「お早う臨姉っはいこれ逆チョコ!」
「食(たべてね)」
「ちょっと待てお前らまだ朝の7時なんだけど、っていうかそのチョコあの噂のやつじゃん」
「あー、媚薬入りってやつ?大丈夫だよそんなの入ってないから!」
「お前らなら入れかねないだろ」
「姉...酷(臨姉酷い)」
「ね―!酷すぎるよねっ!でも本当に何もいれてないよーんっ!だから安心して召し上がれ!お返しは30倍返しでいいよ」
「30倍って何だ30って」
「あっ俺らそろそろ帰るから!」
「再(またね)」
「おいちょっと待てクルリマイル!それよりどうやって家の鍵開けた!?」


どうしてこうなった。
怪しげな(私が流したようなものだが)噂のあるチョコを弟たちから貰って、正直うちの弟共なら実際に入れかねないと不安になった、ので、これを使って静ちゃんをからかおうと思いついた。
危なげなブツは処分できるし、ついでに静ちゃんを、照れるか驚くか嫌悪にまみれた顔をするかはわからないが、からかうことができる。一石二鳥。
そんなわけで夜の池袋に来たのだが、家に押し掛けてみたものの家主はどうやら仕事中らしく、インターホンをいくら鳴らしても出てこない。このまま帰るのも癪なので、待つことにした。仕事は波江に任せてある。
「遅いなぁ」
呟くように声をもらすと視界の下あたりが白くぼやけた。かれこれ30分近く待ったので時刻はもう大分遅い。白いもやがやけにハッキリと夜空に浮かんでいた。
どうやって渡そうか。普通にからかいながら渡すのもアリだが、それではつまらない。せっかくなのだし、まるで告白する女の子のように頬を赤く染めて、目を伏せて、あげる、なんて言って渡してみたい。騙されるだろうか、騙されたなら全力で笑ってやろう。
あ、でもそんな風に誤解されるのも若干困るな、これで騙されずに引かれるだけだったら若干嫌だし、あれ何で嫌なんだ。
静ちゃんも誰かからチョコを貰うのかな。顔はまぁ悪くはないんだし、暴力とキレやすいことを除けばそれなりにモテそうだし。他の私の知らないかわいい女の子が、頬を染めて目を伏せて、どうぞ、なんてやってるのを想像して、そしてそれに呆けながらも嬉しそうな静ちゃんを想像したら―――なんか腹がたった。
何でこけでイラつく私、これじゃ嫉妬みたいじゃん。そう自嘲しかけて気がつく。嫉妬とどこが違うというのだろうか、寸分狂わずこれは嫉妬だと。
え あり得ないあり得ない何で私が静ちゃんなんかに嫉妬しなきゃいけないの、ばっかみたいこれじゃあ私が静ちゃんのこと
「...好きみたいじゃん」
「はぁ?」
明らかに不機嫌そうなその声を聞いたとき、もしかしたら私の心臓は一瞬本当に止まっていたのかもしれない。
驚いて慌てて声のした方を向くと、やはりというかなんと言うか、静ちゃんがいた。実に恐ろしい顔をして。
「臨美てめぇ…何で俺の家の前にいやがる!!」
地獄から響くような声で怒鳴られるも、そんなことより今はとりあえず聞かねばならないことがあった。
「ちょっ待った静ちゃん!!今私の声聞こえた!?」
「はぁ!?」
「だからっ私がさっきなんて言ったかわかった!?」
「…聞こえなかったけど」
正直ものすごく安心した。聞こえてたらきっと私らしくもなくどうしようって慌てていただろう。
私が(静ちゃんからしてみれば)まったく関係ない質問をしたのがうまい具合に水をさした形となったようで、静ちゃんはぼっという音と共にたばこに火をつける。風に乗って煙がこちらまできて、正直煙い。
「…で、何でここにいんだよ」
「あ、それはね、」
君にチョコを私に来ました、と言いかけて止まってしまった。どうやって渡そう。
数分ほど前までは本命らしく渡してからかう気満々だったのに、さっきの思考が頭をまたよぎると頬が少しずつ熱を持っていくのが現実で、少なからずその仮定も間違ってはいないのかも、なんて思っている自分がいるのも現実。そんなことありえないけど、私が静ちゃんを好きだなんてないないないないないないあり得ない。
「…んだよはっきり言えよ」
ぐるぐると色んな思考が渦巻いて混乱中の私が何も言い出さないのに、静ちゃんの治まっていた怒りがじわじわと戻ってきているのを感じた。やばい。
何か言おうとして慌てて顔を上げるも、喉に何かが引っかかってうまく言葉が出なかった。静ちゃんが少し目を見開いているように見えたから、今の私は泣きそうな顔をしているのかもしれない。僅かに震える手も熱を帯びた頬も、体が自分のものではないような錯覚を覚えた。
「…あ、げるっ」
ようやく声が出たと思ったらそれは演技とは程遠いやけになったような声で、自分で聞いていて情けない。もう嫌だ。と、何故か本格的に泣きだしそうになった時
ばん、という渇いた音が響いた。
何かを叩きつけられたような音の方を見れば、静ちゃんの顔に小さな紙袋が張り付いて。ついでに言うとそれは私が今朝マイルとクルリからもらったものに酷似していて、そういれば今私の両手超軽い。
ああ私の馬鹿、大馬鹿!!なんて後悔したがもう大分おそかった。
ぼとり。何かが落ちる音がした時、私の足は無意識に走り出していた。
「……ぶっ殺すッッッ!!!!!!」
後ろから何か恐ろしいものが追いかけているような気がする、というか追いかけてきているんだけど、振り返る余裕なんてなくてそもそも振り返りたくなんかない。
ただただがむしゃらに新宿までのみちを走った。

なんとか化け物を振り切ったらしく、滑り込むように入った家のドアを閉めてしばらくしても足音は聞こえない。
ほ、と息をついて背後の扉にもたれかかったままずるずる座り込んだ。
ああ悔しい、からかうために行ったはずだったのにまさかこんなことになるとは。
はぁはぁと乱れる息が少し整った頃になっても、鏡で見た自分の顔は未だ真っ赤に染まっていて嫌になる。
「あれってあげたのに入るのかな」
あげた、といえばあげたようなものだけれど、あれはノーカウントかも。
これだけ苦労、というか私の心がぐしゃぐしゃになったのはもそもそも静ちゃんのせいなんだから(私がからかおうとしたせいでもあるけど)、ホワイトデーに何かもらってもいいんじゃないかな。
会ったとたん殴られるかもしれないけれど、まああれの中身を見たらそこまで怒らない、はず、マイルたちが何もいれていなければ。
しばらく仕事で池袋に行く用事はなかったなぁと思いながら、柄にもなく一ヶ月後を少し心待ちにしている自分がいた。
まだ心臓がうるさいし頬もまだ熱いけれど、全部気のせいだ、と思う。


100314
意味不明ですみません
チョコを投げつける臨也(美)が書きたかった
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