「幽くん…」
「こんにちは」
あの日から。校門から少し離れたこの場所で、幽君は放課後毎日私が出てくるのを待っている。当然幽くんは顔も良いし人気モデルだから周りの人は私に注目してくるわけで。正直あまり目立ちたくないので少々迷惑だったりするのだが、一回無視した時に何も言われないまま黙々と着いてこられて恐ろしかった記憶があるので、とりあえず一度声をかけることが日課となっていた。
好奇と嫉妬の視線から早く逃れたくて入った人気の離れた小道を歩く。ビルとビルに挟まれたような薄暗い道はお世辞にも綺麗とは言えないが、幽くんと歩く限りは許容しなければならないことだ。
「幽くんの学校は終わるの早いの?」
「はい、とりあえずここよりは」
幽くんは今私より一つしたの高校一年生。仕事があるそうなので静ちゃんのいる来神高校ではなく少し離れた私立校へと通っているらしい。
以前そんな遠い学校なのにわざわざ迎えに来るのは大変じゃないのかと聞いてみたところ、臨美さんと会うためだからいいんです、なんてどこかの映画のような台詞を吐かれてしまった。

あの日。
幽くんに、好きだと言われた。
俺じゃ駄目ですか、ってそんな陳腐な台詞も彼の持つオーラはそれを色づけてしまったようで。余りにも似合いすぎていた。
私は、それに答えることはできなかったけれど。
認めたくないが、私は静ちゃんが好きだ。そして、まだ諦めきれていない。だからこんな今彼と付き合ったりしてしまったら、幽くんを静ちゃんと重ねてみてしまうだろう。それは酷く幽くんに失礼だと思ったし、何よりそんなことをしそうな自分が嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
苦手だとは言ったが、私は幽くんが嫌いなわけではない。むしろ好きな方に入る。優しいし格好いいし、そして何より私のことをちゃんと想ってくれているのだ。幽くんが私の本性を知らない筈がないのに、それでも好きだと言ってくれることが素直に嬉しい。

彼を好きになればよかったのにと何度も思った。
ほんとに、何で私は静ちゃんを、何故よりによって彼を好きになっちゃったんだろう。

「…臨美さん?」
「……あ、ごめん」
知らず知らずのうちに家の前まで来ていたらしい。
横の幽くんはやはり無表情のまま、でも少し眉をひそめて心配している風を見せてくれる。
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっとぼんやりしてた」
「…そうですか」
無理やりいつものように作った笑顔も、幽くんには通用しない。視線が痛かった。やっぱりこの子は苦手だ。
気まずさが残ったままの沈黙でどうすればよいかわからず内心慌てていると、突然幽くんの手のひらが私の頭の上に乗せられる。
「…っ?」
「……大丈夫」
なでなでと頭部を優しく触られて、その慣れていない人の優しさに不覚にも少しだけときめいてしまった自分がいた。それと、この状況を喜んでいる自分も。
静ちゃんは幽くんがこうして迎えに来ていることを知らない。私は校内でも結構早く下校する、というか逃げている方なので割と残っている彼が知らないのは当たり前にことだった。
少しだけ目をつぶる。その時、最低なことにこの手のひらを他の誰かのものだと錯覚したくなった。
このまま目をつぶったら、あのかなうはずのない夢が一瞬でも現実になるのかな。
そんなことを考えていると不意に手が外れて。ふっと瞳をあげると幽くんが薄く微笑んでいた。
「俺は、貴女が好きですから」
きゅんと胸の奥が疼く。
幽くんは無言で手を振って、反対方向である自分の家の方へと帰って行った。

もしかしたら。
このままいけば、幽くんを好きになれるのかもしれない。
静ちゃんへの気持ちを封じることができるのかもしれない。
淡い期待を抱いて、僅かに触られた感覚の残る頭部を撫でてみた。

微妙なバランスの上に成り立っている幽くんと私、それと静ちゃんの関係。それは、微々であるとも変化しつつあった。
なのに。
その関係が大きく変わりすぎたのは、三日後のこと。

静ちゃんの彼女が、攫われた。


100512
あれ、幽くんて笑うのか…(
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