素色ノ天獄
冴木家という栄光と虚偽に包まれた小さな箱庭の中、俺達は兄弟で有りながら互いに恋に落ちてしまった。
同じ親から血肉を分け与えられ、生まれた弟。艶やかな薄縹の髪と瞳、自分と良く似た筈の成り立ちなのに、どこか違う真っ直ぐな気性と素直で愛らしい容姿から織りなす無邪気な笑み。未成熟な細い身体は、触れたら壊れそうな儚さを醸し出していて、ずっと見ていても飽きない。
血の繋がりの無い哲も大事な家族で、もう一人の弟同然だが、彼には家族以上の情は持ち得ない。それが当たり前の感情だ。身内、しかも実の兄弟へ獣の欲を抱いた自分が確かにいる。
凪、俺の唯一の愛執ーー。
『直兄。俺を、直兄しか見えないよう、直兄の物にして。俺を……愛して?』
凪の告白に、気の迷いだと突き放せなかった。自分の物にしてしまえる、その黒い蠱惑に抗う術を持たなかった。いや、知っててそれを放棄したのは俺の本性が、理性を焼き払ったから。
例え全てが欺瞞でも、この瞬間と溢れ出る感情を存在ごと否定したく無い。泣きながら縋り付く薄い身体を貫いて揺さぶり、分け合った熱が燻る心地に身を委ねていよう。
例え全てが幻だったとしても、腕の中の柔らかな温もりと穏やかに刻む鼓動を愛しく想いながら、眠っている凪の髪を梳き、強く抱きしめる。
例え全てが誤謬でも、互いの存在と生まれてきた祝福だけは確かな事だとお前に告げよう。
繋がってしまった事を悔やみはしないが、たった一人の実弟であるお前に消えない十字架を背負わせた。それだけが、俺の胸を内側から黒く覆いつくす。
刹那を生きる俺達に、永遠の幸福は在り得ない。なら、せめて今はひと時の甘やかな夢を見ていて欲しい。
時勢が、状況が、血の絆が。二人を分かつその日まで、ただ夢見るように、凪、君を愛したい。
2017/06/13
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