※生理ネタ


誠に残念なことに私は女として生を受けた。別に女なことを嫌悪しているわけではない、厄介なのは、女であることが証明される日。
今日は朝から憂鬱で仕方がなかった。何故なら朝偶々つけていたテレビでやっていた星座占いでは堂々の最下位、あと出掛けには何もない場所で転ぶしその際に足首捻るとか、最悪。そして何よりも最悪だったのが、今日が所謂二日目であること。こんな日に追いかけられたら堪らない、静ちゃん空気読んで休んでくれないかなぁ。あ、だめだ静ちゃん空気読めないんだった。
途中数回ふらりとなりながらも、なんとか教室に辿り着き席に座る。机に額を擦り付けひんやりとした温度を味わっていると、後ろから声がかかった。
「二日目?」
なんつうデリカシーのない奴なんだ貴様。
「新羅...」
「お早う臨美」
「お早うじゃないから...ちょっとは気遣ってよ」
「あははは、臨美に遣う気なんてないよ、そんな気があったら僕はセルティにまわすね!」
笑いながら毒を吐く友人の方に視線を移す。1人だった。
「静ちゃんは?」
「え?静雄?まだ来てないみたいだけど...何?会いたいの?」
「死ねよ」
「厳しいねぇ」
「ちょっと体調悪くてさ、今日追いかけられたら困るなって」
「あー重いんだやっぱり」
臨美細いもんね、なんて言われても嬉しい気なんて一切しない。逆にイラつく、頼むからデリカシーを持ってくれ。そんな話をしている間にも腹の痛みはずくりと増すばかりだった。
「...ぅ、う」
「大丈夫?保健室いくかい?」呻いて腹を抱えだした私の背中を新羅が擦っている。少しだけ楽になった気がした。
あさ家を出たときはそこまで酷くなかったものだから、と行ける限り行こうとした自分を恨む。ここまで酷くなるとは予想外だった。いっそのこと保健室に行ってしまおうか。そうだ、そうしよう。
そう決めて立ち上がろうとした時、教室の扉が外れて窓ガラスを突き抜けた。
あぁ、最悪だ。今日の占いも強ち嘘ではなかったのかもしれない。
「の―ぞ―み―ちゃ―――ん...」
「ぅっわ出た...」
「テメェ何人を虫みたいに言ってやがるノミ蟲野郎!!ブッ殺す!!!!」
勘弁してくれ。
この私でも思わずそう言いそうな程に恐ろしい形相をした静ちゃんは、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。クラスメイトたちは恐怖からか固まっていて、頼りになりそうな者はいない。頼りになった試しはないのだが。
そういえば昨日ある不良グループがけしかけるようにしてたような。あぁ忘れてたそれで朝からキレてるのか。
「し、静雄、落ち着いて落ち着いて、今日はちょっと臨美調子悪くて」
「あぁ!?んだよ好都合じゃねえか!!」
静ちゃんの声が腹に響いて痛みが疼く。痛い、痛い気持ち悪い。吐きそう。
意識が痛みで薄らいできて、輪郭がぼんやりしてくるのがわかった。声も聞こえづらい。
「とにかく今日はほんと勘弁してあげて、ね!?」
「ざっけんなノミ蟲!人の話聞いてんのか!!?」
ぐい、と胸ぐらを掴まれ強制的に立たされた体が上を向かされる。ごめん静ちゃんコレセクハラ。
「ちょっ、静雄!」
新羅の慌てる声が聞こえるが、生憎そこまで気を回せるほど今の状態は良くないようだ。目があった静ちゃんも、よく見えないけど怪訝そうな顔をしているみたい。
「ノミ蟲、テメェ、」
あぁ駄目だ気持ち悪くて痛い。腹のした辺りが変な熱をも持ちはじめて、より悪化したのを切っ掛けに、ふらりと足元が揺らめいた。静ちゃんの腕がとっさに離れたものだから、私の体は重力に引かれて後ろ向きに倒れていく。
あー頭、打つかなコレ。ほんと今日は厄日だ。
頭部への痛みを覚悟してぎゅ、と目をつぶる。が、実際痛みを感じたのは頭ではなく、
「――っぃッた!!!」
腕であった。静ちゃんの怪力で掴まれた腕の骨が悲鳴を上げる。にも関わらずぐいと前に引っ張られて、静ちゃんの胸元に飛び込む形となった。何これはずい。しかも背中に手回されてるし、こんなの端からみたら抱き合っている恋人みたいじゃないか。
「ちょ、静ちゃん痛い痛い、あとはずい!」
腹に響くのも関わらず喚く私を「うるさい」と制してから、こいつどうしたの、なんて聞いてる静ちゃん。
「あ―、女子の日だって」
「......は?」
「だーかーら、生理なんだって」
今日ほど新羅を殴りたいと思った日はない。静ちゃんにバレたらバカにされるに決まっている。そんなの嫌だ、悔しい。
痛みと悔しさと怒りで、視界が滲んだ時、ふわり、と体が浮くのを感じた。確かな人の温もりは、膝裏と背中にまわされていて、つまりこれは何。そこらで言うお姫さまだっこであった。
「え、静雄?」
「ちょちょちょ、静ちゃ」
「...保健室行くんだろ」
困惑の気持ちを隠す余裕のない表情のまま見上げると、密かに整っている静ちゃんの顔はほんのりと赤づいていた。え、何で顔赤いの、まさかさっきの生理発言で?だとしたらその割には随分とやっていることはアレですね。
「って、静ちゃんやめ、やめて」
もだもだ言っている新羅を無視してつかつかと歩き出す静ちゃんにあわてて声をかける。
「んだよ運んでやるっつーのに何か文句あんのか」
「いや大有りですけど!この体制が恥ずかしいっつってんの。下ろしてくれれば歩けるし」
「さっきふらついてたじゃねーか」
「それはっ、.....ぅ」
無理して話しすぎたようだ。驚きで一度静まり返った痛みが再び戻ってきた。
ほらみろ、と言わんばかりの表情をしている(であろう)静ちゃんに腹がたつ。ぎゅう、とブレザー内のシャツを掴むと皺になんだろが、とたしなめられた。廊下だけでなく教室内の人からの視線が気になる。そりゃそうだろう、あの平和島静雄が折原臨美をお姫さま抱っこしているのだから、とわかってはいるが癪にさわった。
保健室まではまだ遠く、もうしばらくこの視線に晒されるのかと思うと気が遠くなる。
現実を認めなくたくて、耳をふさぐように目の前の胸板に顔を押し付けた。耳を通じて感じた信じられないくらい速いテンポな心拍音に、思わず頬が緩み、今ごろ頭上で顔を真っ赤に染めているであろう男が実は純情であることに気づいてしまった。
拍音が触れあっている箇所から伝わって、全身を巡り回る。まるで私までどきどきしているみたいで急に顔が熱くなった。違う違う、先にどきどきしてたのは静ちゃんであって、私ではない、今の私が痛みでおかしいだけなのだ。
顔は離さずに未だずくずくと痛む下腹部に手を当てると、上から大丈夫か、とか何とか心配しているような声が聞こえた。大丈夫、と頷くが歩くスピードは遅くなっている。振動を少なくしようとしているのか。
私を心配している風にするなんて、静ちゃんらしくない。そういえば私が倒れかけた時も助けてくれたような。普段の様子じゃ突き飛ばしてもおかしくないのになぁ。
とくとくと波打つ振動にからだを預けて、私は静かに目を瞑った。胸がきゅう、と締め付けられている気がしたり、触れている箇所がやけに熱く感じるのはすべて痛みのせいにしておく。


(それは別名、 とも言います)

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