1.指だけそっと


 いつも側にいられるわけじゃ無いから、せめて二人でいる時はと、一緒にいる証の様に手を触れ合う事が多くなった。

 いつからそんな風になったのかとふと振り返ってみたけれど、特に劇的なものなどは思い当たらない。

 コトシロヌシの事は好きだから嫌じゃないのは明白だけど、何だろう、この外堀からじわじわと埋められていく感じは。近い将来、または遠くない未来。言い方はどちらでも良いけど、多分我が身に何かが起きるのだろう。それが怖いような嬉しいような複雑さを私の中で描く。そんな事をつらつらと考えながら色とりどりの花を抱え、兵舎へと繋がる廊下を一人歩く。

 私の務めの一つに英傑達の様子見も含まれている。陰に日向にと力になってくれる彼らへの感謝を込め、時々ではあるけれど花を贈るのを心掛けていた。一見淡く儚げな雰囲気を醸し出しているけれど、嫋やかな中にも生きる為の力強さに溢れる花々は戦いに疲れた彼らの心を慰め、そして癒してくれるだろう。

 だから、私は花が好き。私の好きなもので喜んでくれたら、それは素敵な事だと思う。いつも出来れば良いのだけど、中々そうはいかないのが現状で残念だと思う。

 幾人かを訪ねた後、最後にコトシロヌシの所へ向かい、在室を確かめるべく声を掛ける。

「コトシロヌシさん、居ますか?」

 開いた襖からの返答は、お悩み相談お断りの声と少女めいた顔に似合わぬ苦笑い。これは別の意味で長くなりそうかなと思ったけど、敢えて口には出さない。

「えーと、それ以外なので、どうか考えてあげてやって下さい」

 ぺこりと頭を下げてコトシロヌシに差し出したのは、黄色の手絡リボンでまとめた紺非時の輝花。彼の目の前で揺れる紺色を通して反応を伺うと、ますます歪む表情に内心失敗したかなぁと焦る。

「……それは狡いよ、独神さん」
 
 受け取ってくれた花束に顔を埋めたコトシロヌシの頬が朱に染まっていくのを見て、良かったと密かに胸を撫で下ろす。紺の花と紅い青年の色彩の対比が鮮やかで綺麗だとニマニマ眺めていたら、見つめすぎだと指で額をピンと弾かれた。でも、これは可愛いから仕方がないわ。

「おいで、おれの所で最後でしょ」

 私の手を掬い取ったコトシロヌシは、部屋の中へと導く。本当はおれの所にだけ訪れて欲しいけど、今の状況でそれを言うのは度量が小さいよねと呟いた。

 心苦しさから詫びを述べようと口を開くが、言の葉ごと彼の唇で封じられ、謝罪は奥へと飲み込んだまま伝う事は叶わない。至近距離に広がる真紅は、ひたすら私の胸の内を暴れんばかりに叩く。

「……手が早いですよ、コトシロヌシさん」
  
「え、なんで? おれ、ちゃんと段階は踏んでいるよ」

 口付けられた事実に驚きが隠せず、うっかり本音が出てきたのは許して欲しい。結構柔らかいねと、感想を述べるのはやめて下さいお願いします。そんな託宣要りません。満面の笑みはともかく、可愛いと感じたは気のせいかも。

 恥ずかしさから、さっきのコトシロヌシ以上に顔を真っ赤にして拗ねる私に、ねぇ機嫌を直してよ独神さん、今日はもうこれ以上の事はしないからさ。この間くれた桃とお菓子があるから一緒に食べよう? と仲直りの提案を持ちかけられた。

 仕方がないから今回だけは許してあげると告げると、それはおれの台詞だよと返される。皆んなの頼れるお悩み相談所さんは、実はなかなかの遣り手なんですよね、そうですよね。やっぱり可愛いだけじゃ有りません。

 最後に、決してお菓子に釣られた訳では無いからと主張して、私は二人きりのお茶会を楽しむ事にした。



【余談】
「そうそう、コトシロヌシさん。料理王決定戦で作ってくれた海鮮天むす、とっても美味しかったので、また食べたいです」

「はいはい、独神さんになら作ってあげる」

「ありがとう、楽しみだな。ふふっ、コトシロヌシさんは良いお婿さんになれますよ、きっと」

 本当に器用ですよね、羨ましいな。と告げた独神は両手でコトシロヌシの手を取り、眺めてからそっと唇を寄せる。


『ねぇ独神さん、おれを無意識に誘わないでよ。おれはいつまで我慢すればいいの? どうなっても知らないよ』


2017/11/18
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