とある池袋の高級マンション、シンプルな家具が揃えられたその室内には、あまりにも不釣り合いである血の匂いが漂っていた。
匂いの大元は、白い白衣を着た眼鏡の少年の正面に座っている少女。艶やかな黒髪を持つ彼女の顔は酷く美しく、額や制服にこびりついた血液を拭き取れば見る者すべてを魅了するようであった。
「全く、ありえないよ静ちゃん」
腕に撒かれた白い包帯を眺め呆れたようにため息をつく少女に、後ろの金髪の少年がばつが悪そうに顔をそむける。長身と整った顔を持つ少年は青年とも言ってよい程大人びていて、そんな二人の向かい側に座って傷の処理をしている白衣の少年は険悪な空気に慣れているのか苦笑いを浮かべていた。
「普通女の子に投げたりしないでしょ、椅子なんて」
「……」
「まあまあ臨美、許してやりなよ。ていうかそれは普段の君の行いが悪いからでしょ」
少女の右側額には血のにじんだ跡があり、包帯がぐるりとそれを隠すように頭を一周してある。そのほか頬や腕などいたるところに傷跡があり痛々しいという表現が似合っていた。
放課後、この者たちには恒例となっている闘争劇を繰り広げている最中に、後ろの金髪の少年が持ち前の特異体質を利用し黒髪の少女に生徒が据わるような椅子を放る。それが見事にクリティカルヒットし、そのまま少女は後ろの階段から落下。結果として、額に3針の傷・体中に擦り傷切り傷という参事になったのだ。
「でも静雄、今回は段数がそんななかったからよかったけど、もし階段がもっと高かったら危なかったんだからね」
「…わかってる」
俯き壁に寄りかかる少年に、白衣の少年は困ったもんだとばかりに肩をすくめた。
「いやー、でも驚いたなあ。まさか君があんなに慌てて」
「新羅、」
そのまま突然わざとらしく声をあげると、新羅と呼ばれた男の言葉を金髪のどすの利いた声がふさいだ。髪に隠れて表情まではよく見えないが、微かに赤く染まった耳をしている。それに対象的なのが黒髪の少女で、何故今遮られたのかとでもいうようにぽかんとしていた。
「え、何、何なの?」
興味を持ったのか体を前に傾け目を輝かせる少女に眼鏡を上げながら少年が首を振る。
「ううんなんでもないよ臨美、ああそうだ僕は愛しのセルティがそろそろ帰ってくるから出迎えてくるよじゃあしばらく待っててね!」
「は」
「あ、おい、新羅!?」
一気に吐き出された言葉に気を取られているうちに閉まる扉。必然的に取り残されるのは少女と金髪の少年の二人。怪我の被害者と加害者だった。
暫くの沈黙ののち、何が何でも目を会わせないとでもいうようにけしてこちらを見ない少年にしびれを切らしたのか、少女が口を開く。
「静ちゃんさあ」
「……」
「後悔してんの?」
「……」
微かに少年の肩が震えた、それは肯定のしるしと受け取られる。それに少女はくすりと笑った。
「ばーか」
「…黙れ」
「後悔するくらいなら、投げんなっつうの」
「……わるい」
「……静ちゃん謝れたんだ」
心底驚いた、という表情を浮かべた少女を本来なら狂いそうになる程憎む彼なのに、皮肉を言っても反応がなく少女にはつまらなく感じる。
「…もう、俺にかまうな」
口をとがらせた少女に、申し訳なささを浮かべた声音で告げられた。今度こそ少女は本気で驚かされる。驚いたというよりショックの方が強いのだろうか、動きが固まっていた。
「……わかったろ、俺は化物なんだよ」
自分を責めるような彼の言葉に意識の輪郭を取り戻し始めた少女は、その時悲しむでも落ち込むでも驚くでもなく、ただただ怒っていた。
「だから、怪我したくなきゃ、」
「静ちゃん」
黒髪を揺らしたかと思うと凛とした声を響かせ立ちあがり、少年の正面に立った。目を強制的に合わせる形となる。お互いがそらせぬままただ時間だけが過ぎた。
「ほんと馬鹿」
「……」
「あんたは今まで喧嘩してきて何を覚えたの?何も学習してないじゃん、この単細胞」
「……」
「…質問を変える。私、他の奴らと比べてどうだった?」
「むかつく」
「そこだけは即答なんだね。…私強いでしょ?」
「……」
「簡単に壊れないって」
全てのものを包み込み全てのものを蔑むような彼女の瞳が、初めて一人の人間だけを映す。傷ついてばかりの喧嘩人形。
「…やっぱお前むかつく」
ぽそり呟かれた言葉に一瞬目をぱちくりさせた少女だったが、すぐに目を細めころりとほほ笑んだ。
「……あはは、よかった元の静ちゃんだ」
人を傷つけ暴力と罵られる、自分より一回り以上大きなその武骨な手を包み込みんだ少女は、慈愛に充ち溢れる聖母のようであった。

「…あ、でも怪我が治るまで喧嘩はなしね」
「いやお前が売ってこなきゃいい話だろ…」


100415
三人称むずい…!
来神設定意味なかったですorz
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