今年も冬がやってくる。この町で過ごす冬は数度目で、毎年望と二人でささやかなパーティーを開いてきた、のだが、
「おかーさん、ごめんね...」
「何いってるの、早く行ってきな」
今年小2となった望はクラスでも人気者のようで、友達の家でのクリスマス会には強制参加、よって私はこの町で初めて1人でクリスマスイヴを過ごす。母親を1人残すことに望は負い目を感じているのか複雑そうな顔をして夕方家を出ていった。そんな顔させたくないのに。
1人になった私は明日の食事の買い物に行く、行き際に何度も明日は一緒な食べようねと言っていたから、相当豪華なものを作ってみせようと腕がうずいた。
外へ出てみると雪が降っていて、コート越しに伝わる冷たさに体が震える。慌ててマフラーをきつく巻いた。
君は今何をしているんだろう、柄にもなく雪を見てそんな感傷に浸ってしまって馬鹿らしい。思い出せばまた涙が滲んでしまう自分も情けない。
彼のことは諦めたと決めた、静ちゃんの幸せを一番において私はその次でいいとも思った、でも実際は全然駄目だ。まだ私は彼が好きらしい、彼に会って抱きしめて愛してもらいたい、気がついたら涙を一筋流していて、ごしごしと拭う。望がいる、だから私は強くならなくちゃ。
離れたスーパーで買い物を終え家への道を歩く。ずしりとした右手の重みに手が痛がるが気にせず曲がり角を曲がった。このまままっすぐ行けばもう目の前に家の門がある。
「...ん?」
雪で霞んでよく見えないが、門の前に誰かいる。骨格からしてみるに男、黒いコートに身を包んでいて、まさか仕事をしていた頃の関係者か?
しかしそんな不安はあの忘れられない金髪を見た途端吹っ飛んだ。
「静、ちゃん...」
声が聞こえる程度の距離まできて、確かめるように呟いた、愛しい人の名前。静ちゃんは、静かにそこにコートを着て立っていた。表情はよく見えない、いや私が故意に見なかった。動悸がうるさくてろくに目も合わせられない。どうして、いるの。
私を探しだす方法ならたしかになくはなかった。新羅づたいに世話になった闇医者のところへ行けば教えてくれるだろう、でも、どうしてわざわざ。
さくさくと雪の踏まれる音が響いてきたのでこちらに向かっているのだと辛うじてわかった。体が震えて顔が熱くなって、どうしようもなく俯いてしまう。影か降りかかってきて、目の前に立たれた。咄嗟に目を瞑る。と、 何かあたたかい。違う、あたたかいものに包まれている。
「臨美」
数年ぶりに聞いたその低音を求めていたかのように神経がうずめいた。あたたかい、目の前がくらい、黒い、煙草の香りがする、あと耳に息があたる。
私 抱き締められてる?
どうして、なんて考える間もなく脳内がぐちゃぐちゃだ。
「...好きだ、」
頭をがつんと金槌で叩かれたような衝撃が走った。今この人なんていった?
好きだって、私を好きだって。途端に数年前のことを思い出して悲しさに襲われた。
「...馬鹿野郎」
呟くように聞こえた言葉は抱き締められた体制のままなので耳元に直接落とされる。不覚にもぞくぞくとした。
「手前、勝手にいなくなってんじゃねえよ」
だってそれは、私がいたら君が迷惑だと思ったから。言葉にならない言葉を心中で溢す。
「すげえ、探した...」
なんで。何で探すの。いないままの方が好都合じゃないの。
色んな疑問がうずを巻いてそのなかに引きずり込まれる。
背中に手をまわしたいのに抱き締められてるせいでそれができない、切ない。
「静ちゃん、」
ようやく出た声はくぐもった声だった。
「静ちゃん、静ちゃん、静ちゃん、」
聞きたいこと言いたいことは山ほどあるのに、おかしくなったように彼の名前を連呼する自分が酷く滑稽だ。泣きじゃくって名前を呼ぶなんて、一体どこの子供。
「なんで、」
ようやく落ち着いたのか、ひゃっくりあげながらも多少普通の声が出るようになった。
「なんで、来たの」
「...謝りに」
謝るって。馬鹿じゃないの静ちゃん。そんなことのためにわざわざ来たの。会いに来たとか思っちゃった自分が恥ずかしい。
「あと、」
一旦ぐいと体を離れさせられる、目線がしっかりと至近距離で絡み合った。
「会いに来た」
ぷつり、涙腺がどうやら壊れてしまったらしい、涙が止まらない。ぐしゃぐしゃになった顔なんて見せたくないけど頬を手で包まれているので背けられない。冷たさに驚いて、私を待っていてくれたのだと気がついた。
「最初は、全然見ていなかった、けど」
「妊娠したって聞いて、混乱して、捨てたみたいな真似しちまって」
「家かえって暫く考えて、気づかされて」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉一つ一つが愛しい。初めて見る愛しい大事なものを見るようなその瞳に困惑しつつも歓喜と衝撃で死んでしまいそうだ。
「いいの」
「何が」
「私で、いいの」
再び流れ出した涙で頬が冷える。同時にひゃっくりのせいでうまく話せない。
さっきからずっと聞きたかった、私でいいのって。
静ちゃんには好きな人がいた、その人よりも私なんかでいいの。妙な責任感で来られたって嫌なだけだ。
そんな不安を拭うかのように、また抱き締められる。
「お前がいいんだよ」
同時に馬鹿、と呟かれて、いや馬鹿は静ちゃんの方だよ。ふにゃりと変な笑いになってしまった。
さっきまで冷たくて仕方がなかった雪が、今は少し心地よい。
「静ちゃ、ん」
「...一緒にいてくれ」
思わず目を見開いた。なにそれ、
「プロポーズ、みたい...」
そうに決まってんだろ、少しばかり照れの交じったその言葉に、今度こそ私は本気で泣いてしまった。
ああもう、目の前のコートはすでに涙でぐしょ濡れだ。買ってきたものだって抱き締められた際に落としてしまったし。
そんなことも気にならないくらい、幸せだけれど。
両手をゆっくりと、背中にまわした。

ずっと欲しかった。彼の愛情や大事なものを見る視線が。
いつかそのペクトルが、自分に向いてくれればいいなって、思っていた。

「、すき...」
一際強く抱き締められて、少し痛い。でも、その言葉に同意してもらえているようで堪らなく嬉しかった。

背中にまわした腕に力を込める。
静ちゃん、

大好き


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