かちゃかちゃという食器のこすれあう音が広々とした部屋に響く。ソファで偉そうに座っている静ちゃん用に用意されたこのティーカップは数年前からあるもので、初めのうちは新しく増えた食器に違和感を感じていたのだがそれさえも今はなくなっていた。
砂糖を2杯、温めた牛乳をたっぷり、お気に入りのこの緑の飾りのついたシンプルなティースプーンでかき混ぜたのち、それを机の上においた。
「はい、紅茶」
「ああ」
慣れた手つきでそれを手に取り当たり前のようにすする静ちゃん。いっとくけどここ俺の家だからねそこんとこわかって。
とかいいつつ最早ここは殆ど俺と静ちゃんの家と化していた。
随分前に新宿に引っ越したのだが、俺を殴りにくるという名目で何度も静ちゃんが頻繁に訪れるようになってしまい、その関係がどうこじれたのかわからないが彼は他の用事でもここに来るようになった、例えば新宿で仕事があった時とか傘がなかった時とかなんか暇だったときとか。最後のが一番わけがわからないけれど、最近は殴られることはほとんどないからきっとその理由が一番多い。多分今日もそれ。
静ちゃんの向かい側に座って、俺は書類の整理を始める。何故静ちゃんの前かと言われれば、既に俺の仕事机は散らばった紙やファイルでごちゃごちゃだからだ。
書類を分類して整理しつつ、脳内でその情報をインプットする。そんな作業を繰り返していると、目の前の男からの強い視線が気になるものだ。
「…なに」
手は休めずにただ声だけを紡ぐ。ふとちらりとそちら側に目をやってみると、ばちりと目があって思わず伏せた。
「あ、いやなんでもねえ」
「…あっそ」
そんなに見てきて何でもないわけがないだろうと言いたいところだが、生憎そんなことを気にしていられるほど猶予のある依頼ではなかった。ぺらぺらと紙をめくる音が響く。
ようやくまとめ終わったのは、熱かったティーカップがひんやりと冷めてしまった頃で。大きくうんと伸びをすると、また目があう。何なのだ一体。
最近の静ちゃんは少しおかしい。数年前までは俺を見かければすぐに殴ってくるような感じだったのに、今では俺に慣れてしまったのだろうか、殴ってこなくなった。それだけならまぁ別に理由もわかるしいいのだが、彼は俺をときどき気遣うようなそぶりを見せる。少し気持ち悪いと失礼だが思ってしまう。
「…お前さあ」
「なに」
「最近、池袋来ねえよな」
やっと何か言う気になったのかと思えば、そんなことか。
確かに、俺はここ数か月池袋に行っていない。いやそれどころか、殆ど外へ出なくなった。近くのコンビニなどには出るが、電車などに乗って出かけることはここ数年で激減した。
少しでも運動をするとふらつく俺の体は、もう大分疲れているのだということがうかがえる。
静ちゃんとは違って俺は普通の人間だ。だからこそ、そいつと対等にやりあうにはかなりの運動能力が必要となる。昔から運動神経は良い方であったものの、ずば抜けてよかったわけでもない俺がそれを掴むためには多大な努力を要した。そのため、きっと体に負担がかかりすぎてしまったのだろう、俺の体はもうぼろぼろだ。
「俺も若くないんだよ」
「…仕事とかはどうしてんだ」
「最近は殆ど書類系の仕事しか受け取らないしね、外の情報なら他の奴らに聞いてくるよう頼むだけだし」
ゆっくりと立ち上がり、ファイルを棚にしまう。その動作だけでも結構辛いのだ、俺も落ちたなあ。
「静ちゃんこそ、最近ここによく来るよね」
「…あー、」
静ちゃんは何故かばつが悪そうに頭を掻いていた、最近は殆ど毎日のような頻度で通ってくる彼にそんな疑問を覚えるのは当たり前のことだろう。
「…もし」
サングラス超しに静ちゃんと目があった。青いレンズは昔からかわっておらず、彼は彼なのだと思い知らされる。
「今ここに誰か乗り込んできたら、お前じゃ太刀打ちできねえだろ」
思わず失笑してしまったおれを許してほしい。
君は俺が嫌いなんじゃなかったっけ、助手だって今は他のマンションでの仕事が主なんだからここに人が来ることなんて殆どないんだから安心しなよ。
そう言ってこの温い関係を改めるには、10年という時間は長すぎた。
「馬鹿だねえ静ちゃん」
そう言っても青筋を立てなくなった彼もしっかり10年分成長しているようで。流れるように過ぎ去った時間の重みを実感している俺は、そんな彼に依存しているのかもしれないと思った。


100423
狩友志葉様からのリクエスト「10年後シズイザ」ということでしたので、少し落ち着いた雰囲気の文にしようとして撃沈orz
臨也は一応普通の人間なんだから、あんなふうにパルクールとかしまくってたら体大丈夫なんだろうかというネタでした←解説
何だかシズイザになっておらずすみません;
こんなもので本当に申し訳ありませんが、狩友さま、リクエストありがとうございました!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -