思華


 ただひたすらに剣を振るい、何処までも戦場を駆けて行く雷。


 露払いをしながら、ちらりとタケミカヅチの様子を伺う。周りに飛び散る紅い飛沫が、彼岸花を思わせた。別名を剃刀花や地獄花と呼ばれるそれは、敵に回した相手にとって、不幸にしかならないその様を如実に現してる様で。

 だが軍神とは言え、無益な殺生が好きなわけではない。根がお人よしだから、八百万に生きる者なら種族に関係無く、例え敵でも被害は……奪う命は少ない方がいいと、そう考えてるだろう。

 甘いと思う、青いとも思う。

 その考えは、儚く脆い。下手をすれば己の弱さになりかねない。でも、傷付き迷いながらも決して自分を曲げず、ただただ前を見据え進んで行くのだろう。

 そんなタケミカヅチだからこそ、自分の盟友と認め、神しからぬそれ以上の感情も抱いてしまった。

「ま、この私が付いてる限り、貴殿には指一本触れさせはしないよ」

 唇に乗せた言の葉を、未だ伝えるつもりは無いけれど。それは溢れた水の様に自身を伝う。普段は小さな真意を覆い隠す為、虚飾の戯言を並べ立てているが、飾らない本意がふと口から滑り落ちた。


 タケミカヅチの姿から逃れるべく、逸らした視線の先に映る彼岸花。かの花に秘められた言葉を、ふと思い出し自嘲する。

『想うはあなた一人』

 これからどんなに血に濡れ続けても、それだけは変わらない。気を引き締めるべく拳を握り締め、再び戦場に舞い戻った。


 己の身にジワリと絡み付く、熱と苛立ちを含んだ紅蓮の眼差しに気付かないままーー。

2017/07/28
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思華、鏡映かがみうつし


 フツヌシは八百万が誇る軍神だ。

 故に戦場では先陣で拳を振るい、対峙した者を容赦無く穿ち沈める。その事について今更言う事は何も無い、己自身も同様に、双璧として数多の敵を剣で屠ってきた。

 握り締めた拳から滴る雫が、白い彼岸花を紅に変えてゆく。他の何かが彼を彩る、それが何故か許し難い。

 若かりし頃の遥か昔に一度だけ、辛くはないかと問うた事がある。

「何の事かな? それより、そんな事を言う貴殿の方が余程辛そうに見えるが」

 薄い蠱惑を湛えた笑みを浮かべながら、さらりと胸の内を煙に巻かれ、逆に俺の方を心配されてしまう始末。剣を振るう以外は何も無いのだと、不甲斐ない己の姿を今でも忘れはしない。

 肉を打つ鈍い音がし、また一人地へ崩れ落ちる。周囲に散る戦場の傷痕と紅の飛沫が、淡く佇むフツヌシを塗り潰そうとし、その光景に胸の内が掻き毟られていく。


『奪われるのは、否。フツヌシは俺の、俺だけが――』


 脳裏に浮かぶ思考からは、黒い慈愛と傲慢な結論を導き出す。それは多分神が神で在る為の、神故に辿り着いた必然。

 真白の花を真紅に染め上げる事になっても、渡さぬと。剣の柄を強く握り直し、再び振るう。これからも共に居ると決めたから。そして、素知らぬ振りをしている、実は愚直な片割れを見遣る。

「いつまでも、しらを切り通せると思うな。フツヌシ」

 隠し続けるつもりなら、無理やりにでも暴く。

 虚偽ではぐらかすのなら、真実を引き摺り出す。

 俺は搦め手で籠絡するのは得手ではない。だから、根負けするまで攻め立てる。荒御魂の側面を隠しもせず、遠くに映るフツヌシを視線で射抜く。


 許可など要らぬ、君が是と口にするまでは。自身の矜持と引き替えに、早く俺の内に落ちて来い。
 
2017/07/28
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