目を覚ましてまず一番最初にすることは体の確認。
いつになれば戻るのかと思い毎朝期待を胸に自らの体を確かめる。そしてその期待は毎回裏切られる。少なからず落ち込む。
そんなことが習慣になってしまった頃に、再びまた池袋での取引が入った。
「気をつけなさいよ」
波江が俺を心配するだなんて珍しい。パソコンから目を離し意外そうに眼を見開いた俺を一瞥して、波江は引き出しから取り出したデータを見つつ今回の取引先の男について話し出した。
今回の相手はさほど親しい仲ではなく断ろうと思ったのだが、どこぞの大会社の重役らしく報酬が並ではない額だったので承ったのだ。渋る俺にどうしても直接取引したいとメールで乞う姿が印象的で、それに少なからず奇妙さを覚えたのも事実なのである程度は用心しているつもりだ。
「考えたくもないけど、何かあったら携帯に連絡しなさい。貴方が捕まったら他にあたる場所がなくなるわ」
「はいはい、言われなくても十分用心してるって」
その証拠に俺の隠しポケットにはしっかりとナイフが刺さっている。それに今回の取引先は公の場に指定しておいたのでおそらく平気だろう。
軽い足取りで新宿を出る。もうこのスカートにも慣れてしまったのが恐ろしくむなしかった。

「折原さんは男性だとお聞きしたのですが」
待ち合わせ場所の公園には三十路付近の品のよさそうな男がスーツ姿で待っていて、名前を聞いてみれば取引先と一致したため折原ですと名乗る。
折原臨也が男だなんてそりゃそうだろう、と当たり前のことを思いつつ脳内で何度もシュミレーションした架空妹の台詞を言った。
「私は折原臨也の妹です、本日は兄が急用で来れなくなったので代理としてこの書類を届けに参りました」
「そうですか、それはそれは」
お疲れ様です、と愛想のよい笑顔を返され、この年であの金額が払えるのなら随分エリートなのだなと冷めた頭で考えた。正直なところこんな取引なんか早く終わらせてしまいたい、そして一刻も早く池袋から逃げたい。
ああもう、あの時のことを思い出してしまった、顔がほてるのを感じる。今取引中なのに、静ちゃん最悪だ。
とりあえずもう書類は渡したのだ。帰っても別によいだろう。
「では、急いでいるので失礼いたします」
「あー、ちょっとすみません」
振り返って今来た道を戻ろうとしたのだが、引き止められた。
何だろう、何か書類に不備でもあったのか。そう思い足を止めるとやはり先ほどと変わらない品のいい笑みがそこにある。不自然さを感じた。
「私あなたにお話ししたいことがあるんですが」
ぞくり、本能的な感覚が頭をよぎった。あれ、これなんかヤバいかも。
ふと顔を動かさないまま眼だけで周囲を確認すると、生憎平日の昼間だ、人など殆どいなかった。
静ちゃんのことやらで落ち着いていなかったのだろうか、俺としたことがやってしまったかもしれない。
その時首筋に確かな衝撃。
「ッ、」
「少々ご同行願えますか?」
不覚だと思った。人の気配にも気が付けないとは、俺も落ちたものだなぁ。
急速に抜けていく力の感覚に確かな恐怖と後悔を感じつつ、ゆっくりと俺の視界は黒に占められた。


100322
お約束展開ですみません……
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