目の前には真っ白いティーカップに注がれた紅茶。隣には幽くん。そして正面には、幽くんと静ちゃんのご両親。あの怪物を生み出したとは思えないほど普通の夫婦にしか見えないこの人たちは、疑ってしまうくらいに私を歓迎してくれた。
日曜日になって、おかしなリズムで鼓動を続ける心臓のまま清楚目の灰色ワンピースで幽君の家に訪れたのだが、見えたのはご両親だけで静ちゃんの姿は見えない。それに少しの安堵と何故か無念さを感じた。
「折原臨美さん、俺の彼女だよ」
流石にいきなりそう紹介された時は直球すぎてくらりとしたが、それをやんわりと受け止めてくれるご両親もどこかずれてるなぁと思わざるを得ない。いやてゆーか最近はそれが普通なの?両親にあっさり言えるわけ?こんなこと初めてだからわからない。
「臨美さんは、静雄と同い年なんですよね?」
「あ、はい。一応同級生です」
突然出された「静雄」という名前に驚かされた。けれど考えてみればここは幽くんの家であると同時に静ちゃんの家でもあるわけで、この人たちにとっては静ちゃんは自分たちの子供なのだ。少しこ恥ずかしく、おかしい感じがする。
どうやらこの人たちは私と静ちゃんが犬猿の仲であるということを知らないようで、「静雄とも出来れば仲良くしてやってください」と笑いかけてきた。普通、私と静ちゃんの仲を知る人なら絶対にいえない言葉だ、だからこそ新鮮味がある。
何故だか、じくりと胸が疼いた。

「今日はありがとうございました」
「いえ、これからも幽のことを頼みます」
夕方になった。流石にそろそろお暇する時間だろう、ご両親に礼儀正しくお辞儀して私と幽くんは幽くんの家を出た。不思議なことにこの時間になっても静ちゃんはまだ帰ってこない、別に今日は静ちゃんに会いたかったというわけではないので、幽くんに送られつつ家へと向かうことにする。
住宅街にあるその家の前の道は本来夕日に照らされて輝く筈なのに、今日は生憎の曇天なので暗い道は暗く染まったままだ。若干さみしいと感じる。
私が何も口にしないせいか、私たちの間に会話はない。もともとあまり話さずに、ただ一緒にいるということが多かったのだけどここまで会話が少ないのは珍しい。ちらりと幽くんの方に目を向ければ視線は合わずにそのまま地面へと注がれた。
何か怒っているのだろうか、何か変なことをしたかな。言いようのない不安感が胸中に広がる。
そんな時だった。
「幽…?」
不意に背後からかけられた声は、私のよく知っている、全く知らない声。
視界の端に振り向く幽くんが映る。振り向きたい、振り向きたくない、相反する思いが渦巻いて混乱に陥った。
静ちゃん。
「どうしたんだよ、珍しいなこんな時間に」
「そう…?」
「……あ?」
振り向かずに硬直している私を訝しく思ったのだろう、静ちゃんがこちらに関心を向けてきた。
「…幽、誰だ?」
「………うん」
ほら、と言わんばかりに一言で振り向けと促される。断れなくて、逆に断りたくないという思いもあったのだろう、おそるおそる静ちゃんの方を向いて少しばかり視線を上げれば、私服の彼と目が合った。
一瞬で理解する、今日彼がいなかったのは彼女と会っていたからだろうと。
静ちゃんは幽くんの隣にいたのが私と言うことに、かなり驚いているようだ。いつものように青筋を立てることもなく目を見開いている。暫くしてからようやく理解したようで、説明を求めるように幽くんに視線を移した。
「ノミ蟲…?」
「うん、臨美さん」
「何でお前、こいつなんかと、」
「付き合ってるから」
直球だ。いつもこの子は、すべてをはっきりと言い切る。そういうところが苦手なのだ。
「臨美さんは、俺の彼女だよ」
そんなにはっきりと言われたら、どうしていいかわからなくなる。
申し訳ないと感じた。私はまだ静ちゃんが好きだ、幽くんより好きだ、それなのにこう言ってくれる彼は本当に対応に困る。
どうしていいかわからないのは静ちゃんも同じようで、正に停止状態と言えばいいのだろうか、えらく気の抜けた顔をしている。
「……あー…幽」
「うん、何」
「お前、こいつの性格知ってるのか?」
「知ってるよ」
「こいつが性格悪いことも知ってるんだな?」
「知ってるよ」
淡々と質問をする静ちゃんに、淡々と答える幽くん。完全に二人の世界となっていたその空間は私には予測できない世界で、異質なのだ。数問質問をし終えた静ちゃんは、落ち着かせるように息を吸ってから、言った。
「お前が選んだんなら、それでもいい」

走ってた、気がつけば走っていた。池袋で育った筈なのにがむしゃらに走ったせいでここがどこなのかわからない。低いヒールの新しいパンプスは靴ずれをしたのか素足がひりひりと痛んでいて、止まった途端に押し寄せる疲労のせいで息は荒く前に進めない。決して綺麗とは言えないような路地裏の壁に背を預けて、息を整える。
どくんどくんと未だに心臓は脈打っていてもう血液が回りすぎだ。
静ちゃんはいつも私の予想外の行動をする。
幽くんと付き合っているのが私だとばれたら、何かしら言われると思った。ふざけんなだとか、幽をたぶらかすなだとか、そんなこと覚悟して私は今日やってきた。のに。
幽くんが私を選んだから。それを信じて、いつも大嫌いと死ねと言い続けている相手をあっさりと彼は許した。それが堪らなく苦しい。
別にここで死ねとか言われたかったわけではない。それでも私より幽くんを信じる、と言ったら可笑しいけれど、私が今まで作り上げてきた私への嫌悪・不信感と幽くんへの信頼を天秤にかけた時、あまりにも簡単に幽くんの方が選ばれてしまったことが嫌だっただけなのだ。
私の存在は、そんなに薄いものだったのかと問いたくなる。
ぽつぽつと体に当たる冷たい滴は雨だ。この季節は雨が多くて困る。勿論傘なんて持っていない、急いで逃げてきてしまったから今更戻るわけにもいかないし。仕方なく濡れて帰ろうと腹を決めた。

柄にもなく混乱していたのだ。予想以上に未だ自分が彼を好きだったということへの絶望と、自分の軽さに対する嫌悪で脳内はぐちゃぐちゃになっている。
だから、私にしてはあり得ないミスをした。

すぐ後ろにまで迫っていた敵意のある影に、私は気付くことができなかった。


100709
文がめちゃくちゃですみません…!
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