(企画に提出させていただいたものです)


静かな室内では小さな携帯のボタン音さえも響く。
何もない。がらんとした室内を最後に見渡して、私は外へと出た。

場所は池袋、とある路地裏。
轟音を立ててすぐ横の壁に自販機が当たり、破片が私の頬を掠める。長い年数をかけて養われた鋭敏な感覚のせいで痛みを鮮明に感じた。
重い脚を引きずりながら訳あって池袋に来たのだけれど、この男、平和島静雄は会うなりいきなり自販機を投げつけてきた。
「臨也…てめぇ、池袋に来るなって何度言ったらわかる」
静ちゃんはものすごい形相でこちらを睨んでいる。いつもならば苛つかざるを得ないような表情だが、今はそれさえ淋しく思えた。
私がこの表情を見るのは、これがもう最後なんだ。

「やだなぁ静ちゃん、私には私の都合があるんだよ」
「てめぇの都合なんか知るかよ……死ね!」
叫びながら投げられる標識をすっと避けて、私は静ちゃんに近づいた。
今日そもそもここに来たのは言ってしまえば静ちゃんに会うためであり、ちょうど彼が自分から見つけてくれたので探す暇が省けた、といったところだろうか。
念のためナイフをポケット内で構えた、この刃物は今日初めて「攻撃」ではなく「護身」のために使われる。

「でもね静ちゃん」
「なんだよ…」
「安心してよ」
伝えたいことがあるのだ。

苛立ちを隠さない静ちゃんを無視して、正面とは言えないけれど少し近くの前に立つ。それでも殴られなかったのは、私の様子がいつもと違うところに薄ら気がついていたからかもしれない。少しだけ、彼の表情には曇りが見えた。


「私、もうここには来ないから」


「……は?」

「何か仕事でヘマしちゃったらしくてさぁ、ちょっと日本にいたら危険っぽい事態なんだよね。だから、外国に…うん、高跳びするの
本当は「仕事でヘマをした」なんてレベルではなくて、正直言っちゃえば大分、いやかなりやばい状況。今外を出歩くのさえ危険とも言えるような危うい立場なのだ。
それなのにどうしてこんなわざわざ出歩いているのかというと、
「静ちゃん」
君に、会いたかったから。
大嫌いだった筈なのに気が付いたら好きになっていて、それでも今までしてきたことをすべて覚えている彼に飽きられないようにするためには今までどおり振る舞うしかない。今になってはそれは一緒にいれた時間を焼き捨ててしまったにも等しい行為なのだけれど。
今回去る時、大事なものはすべて置いていくと決めたのだ。傷つけないようにするために、巻き込みたくないという気持ちもあったのだろう。
それでも。荷物をまとめて情報を整理している時にすべてを諦めた筈なのに、どうしてかいつも頭の中には君がいて、離れてくれなくて。それでどうしようもなくなったからここに来た。
その静ちゃんと言えば、ぽかんと間抜けに口を開けてそれでも目は逸らさないものだから私も動けない。風が吹いてさらりと揺れる金髪が愛しかった。
言いたいことは、もう決まっている。

ずっと、ずっとずっと前から。君のことが

「好きだよ」

静ちゃんの目が、見開かれた。

時間は迫っていた。もう私が彼を見ることのできる時間なんて今までに比べたら馬鹿みたいに短くて。
どうしようもない気持ちがあふれてきて、でもこれは、今まであった時間をすべて無駄に使ってしまった私への罰なのかもしれない。泣いたら負けな気がした。
私のことを嫌いでも憎くてでも、もう少しだけ、そばに居たかった。もっと傍で君を見ていたかった。殺されかけても殺しかけても君の存在を認識できれば私はそれでよかったのだと思う。
好きだったのだ。

しばらくしても静ちゃんの反応はない。居たたまれなくなって踵をかえして去ろうとする。
最後に見たことになる、静ちゃんの顔を思い浮かべて歩き出した。
時、
「――ッた!」

腕をあの怪力で強く握られて引きとめられて、そのまま
抱きしめられた。


何これ

後ろから抱きつかれる体勢で腕も絡められている、首筋にあたる金髪とか煙草の匂いとかにどうしていいかわからず脳内がこんがらがってしまう。周りに誰もいないとはいえ恥ずかしくて死にたくてでも同じくらい嬉しくて、逃げたいのに身動きが取れずに熱を持ったからだだけが浮いたように残された。

「臨也、」
やめて、やめてよ。そんな声で呼ばないで。
まだ、ここに居たくなる。思ってはいけないのに、時間が止まってしまえばいいのになんて思ってしまう。

「行くな」
思わず馬鹿じゃないの、と言ってしまいたくなった。行かなくても済むなら、絶対に行かないのに。そしたら今度は、もっとうまく接することもできるかもしれない。
それでも私の意思の通りに物事が進むなんてことは計算しない限りありえなくて、結局私はこの町にいてはならない存在となる。

「もし、どうしても無理だっつうなら」
不意打ちで首筋を呼吸の空気の流れが掠めて、体が少し震えた。
その時、一際強く抱きしめられて体が悲鳴を上げる。正直あまり感じなかったけれど。

「一緒にいてやるから」

抱きしめられたせいで手が使えないから泣かないようにしていたのに、遂に崩壊してしまった涙腺はもう止まらない。ぼろぼろとこぼれた涙は前にまわされている静ちゃんの腕を濡らした。


今私に残された選択肢はふたつ。
「折原臨也」と「平和島静雄」、どちらにさよならをするか。
答えなんて、決まっていた。


(臨也という自分を捨てて彼だけを選んで、後先のことなんて考えずに一緒に逃げてよと頷いたことを後悔なんかしていない)



100529
臨他女体化企画「ざまあみろ」様に提出させていただきました
お題「ハローグッドバイ」に合うような話にしようと思ったのですが、なんだかよくわからない話になってしまいすみません…
素敵企画に参加させていただきありがとうございました!
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