6.指と指、離れる瞬間


 最近私が気になる神様は、自分では気付いていないみたいだけど、本当は優しい方なのです。


「えーっ、またなの? ……おれは、お悩み相談所では有りません」

 最近良く耳にするお決まりの言葉に振り返ると、深緋の目と髪をした託宣神が映る。悩み事を相談しに来たらしい英傑を目の前にし、端正な顔に幾ばくかの不機嫌さを浮かべるコトシロヌシ。

 だけど頼って着た人を放っては置けないらしく、文句を言いつつも的を得た助言をしているみたい。だって、さっきまで沈んでいたのに、彼の言葉を聞いてからは明るい表情に変わるのが見えたから。

 解決できる目処が立ったのなら良かったと思う。多分、自分では話を聞いて一緒に悩むだけしか出来ない。

 私の元に集った皆は、秘儀とされている一血卍傑が出来る唯一の神『独神』として敬い慕ってくれるけど、私自身が出来る事って本当はとても少ないから。皆の想いや願い、期待に応えていくにはまだまだ努力が必要で。いつか私も誰かに寄り添い支えられたらと考えているけど、今はまだ支えられているばかりで正直もどかしい。

 そして、ふと気づいてしまう。

 私には神代八傑を始めとする英傑達が、各英傑達にはコトシロヌシが居る。でも、彼のーーコトシロヌシの悩みは、いったい誰が聞くのだろう?

 頼るより頼られる方が性に合うと言っている彼だけど、困り事が無い訳じゃないと思う。むしろ打ち明けられる分、言えなくなる方が多くなってしまうのでは?

 その考えにたどり着いた私は、なんだか悲しくなってしまった。だって、それは寂しいよ。ここには大勢の英傑達が居るのに、誰も彼の心の内が分からない。もちろん私も含めての話だ。

 どうすれば良いのかは分からないけど、放ったままではいけないとだけは強く思った。だから、走った。心の赴くまま、急がなきゃって。

 彼の、コトシロヌシの為に、私がしてあげられる事は何だろう? 色々足りない今の私に出来るもの。彼を探しながら限られた中で考えてみたけど、そんな都合の良い展開を望めないまま、社の奥で探し人に遭遇した。

「……そんなに息を切らして。どうしたの、独神さん?」

 急ぎの相談? と訝しげな表情で何事かと問われ、まだ整わない呼吸のせいで話せないから、ふるふると首を横に振り、違うのだと否定の意を示す。

 それなら、尚更自分を探す理由が分からないと告げたコトシロヌシの両の手をギュッと握りしめ、驚きに固まった彼を置いてきぼりにしたまま一方的にまくし立てる。あなたの悩みを解決する事は私には難しいかもしれないけど、側にいるから、だから頼りにならなくても一人で抱え込まないで。一緒に考えるから、泣きたくなる前に打ち明けて欲しいのだと告げてしまった。

「もう、色々順序を飛ばしすぎ。はいはい、先ずは落ち着いて」

 するりと束縛を逃れた片方の手で、ぽんぽんと軽く背中を叩かれ、自分が先走っていたのだと気づく。

「で、誰かに聞いたの? おれが何か悩んでるとか?」

 確認の為に問いかけるコトシロヌシに私は否定を返す。柔和な雰囲気を纏う彼だけど、眼差しは案外鋭く、実は負けん気が強い所があるのかなと、ついつい観察してしまう。

「さっきから、おれの顔見つめすぎだろ……別にいいけど」

 指摘を受け、慌てて距離を取る為に手を離そうとしたけれど、それは叶わなかった。握ってたはずの手が、今は逆に捕らわれていて。指を絡めた手繋ぎは、まるで想われ人のような錯覚を起こし、段々と頬に熱が集まっていくのが分かる。

 そのままでいいから聞いていて独神さん、とコトシロヌシは話し出す。

「大抵は自分でなんとか出来るけど、確かにどうにもならない事が一つだけ……あるんだよね」

 打ち明けてくれた驚きと湧き上がる喜びを内心で押さえつつ、聞きもらさぬ様、耳をそばだてる。なのに、思いっきり大きなため息を吐かれた。なんで? 理解出来げせない。
「おれの悩みの原因も、解決できるのもあなた次第だよ。独神さん? ……まぁでも、悪い結果にはならないのかな」

 わざわざこうしておれの所に来てくれる位だしと、目を細めて私を見る。何でだろう、コトシロヌシから少し物騒というかおっかない感じがしてるかもと思うのは。さっきよりも繋がれた手の力が強くなっているのは、間違いないみたい。どうしよう、引き返したいかも。

 はっきり言わないと伝わらないんだろうね、仕方ないからちゃんとおれの目を見て聞いててよ。余所見したら……分かってるよね? とまるでいつも耳にする、おれからのお告げだよ的な感じで述べる。


「ちゃんと好きだから、おれとお付き合いして下さい」


 夫婦になるのは八百万界が平和になってからかな、と今日も可愛くて大変眩しい表情で未来の設計まで告白された。え、これお告げ、託宣なの? 私まだお返事を返してはいませんが。

「どうしたの? はいとか、宜しくお願いしますくらいは言えるよね」

 どうして肯定するのが前提なのかと問うたら、何言ってるの? おれの事好きだよね、独神さん。と可哀想なものを見るような目をされた。

「あれ? もしかしておれ、弄ばれたのかなーー」

 瞳に剣呑な光が宿るだけでなく、何だか色まで変わっている! 躑躅色のようなはっきりした色彩が綺麗かもしれないけど、綺麗以上に、怖い。だから首がもげる程、ひたすら縦に振って返事をした。

「コココ、コチラコソ、ヨロシクオネガイシ、マス」

 再び、本日のにっこり笑顔をいただきましたが、私これで良かったのかな? 考えていたよりも随分違う解決方法だったような気がするけど、それじゃ一旦本殿に戻ろうねと絡めた指を離された瞬間、残念に思ってしまったのだから、やっぱりコトシロヌシの方が合っていたんだろう。

「……そんな悲しそうな顔しないでよ、今からいくらでもこうしてあげるから」

 差し出された手に自分の手を重ねると、当たり前だと言わんばかりに握り返される。

「お仕置きが嫌なら、しっかりおれだけを見ていてね。独神さん」

 
 私が好きになった神様は少しおっかなくて、以外と意地悪な所もありますが、でもやっぱり本当は優しい方でした。

2017/10/21
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