からりと引き戸を開いたこの男を俺は久しぶりに見た。数ヵ月ぶりだろう、その間見なかっただけで奴は大分痩せていて、もともと薄っぺらく華奢だったその体はより削られ薄くなっていた。
「、なんで...」
何で君が、ここに。動揺しすぎて声がでないのだろうか、しかし表情は明らかにそう語っている。目を見開き唇をわなわなと震わせ、そんなこいつを見るのは初めてなのだ。すこし新鮮な気がする。
そのせいかいつもなら顔を見ただけで腸が煮えくり返るのに今は何も感じない。
そんな風にお互い動けずに、そんなに長いわけがないのだが俺からしてみれば数分が過ぎた。
「...は、」
暫くして、先に動いたのは臨也の方。
声にならないかすれた声を落とすようにあげて、震える両手を胸元にあててにぎりしめ、そのまま、前のめり、に、
「......おい?」
ぐらりと傾いた体は前に倒れかけてから横向きに落ちて床にころんと横たわる。その顔は青くからだ全体が震えていて、死人のようだった。
「...臨也?」
臨也は返事すらしない。
「臨也?」

あのあと俺は倒れた臨也を慌てて抱き抱え、近くの奴がでてきた部屋へと運んだ。
敷き布団に寝かせてしばらく後、ようやく臨也は目を開く。
「...あれ、静ちゃん...?」
「臨也」
長いまつげをぱたぱたと揺らして瞬きする。赤い瞳は俺を捉えた途端再び見開かれたが、しばらくして俺が先程来たことに気がついたのであろう、ふわりと目を細めた。そしてくしゃりと笑う。
「なんで、いるんだよ静ちゃん」
「俺のことより自分のことを言う方が先じゃねえのか」
「なんのこと?」
未だに白々しい演技を続ける臨也に、俺は久しぶりにいらついた。
今まで俺が訪ねてきた奴等の言葉と先程のこいつの様子を掛け合わせれば、いやでも臨也が消えたわけを推測できる。
八割方もう確信をもっていた。それでも自分からは決して言いたくなくて、こいつの口から、はっきりと告げられたい。
「臨也」
目を逸らさずしっかりと見つめる俺にとうとう奴も諦めたのだろうか。はぁとため息をついて、「その様子だともう気がついてるのかな」と呟いて、俺と向き合う。
「もうお察しの通り、」

「病気だよ」

もうすぐ死んじゃうんだって、と臨也は軽く笑った。
その顔は恐怖と苦痛と怒りを無理やり上から笑顔で塗りつぶしたようで、見ているこちらさえ痛々しくなる。
「まぁ今までしてきたことを考えれば妥当だよね、むしろまだよかった方だよ なぶり殺しにされるわけでもなく苦しみまくって死ぬわけでもない、新羅から見てみればあとだいたい数日もつかもたないからしいけど、あっ新羅のこと内緒にするよう言われてたけどこの際言っちゃおうかな、俺が世話になった医者は新羅なんだけど俺が消える時絶対に病気のことは言うなって釘さしといたから皆にもバレてないんじゃ...ちょっと聞いてんの?」
何かが吹っ切れたようにぺらぺらと喋りだすノミ蟲は俺が知っているノミ蟲と同一人物である筈なのに、何故か全くといって良いほど普段の空気が感じられない。
今のこいつは弱さを認めたくなくて全力で自分を覆いつくして隠して、でも隙間からその本心が見えてしまう。
たすけて
たった一言、たったの一言が言えずにこいつは、こんなとこまで逃げて隠れてすべてを捨てて、人を喜ばせて泣かせて悲しませて。
ああ、くそ
馬鹿じゃねえの、こいつ
でも、もっと早く来てやれなかった俺はもっと馬鹿だ。
天敵である男が弱って死にそうだというのに、俺は何故かそんなことを思っていた。
「静ちゃんてば、」
臨也は体をあげようとするがうまくいかないらしく肘をついてしまっている。少しだけ目線の差が縮まるがそれでも俺からしてみればずっと小さくて馬鹿に見えて、
「...っうわっ、何、どうしたの」
驚いたように臨也が声をあげるが、それすらも
「何泣いてんの?」
全部、 愛しい
とか
俺は頭がおかしくなってしまったようだ。
だから、俺と同じようにぽろりと泣きはじめてしまったこいつを抱き締めたのも、全部、脳の間違いのせいなのだ。



100503
...どうぞ笑ってくださいorz

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