しを命じられていた切原くんの元へと急いだ。 ------------------------------- 2010.01.17 PC版WEB拍手お礼SSとして初出。 拍手、ありがとうございました! よろしければ、下記フォームからこのおはなしの感想もお聞かせください。 拍手のみでも送れます。 |