ざわざわと騒がしい昇降口を抜けて正門前に出ても、未だ騒がしさは収まらない。その理由は今私を視界に入れて微笑んだ彼のせいだ。
平和島幽、芸名は羽島幽平。彼は、先日大手の女性雑誌で大きく取り上げられそのおかげで知名度は今や超上昇中、正に今注目されているモデルなのだ。そんな人がこんな荒れた学校の前で待っている。それだけで生徒の注目を集めるには十分すぎた。その上その彼が待っていたのはこの私、危険人物折原臨美なのだからざわめきは大きくなるばかり。
「臨美さん」
「ごめん、待たせた?」
「いえ大丈夫です」
私たちを囲い込むようにそれでも避けるようにたむろっていた他のやつらは、普段は無表情な彼が私に笑っているのを見て少なからず驚いていたようだ。その様子を視界の端で確認しながら、私は幽くんの隣に並んで歩きだす。人をかき分けて歩くようなことにはならなくて、むしろ周りのやつらが道を開けてくれたくらいだ、間違いなく本能的なものであるだろうけど。
付き合い始めてそろそろ一か月になる。その間でわかったことは多くあった。
幽くんは私がどんなに遅くなっても待ってくれる。歩くときは自分がわざわざ車道側にいてくれる。歩く速さも私にあわせてくれる。
私を、
「臨美さん?」
本気で愛してくれる。
ぼんやりとした思考から抜け出して、私の顔を覗き込む幽くんになんでもないよと手を振った。
横を歩く私より高い位置にある顔。眼鼻立ちの整ったその顔は少なからずあの男に似ているので、どうしても思い出さずにはいられない。それでも追い出すように頭をぶんぶんと振った。
あの日、決めた。静ちゃんには彼女がいる、私を愛してはくれない、そんな夢みたいなことありえない。だから私は、素の自分を愛してくれる彼を愛そうと思ったのだ。気持ちを塗り替えるのはそうたやすいことではない。でも長い年数をかければそれだって無理なことではないと思う。
今まで男と付き合ってきたことがなかったわけではないけれど、その時は大抵他に目的があって仕方なく付き合っていたのであって、こうして自分から誰かを好きになろうとすることは初めてだ。
「危ない」
「っわ!」
突然腕を引かれて間抜けな声が出た。驚いてそちらの方を見れば、幽くんが私の二の腕を掴んでいる。後ろを向くとそこには自転車に乗った数人が笑いあっていて、恐らく今幽くんが動かなければあの中のどれかとぶつかっていたに違いない。
「大丈夫ですか?」
また、でた。これだ。
彼はいつも私と話をするとき私に目線を合わせる。わざわざ向かいから横から覗きこんできて、私としっかり視線を絡ませて会話をするのだ。正直恥ずかしい。さすが今をときめくモデルということもあり、整った華のある顔に見つめられてしまえば当たり前のことだろう。
「あ、う、ん……ありがと」
だから毎回先に目をそらすのは私の方で、そのたびやっぱり幽くんは少し苦手だとちくりと思うのだ。
私のその様子をどう思ったのか知らないが、そらしてしまった視界では表情が見えない。おそらく表情のわからない無表情をしているのだろう幽くんは、私の腕をぱっと話した。少し、名残惜しいと思う。
「あ、そうそう」
「?なに?」
「今週の日曜日なんですけど、久々に休みがいただけたんです」
「へえ」
「だから、うちに来てくれませんか?」
「……へ?」
足が止まってしまった。
え、え、え、これ何、ちょっと待って日曜。日曜だよね。日曜ってことは家にご両親とかいるよね、もしかしなくても静ちゃんもいるよね。ってことは何、え、これって所謂紹介的なアレ、だったりするの?
完全に動きが止まってしまった私の頭が幽くんの綺麗な手に撫でられる。やさしく慰めるような手の動きに混乱していた脳内が少しずつ落ち着いてきた。
「……え、えっと」
「臨美さん」
「は、い」
手の動きが一旦止まって、向き合った形で見つめ合う。ここが人通り少なくてよかった、と何かに感謝した。
「あなたは、俺のです」
「う……、ん」
「だから、紹介してもいいですよね」
「……」
「兄のことでも、いい踏ん切りになるんじゃないですか?」
「……」
「臨美さん」
「…わかったよ」
いくら静ちゃんに溺愛されている弟であっても、いやだからこそ私なんかが相手だと知ったら静ちゃんは怒るにきまっている。出てけと言われるかもしれない。それを恐いと思う気持ちはまだ未練たらたららしく、あった。
だけど、これはたしかにいい踏ん切りというか、いい機会なのだろう。この混色の気持ちを単色に塗り替えるには、少なからずの犠牲が必要だということは知っていた。
今日は水曜日。
日曜日までに、心の準備をしなければならなかった。


100623
高校生で彼氏が彼女を紹介するってあるんでしょうか、彼氏がいないのでわかりません…違ったらすみません
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