亜ノ牢獄


『血も涙も心臓も、己の全てを帝国に捧げよ』


 帝国に全てを捧げた身、しかし、そこに自分の思考、意思、心を持つ事は許されない。忠実な下僕に人としての揺らぎは不用。

 表向きは帝国を守護する為に選ばれた優秀な人物の集まりだが、所詮は人間。身分の高い華族もいるとは言え下賤な輩と同様、一皮向けば内に潜む欲望は皆同じ。でなければ、かつての仲間にこんな酔狂を施せるのか? 嗜虐と愉悦を隠しもせず、本能のまま振る舞えるのか?

 なんて下らない擬似的遊戯ごっこあそび。質の悪い戯れに、人はかように興奮を覚えるものか。


 罪人の烙印を押された俺を、ましてや格上の冴木家の跡取りを手に掛けた愚息に用は無いと言わんばかりに、不破家は無用と切り捨てた。

 同胞殺しの裏切り者と称して、連中は好きに弄ぶ。鬱憤を晴らす為の暴力は当たり前。同じ男で有りながら性の捌け口にも利用され、秘部には勿論、口腔まで陽物を押し込まれ、薄汚い白濁を浴びない時など無かった。

 ある日、いつもよりまともな食事を運び、訝しむ俺を無視し慇懃に食えと命令する同僚。いっそ拒否出来れば、あいつらを守り切った誇りのまま消えていけるのに。それさえも叶わない。意思とは裏腹に動く腕、のろのろと食べ終え横になる。取り込まれた食物は変換され、やがて体内を巡るだろう。

 食事を持ってきた男はいつまでたっても立ち去らず、そればかりか俺の事をずっと粘つく視線で見るのを止めない。ああ、気持ちが悪い。何か言ってやろうと上体を起こした瞬間、ぶれる視界。熱に染まる身体、至る所から噴き出した水分は、汗として身を伝う。循環する血液が濁流の様に暴れ、中心は狂おしく張り詰める。

 まさか、この感覚は――。

「やっと効いてきたか。遅いから、食事に催淫効果を誘発する薬を混ぜ込むのを忘れたかと思ったぞ」

 にたりと嘲笑った男は、踵を返して消えていく。今回は煽るだけ煽り、放置する方向か? 解放して欲しいと、訴えそうになるのを叱咤し、己をかき抱く。汚される位ならこれでいいと言い聞かせ、何とかやり過ごそうと唇を噛んだ刹那、悪夢はやって来た。

 どこからか連れてきたのか、二匹の犬を引き連れた数人の姿。そいつらはかなりの大型で、しかも獰猛そうに見えた。俺を引きずり出した奴らは服を剥ぎ取り、何かを体中に塗り込めた後、犬に注射を打つ。吐き出す息は荒く、目が、全体が、ギラギラと剣呑な雰囲気を醸しだす。

「でも先輩、大丈夫ですか? バレたら俺達が処罰されますよ」

「煩いのがいない今だからやってるんだ、普通の拷問ってのにも飽きてきたんでな、せいぜい楽しませて貰おうぜ?」

 繋いだ手綱を手放すと、二匹は唸りながら躊躇無く俺に襲い掛かる。

 本能を剥き出しにした犬どもは、まず食欲から満たそうと油分の付いた箇所を必用に舐める。チッ、このべたべたした物はバターか。胸の先や立ち上がり先走りを滴らせたペニスは勿論、奥まで塗り込めたアナルにも舌を伸ばす。

「やめ……離れ、っ」

 無駄だと思いつつ、言わずにはいられなくて口を開くと、長く獣臭い舌がぬるりと入り込む。遠慮なく歯肉をなぞり、唾液を内に流し込む。勢い余り、溢れたものが口の端をぬたりと伝う。

 そちらにばかり意識を向けていると、こっちを見ろと言わんばかりに、バターが滴る内股を嬲られた。俺を押さえつけた前足の鋭い爪で、身体中のあらゆる箇所に細かい傷が付く。肌と性器を舐められる度、ピリピリとした痛みと愉悦が背を駆け抜け、中枢に悦びと変換し伝える。

 力の入らない身ではろくに抵抗も出来ず、窄まった穴に蠢く生暖かい舌の生々しさに戦慄くしかない。それでも、慣れた身体には物足りなく。奧深くを抉る刺激が、快感が欲しいと。この世界の陰湿な誤謬を見なくて済む、白い闇に堕ちてしまいたいと、そう望んでしまう。

 どうにもならない悔しさから、地に俯く。首を振ってその感覚をやり過ごそうとしたが、それは一番取ってはいけない選択だった。

 背後から覆いかぶさった一匹が、俺の身の内に醜悪な一物をズブズブと押し込めていく。

「くっ、あ……い、嫌だ……ぁっ!」

 弾みで漏れた甲高い自分の声。涙の膜で滲む視界の向こう側で、大切な何かが硝子の様に脆く儚く音を立てて壊れるのを、遥か遠くで聞いたような気がした。


 四つんばいの姿は獣同然、犬は腰を打ちつけ、勢いを削ぐ事なく律動し続ける。様々な体液が絡んだ粘着質な水音や、尻を打つ肉の音、不規則に吐かれた呼吸の不協和音は下卑に響き、止む事を知らない。

「ぅあ、あっ……んっ!」

 甘ったるく鼻に抜ける自分の嬌声が、否応なしに高みへと誘う。

 全てを甘受し柔らかく纏わせつつ、猛る雄を締め付ける事も忘れない浅ましい内壁。取り残されたもう一匹の荒れ狂うペニスは、口に入れられる前に手で慰めた。指で触れると力強く脈打つそれは、荒々しく今を謳歌する生命の塊。死ぬべきでは無かった、救えなかった友を思うと、胸の奧が微かに痛む。

 終わりが近いのか、加速する動き。先端が瘤の様に膨張し、今更逃れる事を許しはしない。一際高く嘶いた後、体内に叩きつけられる精液。暴挙を受け止める、その時間は永遠では無いかという程、長く続いた射精。

 腹が膨らむまで出され、やっと抜かれる。安堵の息を吐きこのまま目を瞑ろうとしたら、もう一匹が再び侵入し、強引に割り開いて律動を開始する。

 途中から存在を忘れていた連中も、俺達の痴態に我を忘れ、己の享楽に耽り抜き擦って吐き出した物で、髪、爪、薄紅に染まる肌、唯一持っていたはずの矜持さえも塗り潰し、存在ごと消していく。


 白に繋がれた牢獄の中で、俺は俺自身を否定し手放す事でしか、凪と哲を監獄十二階この檻から逃がす事は出来なかった……。

2017/05/12
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