先に言っておく。それは、本当に事故だった。下心なんてその時にはなかったのだ。
目の前でへたりこむ臨美は両手で口元を押さえて目を見開いていて、普段なら固まることのないその体のどこも動いていないことから、これが相当なショックであったということがわかる。

いつものように臨美が俺に喧嘩を吹っ掛けてきて、俺はそれにいつものように怒鳴って追いかけた。ところが、信じられないことに臨美は足を滑らせて、階段の下り途中からずり落ちてしまったのだ。咄嗟に俺は手を伸ばし奴の頭を抱きかかえ体を縮こまらせ、自分がしたになるように回転しつつ地面と衝突した。背中がとても痛かったがそれよりも臨美の安否の方が気にる、慌てて下を向くと臨美の頭は俺の首筋に埋まっていて、髪が擦れてくすぐったい。
「おい!?」
「え、あ、ごめっ」
震えて動かない臨美に声をかけると、はっとしたように腕を床に着いて俺から離れようとする。その時だった。
「、っ!」
落ちた時に俺がしたになったものの、腕をひねったのだろうか。声にならない悲鳴と共に伸ばした腕がかくんと関節で折れ曲がる、当然ながら重力に逆らえない臨美は下へと崩れ落ちた、頭から。
そこまではまだいい、問題なのはその下にあるのがちょうど俺の顔だったということと、俺が少し上半身を上げかけた時だったということで。
「――んっ」
「!!」
がつん、と音がした。
少女マンガのお約束のように、俺のファーストキスは過ぎ去った。

俺は臨美が好きだ。
俺のあの力を知っても逃げたりせず、むしろ自分から近づいてくるような奴は臨みが初めてで、腹の立つ奴ではあったが気になることに偽りはない。そうして自然と意識するようになって、気が付いたら好きになっていたのだ。
しかし臨美と言えば俺をからかっては逃げ喧嘩をふっかけては逃げ、果てには童貞童貞と馬鹿にしてくる始末。何で俺こいつが好きなんだろう、と思うことも何度かあった位だ。そんなことをしてくる奴が自分を好きだとは到底思えず、俺はこの気持ちを抑え込むことに決めたのだ。なのに、
事故とはいえ、キスをしてしまった。
真っ赤な顔で震えて口を押さえて立ち上がれないような臨美を見て、胸が痛んだ。俺としては仮にも好きな奴とキスできたのだから、ショックはあるとはいえそこまで気を病んではいない。けれど、臨美からしてみれば大嫌いな男に唇を奪われたのも同然なのだ。
どうしようもなく罪悪感にかられる、少しでも喜んでしまった自分が憎い。
「…悪い、」
そう呟けば臨美は口から手を離して顔を上げ、驚いた表情で俺を見てきた。
「嫌いな奴と…させちまって」
別に俺だけが悪いわけでもないのだが、謝らずにはいられなかった。自分で呟いていて大きなダメージを受けるが、それよりもきっとこいつのダメージの方が大きい。
これ以上こいつの前にいたら臨美も動けないだろうし人が来るかもしれないし、何より傷つけてしまうだろう。俺は体を起こして立ち上がり、足についたほこりを軽く払って教室へ戻ろうとした。
戻ろうとした、のだが、つ、とブレザーの裾を引っ張られ足が止まる。驚いて振り返ってみれば、真っ赤な顔をして俯いた臨美がしっかりと逃がさないとでもいうように、両手でつかんでいた。
逃げられることはないとしても、罵られるか嫌われるか泣かれるか殴られるか。正直どれも選びたくないがこの中のどれかとしか思えない。
「…何だ」
そういうと臨美は、眉をひそめて涙をためた真っ赤な顔で俺を見つめてきた。視線が絡み合い動悸が一気に速まる。
「待って、静ちゃん」
「…だから、悪かったって」
「ちがうの」
何が違うというのだ。先ほどまでに俺が言った言葉の中で間違っているものはないと思う。そういったことを言えば臨美はふるふると首を横に振った。
震えるその薄い唇を開いて、
「嫌いじゃない」

「好き」

一分後、俺たちはもう一度唇を重ねる、それは勿論事故ではなかった。


100425
片想い同士となると毎回二人の視点で書いてしまうので、今回は絶対どちらか片方からの視点だけで書こうと思っていたのですが、難しかったです・・・。
あと何だか尻切れトンボな終わり方になってしまい申し訳ないです;
事故ちゅーネタは一度書いてみたかったので、ここで使わせていただきました
こんなものになってしまいましたが、素敵リクエストありがとうございました!

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