「…お前」
「あ、はいっ」
声をかけられ肩がびくりと跳ねる。いつもなら静ちゃんの響く声なんて慣れているはずなのに、状況が状況なので思わず驚いてしまった。
静ちゃんの右手には俺と会う時には必ずある標識(という名の武器)はなくて、そりゃそうだ今俺は女の姿なのだから。
「何で逃げた」
「…はい?」
普段ならすぐに相手の反応を見て次に来る質問を予想するのだが、混乱してる今そんなことを考える余裕はない。静ちゃんの問いに俺は疑問を感じた。
普段の静ちゃんなら女の子に逃げられるなんて当たり前の筈で、それを確認するためにわざわざ追いかけるなんてするわけない。それとも今回のことではなく前回新羅の家でぶつかったときのことだろうか。
「ほら、昨日マンションでぶつかったろ」
「あ、」
どうやらそれは後者だったらしく、どう答えればよいか考えあぐねる。平和島静雄だったから逃げた、というにはちょっと普通じゃない逃げ方だったかもしれない。飛び降りちゃったし。
そもそも静ちゃんのこの質問の意図は何なのだろう。
「俺が臨也って読んだ時、否定しなかったよな?」
その時、いつもよりは数段階少ないが確かな殺気が静ちゃんの体から滲みだす。頭の回転の速い俺ならわかった、静ちゃん感づいてる。俺が臨也だと。
「それにそのコート、臨也のだろ?手首のところちょっと膨らんでるし」
俺のコートは手首に隠しポケットがありそこにナイフを隠しているので、そこが微妙に膨らんでしまうのだ、というか静ちゃんよくわかったな、いつもどこまで見てんの。
やばい、そろそろ逃げ場がなくなってきた。このまま臨也の妹です、というにはもう質問されてからだいぶ時間が経っていて、静ちゃんらしからぬ追いつめ方に正直まいってしまう。
仕方ない、このまま無反応を貫こう、そしていくら人通りが少ないとはいえいつかは人が通る、その時痴漢ですと叫んでみればよい。そう思ったのに。
「…お前、臨也だろ」
何があっても無反応でいるつもりだったのに、確かに俺の肩は跳ねてしまった。さっきから俺の一挙一動に注意してみているような静ちゃんにバレなかったはすがない。
肩をあらぬ力で掴まれ、無理矢理上を向かされた。何これすごいこわい。女になったせいで精神まで弱くなっているのか、いやでも身長差が開いたせいで威圧感がすさまじいからか。
どちらにせよ涙腺がもろくなっているのは確実で、恐怖と嫌悪感から視界が揺らいでくる。
突然涙を浮かべた俺に、静ちゃんはかなり驚いたらしく滲んだ世界でもわかるくらい驚いた顔をしていた。
頬を掴まれたせいで目を押さえることも下をむくこともできないので、今の俺にできることといえば目に力を込めることくらいなのだ。しかしそんな努力もむなしくぽろりと涙がこぼれてしまう。女って不便だ。
流石にまずいと思い手を伸ばしてぬぐおうとすると、その手が掴まれた。え、何これ。掴まれた腕は力加減がされているのか殆ど痛みを訴えることがなく、逆に何か恐ろしさを感じる。
予想外の動きに吃驚して静ちゃんの眼を見た。ら。
視線が絡まったのは俺が予想していたよりうんと近くで、俺は顔を動かしていないから静ちゃんの顔が近くなっているということで、その実は整った顔がだんだんと近づいて、あれ、ちょっと待って、これって
反射的に目をつむると同時に唇に何かが触れる感触がした。鼻筋にあたる冷たい金属製のものはきっとサングラスで、うすら目を開けてみると青いレンズの向こうに閉じられた静ちゃんの瞳が、近いちかいちかいってば!顔が一気に火照るのがわかる。
その時抵抗しなかったのはなぜなのかよくわからないけれど、二人が顔を合わせてこんなにも無言の時間が続いたのは初めてだったと思う。


100317
展開を急いだ結果がこれだよ\^o^/
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