臨美の家で妊娠したという話をしてから、追い出された俺は家へと帰った。
薄い木の扉を開けて、何かから逃げたくて中へと転がり込むように入る。下の床がぎしりと音をたてた。
畳が剥き出しの床にごろんと寝転がった。
俺は、どうしたいのだろうか。
している最中にあいつをどう見ていたのかと言えば、確かに身代わりとして見ていたのだろう、名前を呼んでしまったのが何よりの証拠だ。終わった後も気分悪くなったりしたし。
けれど、俺はあの女が大嫌いである筈なのに、何故かあいつが新宿から去ろうとした時、絶対にひきとめなくてはと思ってしまったのだ。
あいつが俺の子供を産もうとした時、俺は困ると思ったと同時に心のどこかで嬉しいと思っていたのだろうか。あいつが一人で産もうとした時に俺が無性にいらついた理由は、それしか考えられなかった。
あと―――、
「静ちゃんが好きだったんだから」
臨美の言葉が思い出された。あのときは混乱してぐちゃぐちゃになっていたが、改めて思い出してみると顔が赤くなる。火照った顔を冷やそうと起き上がってお茶を取り出した。
あいつは俺を好きだと言った。いつからなのだろうか、もしかして誘ったのもそのせいだったりするのだろうか、確かにあいつにはメリットの殆どない行為だっただろうに。もしそうだったとするなら、俺はものすごく酷いことをしてしまったに違いない。何度も乱暴な行為をしたし、いらついている時は殆ど強姦のようなことだってした、そして他の女と重ねていた。
ああ、最低だな、俺。
臨美のことで、これほどまでに自分に嫌悪感を抱いたことはなかった。

ここ数日間、思いの整理のつかないまま仕事に出る。心ここにあらずというような俺を見かねたのか、トムさんは休憩を少し長めにとってくれた。いい先輩だと思う。
「静雄か?」
自動販売機で買った缶コーヒーを飲んでいると、後ろから声がかけられた。
「門田」
久しぶりに聞いた声に振り返ると、予想通り帽子をかぶった門田がいた。今日は珍しく一人で、いつも周りにいる狩沢や遊馬崎はいない。どうしたのだろうかと思っていると、くいと指でそこのベンチを示された。話があるということらしい。
「今日はやけに静かなんだな」
平日の昼間の公園にあまり人はおらず、ベンチもがら空きで俺と門田は適当に二人で座った。座った途端、いきなり会話を切りだされ少し驚く。
「あー・・・」
「臨美のことだろ」
べきり、ぶしゃ。俺の手の内の缶コーヒーが潰れた、中の液体がこぼれだす。
驚いて門田の方を見ると、薄く笑って正面を向いていた。
「何かあったんだろ?」
「…何で、」
何で知っているのだと聞こうとしたが、そういえばこいつと臨美は昔から親子のような関係だった、様子がおかしくて気がついたということもあり得るし、逆に新羅から相談をうけたのかもしれない。
「…もう聞いたかもしれないが」
「……」
「あいつは、お前のこと好きなんだよ」
「…聞いた」
だからこそ、困っているのだ。俺自身もおかしくなったように錯覚させられて。
「でも、お前は臨美が大嫌いだろ」
「……」
答えられなかった。今の俺は嫌いなのか、居てほしいと願っている、つまり好きなのか、わからないのだ、そんな中途半端なラインに立っていた。
「俺は、いつの日かお前が幸せならいい、とか言って、臨美が勝手に消えたりするんじゃねえかって不安だったんだ」
「…それは、」
「静雄、率直に聞く」
今お前は、臨美に近くに居てほしいと思ってるのか?
門田のその核心をつくような質問に、俺の動きは一瞬止まる。
居てほしいか居なくなってほしいかと聞かれたら、前だったら迷わず前者を答える。だが、今は?あいつが妊娠していて、他の所へ行こうとしていて、俺はそれをどう思った?
引き留めようと、しただろ。
喉がひきつって体が固まって頭がぐちゃぐちゃになってどうしようもなくって、だからこそ表に出せなかっただけで俺はあいつを引きとめたかったのだ。逃げるなと、近くにいてほしいと。
「…門田、悪い」
俺は一言告げて立ちあがり、トムさんに休むという連絡をいれる。俺の様子がおかしいということをわかっていたトムさんは、すぐに了承してくれた。
すぐさま駆けだした俺に、門田は何も言わなかった。

堕ろすだとか産むだとか、そんなことはもうどうでもいい。産むというなら助けるし、堕ろすというなら止めはしない。
ただ絶対に、どこかに行ってほしくはなかった。
俺から逃げるようなあいつなんて、見たくなかったのだ。
だから、
行くな。臨美。

臨美のマンションの扉を無理やりこじ開けて、中へと入る。そこで俺は息をのんだ。

何も、なかった。

管理人の話によると、つい三日四日前に出て行ってしまったらしい。
家へと帰った俺は、行き場のないこの気持ちにどうすることもできなくなる。
あと三日、あと四日早かったなら。
俺は、あいつを引きとめられたのだろうか。
「……ッ、」
数年ぶりに、涙を流した。

会いたい。
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