黒髪の、綺麗な女だった。
「こんにちは、」
池袋から離れたある町、小さなマンションの一部屋の扉を開けて、その女はやっぱりね、とでも言うように口元を緩く弧を描く。
「平和島静雄さん」

目の前の机に上品なカップに入った紅茶が置かれる。ソーサーとカップが擦れる音が響き、アールグレイの香りが鼻腔を着いた。
いきなり手をつけるわけにもいかないのでどうしていいかわからず座ったままでいると、向かいの椅子が引かれる音がして女がそこに座る。狭くはないがものすごくという程広い部屋ではない筈なのに、家具が少ないせいかやけに広く感じられた。
「で、いきなり訪ねてきてどうしたのかしら?何が聞きたいの?」
「…それは、」
わかっている癖にわざわざ人が言いにくいことを聞くなんて、意地の悪い女である、あいつに似ている。そこでまた臨也を思い出してしまい、腹の中でどす黒い感情が渦巻いた。
いつまで経っても話さない俺にしびれを切らしたのか、しかしまたそのことさえも予測できたかのように眼だけ微笑んで、女はついていた頬杖をやめた。
「臨也のことでしょう」
ずくり、胸の奥が変な感覚に陥った。今この女は臨也、と呼び捨てにした。それだけのことに、何故今俺はこんな感情を抱いている、何故不安になっている。自分が気持ち悪い。
無言を肯定と受け取ったらしい女は、続いて鈍器で殴られるような衝撃を俺に与えた。
「まだ生きているわよ」
自分でも目が見開かれたのがわかる。生きていた、ではなく生きているのだ、奴は。あれだけ殺したいと思っていた相手が生きていることに安心するとか、矛盾していることこの上ないのだが事実なので仕方がない。
「まだ、生きて」
しかし、その女は奴が生きているという事が苦痛でしかないかのように、窓の外に目を向けた、どこも見ていないように見える。
その仕草に違和感を覚えながらも、俺は今この女が奴の行方を知っているという確信めいた思いに包まれていたので気にすることができなかった。
「ノミ蟲は、」
生きている生きている、死んでいない、まだ奴を殺すチャンスがある、あの少女の願いを叶えられる、まだ会える終わりじゃない。
「臨也は、どこにいんだ」
情けないことに、少しばかり体が震えていた。
既に女はこちらを向いていたが、目が合っていない、俺じゃないどこかを見ているようだったが今は質問にさえ答えてもらえればよい。
「…一つ、聞いていいかしら」
「何だ」
「貴方、臨也に会ったとしてどうするつもりなの?」
どうするか?そんなの決まっている。
見つけたらまず殴って罵って、池袋に連れてきてあの少女と対面させて、最後に俺が奴を殺す。つまりまとめれば間はあるものの、
「殺すにきまってんだろ」
俺は、臨也を殺すために今探しているのだ。それ以外の理由は俺の本能が認めない。
女は一瞬意外そうな顔をして、すぐにまた先ほどまでの限りなく無表情に近い笑みに戻った。しかしその目はちゃんと焦点があっていて、何となく安心させられる。
「そう」
立ち上がって紙を一枚取り出した後、ゆっくりと一つ一つ確かめるように文字が描かれた、漢字の多いそれは、きっと住所。
B5のそれを四つ折りにして俺に差し出された、この紙の中に、奴の場所が、生が、残された僅かな全部が書いてある。
「これで貴方が連れ戻したいとか会いたいだけだとか言ったら、絶対に書かないつもりだったわ」
意味深そうなその台詞も耳の中で反響して脳になかなか刻まれない。柄にもなく緊張しているのだ。
この女は俺が来ることを感づいていた、きっと紀田が住所を割り出すことを想定して、メールを送ったのだろう、計算高い女だ。しかし今はそれに感謝している。
「今回の件では、私相当あいつにムカついているの、だから」
「貴方が、あいつを殺してやって」

最後のその言葉は頼みという言葉ではなく、懇願と言った方がよい空気を醸しだしていた。


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