※若干の暴力描写注意です


「静ちゃん」
冬の屋上には風が吹き荒れていて寒いことこの上ない。そんな辺鄙な場所へわざわざ放課後に来ようとする奴は全くと言っていい程いないのだが、一人だけ馬鹿が来ていた。煙となんとかは高いところが好きって言うっけ。そんな奴を追いかけてここまで来た私も馬鹿だけれど。
眼の前の金髪が暴れる風でぐしゃぐしゃにかきまぜられていて同時に私のスカートもめくれあがる。下にスパッツをはいているから全く恥ずかしくない。
「……」
声をかけてはみたものの、静ちゃんからは全く反応が見られない。いつもならすぐにでも
つまんないの。
せっかく彼をからかいに来たのに。こう黙られたままじゃつまらない。

昨日、静ちゃんの彼女、つまり河内さんが攫われたらしい。
犯人は昔私が静ちゃんにけしかけてぼろぼろにされた集団。どこから河内さんの情報を掴んだのかは知らないが彼女を攫って拘束して、静ちゃんを脅そうとしたようだ。
当たり前のことにその集団は静ちゃんに知られた途端殴られ潰され飛ばされて、何人かは病院送りになったのだけど。人質なんてものは静ちゃんには通用しない、むしろ人質がいることで彼の暴力の枷が外れやすくなりより危険なのだ。

「…おい」
「何?」
ようやく返事が返ってきた。
そう思えば、既に静ちゃんの拳はありえない速度で私に向かって来ていて。

「――ッが、」
がしゃんと音を立てて、私の体が後ろのフェンスに叩きつけられた。私を投げ放った張本人、つまり静ちゃんは青筋をばっちりたてていつもの数倍の殺気を放って私を睨んでいる。
何、何なの。私何かした?声かけただけだよね?
がんがんと激しく痛む脳内はいつになく混乱していて、重力に従って崩れ落ちたからだを直す余裕などない。
普段から姿を見ただけで怒鳴られるということはあったが、こんなにもまともに殴ってきたのは初めてだった。しかも殴られたのはなんと腹部で、どうしようもなく急激に吐き気がわきあがる。
「…かッ、はぁっ…」
けほけほと咳を繰り返していると、気がつけば目の前に立っていた静ちゃんに胸倉をつかまれ強制的に立たされる。視界がぐらぐらと揺れてよく表情が見えない。怒っていることはたしかなのだけれど。
「てめぇ、河内のこと言ったな…」
「は?」
「昨日のやつらが言ってたんだよ、お前に河内のこと聞いたって」
何それ。そんな話、知らない。
驚いて思わず目を見開いてしまうが静ちゃんはそれに気がつかないくらい怒っていたようで、再び私の体は横に投げ飛ばされる。そのままコンクリートの床にこめかみを強打して視界に星が散った。
きっと奴らは静ちゃんに脅されて情報の出所を吐かされそうになった、そこで彼と犬猿の仲である私の名前が出たのだろう。後で殺してやる。
「おら、死んだのかよ」
「  あぁ"っっ!!」
突然不意打ちで頭を蹴られて声が出た。ずざざと頭を地面に擦りながら屋上の端まで滑らされる。どろりとした液体が頭から流れ出てきて、それが血だということがわかった。
よろよろと体に鞭を打って立ち上がりフェンスによりかかって袖口からナイフを取り出すが、それだけでも体がずきずきと痛んで熱を持ってきているのが感じられた。

「…静ちゃん、それ、誤解…だって…」
違うんだ。私は何もしていない。そんな悪趣味なことは私にはしない、できない。
信じてよ。

それでも、かすれた声で必死に伝えた言葉を静ちゃんは一蹴した。
「俺がお前を信じるとでも思ってんのか?」
  その瞬間、胸の奥が何かにえぐり取られたような感覚がした。
体が動かなくなって、その隙に横に殴り飛ばされる。口の中が切れたらしく口内には鉄の味が広がり、頭から噴き出た血が視界の隅で飛んでいて。
再びまた私の体はコンクリートと衝突した。今の衝撃で多分どこかの骨がやられたかもしれない。
「お前なんか信じられるわけねえだろ」
悔しいことに、その言葉がショックだった。
どんなに喧嘩したってどんなに嫌いだと言い合ったって、いつかは認めてくれるんじゃないか、なんてバカみたいな期待は打ち砕かれて。私より、そんな彼女をさらったような奴らの方を信じるんだ、って。

嫌い。
大嫌い。

「……い」
「…あ?」
「…きらい、嫌い、嫌い嫌い嫌い」
ここで今彼を挑発すれば本気で殺されかねないのに、どうしても言葉は止まらなかった。ひたすら同じ言葉を繰り返す馬鹿みたいなこの喉を潰したいけれどそんな体力は残ってはいない。
目の前に立って私を見下ろす静ちゃんを血で霞む視界に映す。純粋な嫌悪の顔をしていて罪悪感なんてかけらもないようなその表情。
「静ちゃんなんて、大嫌い」

残った力を振り絞って告げた。
静ちゃんは最後に私を思い切り遠くに蹴飛ばしてから、しっかりと宙を舞った私を見据えていて。

「俺もてめぇが大嫌いだよ」

ちょうど蹴りが鳩尾に入ったのだろうか、嘔吐感と遠くなる意識で体が言うことを聞かない。殺されるんじゃないかと心配になったが屋上の扉を開ける音が聞こえたのでどうやら彼は出て行ったのだろう。
きっと、昨日救出した愛しい彼女に会いに。

頬に触れるひんやりとしたコンクリートの感触が、やけに生々しかった。
本格的に意識を保てなくなり、とうとう瞼を閉じてしまう。血ではない何かで頬が少し濡れていた。

最後に思い出したのは、彼の大嫌いという言葉。

「きらい…」
それでも、好きだった。


100518
あれ、何か静ちゃんが最低みたいになった…
もうちょっと暴力描写はなくす予定だったのですが気が付いたら臨美がぼろぼろになっていて、申し訳ないです…
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