それは、いつものように喧嘩をしていた時のことだった。

「のぉぞぉみぃいいぃいぃいぃい!!!!」
「あっはははは静ちゃんこわぁい☆」
「てめぇざっけんじゃねえ殴らせろ!!」
今日も今日とて奴にからかわれぶち切れた俺は、ふざけた笑い声をあげながら逃げる奴を全力で追っていた。
折原臨美は見た目だけならまだ見れるもののその中身が全てを台無しにしているような女で、その上悔しいことに驚異的に速い足は俺でさえかなわない。そんなところも全て全て大嫌いだ、思い出すだけで嫌悪感が全身を蝕む。それでも怒りが嫌悪感を上回る場合はこうして追いかけるのだ。馬鹿だといわれたらそれが最後、俺ではなくてそう言ったやつが。
そうこう考えているうちに、何も考えずにただ本能で投げた水道の鉄パイプが臨美のすぐ近くに刺さる。一瞬止まった臨美を見てチャンスだと感じ、俺は追い打ちをかけるように近くの俺の背丈ほどある木を引っこ抜いてそれを投げようと抱え上げた。
木が地面から引っこ抜かれるという到底聞き慣れないであろう音に反応したのか、臨美はひきつった顔でこちらを振り向く。そして、絶句。
「それはないだろ、静ちゃん…」
「うるっせー…、よ!!」
最後の言葉を言ったと同時に思い切りそれを臨美に向かって投げ飛ばした。案の定奴はするりと避けやがるが、微かに枝が剥き出しの腕をかすったのであろう、顔が少しばかり歪む。おかしな音をたてて壁にぶつかった木ははらはらと木の葉をまき散らしながら地面へと落下した。
「いった…静ちゃん本当化物なんだから」
「黙れノミ蟲」
「もー、全身葉っぱまみれなんですけど…」
汚いとでもいうように臨美はぱしぱしと全身をはたく。緑のやわい葉は制服に意外とついていて、なかなかに苦戦している様子はまぁいつも程凶悪ではない。
その様子に少しばかり闘争心が萎えてしまったのか俺はぼんやりその様子を見ていた。
「……!!」
のだが、臨美の声にならないような悲鳴を聞いて、ふと我に返る。臨美を見れば、顔を真っ青にして自らの左肩を見たまま固まっていた。
「…おい?」
そのいつにない様子に思わず声をかけてしまう。その声で意識を取り戻したらしい臨美はうっすらと瞳に涙を浮かべて、そういえばこいつの泣きそうな顔なんて見るの初めてだな。…いやいやいやいやいや別にかわいいとか思ってねーし。
で、臨美と言えば、絶叫しやがった。
「っきゃああああぁああぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁッッ!!!!!!」
全身全霊で恐怖を表している。普段自分の心情を表に出すことのないあいつからは考えられなくて、それでも震えているそいつは間違いなく折原臨美。
その折原臨美は俺を視界の隅にとらえると、完全に泣きながらこちらへと走ってくる。え、ちょっ待って何なのお前キャラ変わりすぎじゃね?
「ししししししししずちゃああああぁぁぁあ!!!」
「な、んだよ、」
もう別人である様子に戸惑って声がつっかえたが気にしていられない。臨美はこれ、これ!と叫びながら自らの左肩を出してきた。
そこにいたのは
「…なんだ、蟲かよ」
「なんだじゃないからぁ!!ねぇやだお願いこれ取ってよ!!!!」
根っこの方についていたのだろう、小さな毛虫が臨美の白いセーターの上にころりとついていた。
男の俺からしてみればそんなものは全く恐怖の対象ではなくて、むしろ少しばかりの愛着さえある。それでも臨美からしてみればこれは相当の恐怖であるらしく唇がわなわなと震えていて涙も流れていて、全身で嫌悪感を表している様子は完全無害な女子といったところだった。
さすがにこんなに怯えている奴を目の前にして何もできない程鬼畜でもない俺は、大人しくその蟲を拾って地面へと落としてやる。
しばらくして、臨美は糸がきれたようにがくんと足を崩れさせた。
そのままだと確実に膝を負傷することが見えているので反射的に手を伸ばす。わきの下をぐいとひっぱりあげて、俺にもたれかかる態勢にした。不可抗力。
もたれかかる体はいつもの様子からは想像できない程軽く細く小さい、なんだこれこいつちゃんと食ってんのか。
俺の肩ほどの高さに埋まる頭部を眺める。
少しだけ、少しだけ可愛いとも思えないこともない。とか、馬鹿か俺は。
「…おい」
「……こ、」
「あ?」
かすれた声が至近距離から響く。予想外にも綺麗な声をしていて、それに顔が火照った。
「こわかった…」
「……」
そりゃあ、あれだけ恐がってたからな。嫌でもわかるものだ。
言いたくても言えない言葉を飲み込む。沈黙の重さに耐えかねて未だ震えているこいつの体をゆっくりと抱きしめた。
臨美は最初驚いたかのようにぴくりと体を震わせたが、すぐにもぞりと胸元で何かが動いた。おそらくこいつの唇、何かを言おうとしているのだろうか。
「………ありがと」
その赤くなった耳を見た瞬間脳内で何かがはじける音がして、これはもう認めるしかなかった。
体と声を震わせて、俺にもたれかかって泣き始めたこいつは、どうしようもなく可愛かったのだ。


100531
はじける音とは恋に落ちる音です。ごめんなさい。
アスカ様からのリクエスト「静臨甘甘」だったのですが、え、これ、甘……?
内容とかけ離れていてすみません;;本当申し訳ないです…
嫌でしたら仰ってくだされば書きなおしますので!
こんなものですみませんでした、素敵リクエストありがとうございました!

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