砂の情人


 この状況は、何だか砂漠で途方にくれる旅人の様だなと、霞みがかってぼんやりしたままの頭にそんな考えが薄くよぎる。大きく息を吐き出し、俯いたまま手をついて座り込む今の自分。先程の状況は、何一つ身に纏わず直哉サンの上に居なければ、が前提であるが。


 目を射抜かんばかりにギラギラ発している白く眩い光に、風に撒かれ共に踊る砂塵の中に身を置いているのでは無いかと思わずにはいられない。己が視界と頭が湧き上がる熱と羞恥に眩暈を覚える。

 その原因と言える敬愛する俺の師匠は、悪戯を企む腕白小僧の如く、無邪気でありながらも幾ばくかの不穏さを含んだ笑みで寝転がったまま自分を見上げている。欲を隠さない、過度な期待と好奇心を交えた真っ直ぐな目線が全身に絡み付く。普通なら不敵な直視も直哉サンなら嫌じゃない。不快ではなく、ただただ恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる。

「まさに絶景、だな。たまには下からお前を眺めるのも悪くねぇな」

 改めてそう言われると、ますます顔が赤く染まっていく。今の自分は直哉サンに跨がり、隆々と猛る一物を腹に収めようとしている。飲み込み切れない唾液が荒い息を吐く口の端を伝う。

「あ……あまり、見ないで下さ、あぁっ!」

 腰を掴まれ、引き寄せるようにズンと深く落とされた。自身の重みも加わったせいで一気に最奥まで貫かれ、悲鳴じみた声と閉じた目から生理的な涙が零れ落ちる。この人で無ければ、手近にある枕を顔にぶつけていただろう。

「いきなり……ん。なんて、酷いです、よ」

 涙の膜で滲む視界の向こう側で、上体を起こしながら笑っているであろう直哉サンをきつく見据える。そうしたところで何の効力も無いどころか、ますます愉快そうな雰囲気を感じて内心で溜息をつく。己の好き故の酷い一方通行だ。

「悪い。恥じらう多喜二が可愛いから、我慢できなくなった」

 本当は早く動きたいだろうに、頬に触れるだけのキスを繰り返し、俺が馴染むまで待ってくれる。それだけでこの身は嬉しさに震える。

「もう、大丈夫です。だから……動いて下さい。……お願いします、直哉サン」

 自分から言うのはねだっているみたいで好きじゃないけど、動かないで待ってくれた優しい貴方が喜んでくれるなら。照れ隠しにぎゅっときつく抱き締めると、小さく忍び笑う声と微かに伝う振動。

「あんま可愛い事ばかり言うなよ……抑えらんねぇだろ? ったく。誘うの上手すぎるぞ、お前」

 そんな事、直哉サン限定に決まっていますと反論しようと開いた口は、ズンと腰を突き入れた荒々しい動きであえなく封じられた。巡る熱に抗う事無く、自ら合わせて腰を揺する。固い陰茎で内側を突かれる度に、粘着質な水音と汗と嬌声が辺りに散っていく。揺すられ跳ね上がる身体と喘ぎが、この身に受け入れた人以外への瑣末な意識を削り取る。

 迎えた雄を離さないと、そう言わんばかりに咥える姿をはしたないと思わなくも無いが、それ以上に俺はこの人が尊敬している上に、好きなのだと。乾いた砂が水を際限なく吸い込むように、俺は直哉サンから受ける慈愛を、好意を、愛欲すらも貪欲に欲するが、俺の中の飢餓感をこの人に瞬時に塗り替えられていく。


 直哉サンが側にいてくれるのが全身で戦慄く程に嬉しい。重なった二人の吐息と心音が、耳を伝い身体を心を高みへと導く。

「直哉サ、なお、もイキた……」
「ああ、一緒にな……多喜二。くっ!」

 直腸の奥に叩きつけられる白の飛沫は、まるで砂嵐の様な激しさを俺の中に残し、沈んだ。
荒い息遣いが響く中、直哉サンにもたれかかり、唇を落とし静かに微笑んで目を閉じる。


 小説の神様と呼ばれる『志賀直哉』に再び巡り会えた、偶然掴んだ二度目の生で一番良かったと思える事で間違いない。師と呼び共に在る。それだけで良かったのに、恋人として隣に立ち、手を握れば強く握り返してくれる、そんな貴方が俺の側にいるのだから。俺は恵まれていると、幸せだと言える。


 そしてこの不可思議な生をいつまで歩めるかは誰にも分からないけど、二人で進んでいけるのなら。例え、永劫に彷徨い続ける旅人だとしても、多分いや、きっと悪い事だけではないのだろう。直哉サンの脈打つ鼓動と己の導き出した結論を胸に抱え、俺は眠りへと落ちていった。

2018/04/21
----------------------------
▲text page