※寒がり牧野さんとお風呂で
朝から風の冷たい日であった。上方を眺めれば夏より位置を高くした秋の空に、筆で描かれたような鰯雲が広がっている。 牧野は村の家々を回りながら、次第に色を黄色に赤にと染めていく木々や山々の変化を頼もしく見ていた。辺りから立ち上るたき火のにおいも、秋の深まりをいっそう感じさせるものだ。 この時季も春の桜と等しく、一時として留まることのない風景の折々が時の移ろいを色濃く表しており、それが人々をより深い郷愁へと誘う。慰問に訪れる村人たちの心境は牧野にそのことを教えてくれていた。 一際冷たく強い風が吹いて、牧野は法衣に包まれた肩を小さく縮こませた。 木の葉を色とりどりの鮮やかな色に染めるのは寒暖の差だという。人間にとってはあまり歓迎できない気温差も、このような景観を生み出しているのであれば情緒あるものとして感じられるだろうか。 少なくとも今の私には難しい――― 移動手段が徒歩に限られる以上、紅葉の美しさから併せて寒さまで受容するには、まだまだ人間としての鍛錬が足りないようだ。冷えきった手足の指を擦り合わせ、あと半日の後に自分を出迎えるであろう温かな家を、牧野は恋しく思っていた。 その日の晩、牧野は浴室の洗い場で湯に足を浸していた。木曽さわらでできた温もりのある木桶。決して安物ではないだろうに、心ある人物から贈られたそれはすっかり牧野の愛用品となっていた。 足湯は胸まで浸かる湯船に比べ、こちら方が長く浸かっていられるから良い。末端からじんわりと温められる心地よさが日中の疲れを徐々に解きほぐしていくのを、時間が経過するにつれて体全体で感じていた。 最近はこのせいで入浴時間が長くなってしまっているが、湯船と違ってのぼせる心配もなく、一人暮らしの自分を責める者もいないので気兼ねなくゆっくりできる―――はずだったのだが。 「牧野さん」 カラリと無遠慮な音がして浴室の引き戸が開かれ、牧野も目を開けた。 「いつまで入ってるんですか」 覗き込んできたのは居間でテレビを見ていたはずの弟であった。 「また足湯ですか。本当に好きですね、それ」 「ええ、宮田さんからいただいた桶、重宝してます。…もう入りますか?あと少しだけ待ってもらいたいんですが」 「別にいいですよ、俺も一緒に入れば問題ないですから」 言うや否や、宮田は顔だけ出していた引き戸を開け放ってずかずかと洗い場に侵入してきた。既に全裸であったことからして、はなから入る気でいたのだろう、この頑固な弟は決めたことは何を言っても聞かない性分である。それならば初めから諦めて快く迎える方が有意義だと過去の経験から学んできた。 しかしさすがに大の大人の男が二人で洗うには広さが足らないので、牧野は桶と椅子を引きずって後ろ端に寄った。 こうして、浴槽の縁に腰をおろして体を洗う弟を見ていると、双子でありながら明確な違いが体のそこかしこにあることを改めて気づかされる。貧相なだけの己とは異なる肉体は羨ましくもあり、自尊心が痛ましくもある。 「背中、流しましょうか?」 「お願いします」 しかし一番は兄として誇らしい気持ちであった。心身ともにたくましく成長した弟の姿は、純粋に家族として喜ばしい。 「俺も背中やりますよ」 付いた泡を手桶で流して洗い終えたことを伝えると弟からも同様の申し出があり、全て洗い終わった後ではあったが、せっかくの好意を断るのも気が引けて恩恵にあずかることにする。 繊細とは言い難い骨ばった指が、それとは反対に丁寧に背を洗っていく。 「少し痩せました?」 「え…ええ、この時期は忙しくてあんまり…食べれていなくて」 信者の家でも色々出されるでしょう、遠慮しないで食べればいいんです、と即座に痛いところを突かれる。宮田と一緒にいるとこういうことが明け透けになってしまうのが、いかんせん苦手だった。 背を向け合っていた頃はこんな生活をする日が来ようとは想像すらできなかった。共に暮らし、共に笑い、共に体を重ねる―――。心が通じるということが何よりも幸せだということを宮田は教えてくれた。 それなのに小言が耳に痛いなど、幸せに甘えているのかもしれない。 自分としては繁忙期が過ぎれば食生活も元に戻るのだと釈明したかったのだが、不摂生は事実である。もとより医者を論破できるほど弁が立つ訳でもないので、下手なことは言わない方が身のためだった。 弟が「医者と求導師」としてではなく「家族」として心配してくれているのも分かるが、少々過保護ではないのかという気もする。いやそれ以前に弟に世話になる兄というのはどうだろうか。 「それで毎日村の中歩きまわってるなら、その内貧血か低血糖で倒れますよ」 「はいはい、ちゃんと食べますから」 「……本当に分かってますか?」 急に声が近くなって耳元から低音が響いた。 「ひっ」 「それに“はい”は一回ですよ、兄さん」 唇を耳殻に付けたまま息を吹き込むように言われて身が竦み上がった。 「ひぁっ、耳元で喋るのっ…止めてくだ、さ、あっ」 しかし宮田は訴えを無視して耳殻を唇で捉えると、内側を伝って舌が中を犯し始めた。快感と不快感が入り交じるぬるついた感触に、力なく手が胸の辺りをさまよう。 反対側に傾こうとする顔はがっしりと両手で前後から固定され、逃げることも叶わない。 「んんっ…も、止め…っ」 「まだ洗い終わってませんから」 「何が…もう終わったでしょう」 「ここが、まだですよ」 泡まみれの両手が脇から現れ、平坦な胸板を寄せるように掬い、思わず悲鳴が上がった。しかも即座に探り当てられた乳首が中指と薬指に挟まれて右に左にと小刻みに動かされる。 「そんなとこっ…あ、やめ…もう体は洗いました!」 「そうなんですか……チンコも?アナルも?ちゃんと奥まで洗いました?」 「な……!洗いました、おすそもちゃんと洗いましたから…!」 手始めにとタオルで隠れている前部分へと伸びる手から、牧野は慌てて身をかがめて前をかばった。下品な単語や図々しい手つきなど、手練手管に丸めこまれては余計に疲労することをされかねないと思ってのことである。 「おすそなんて言ってるんですか?ババアみたいですね…けど、牧野さんが言うと可愛いな。」 でも―――、と一瞬の隙にタオルを落とされ、内に隠れていたものが直に握られた。 「皮の中まで洗いました?不潔にするとバイ菌が入るから見てあげますよ」 浴室に招き入れた段階で既に弟の術中であったのだ。 勃起を促す性急な手淫に、陰茎はむくむくと形を変えていく。 「あ…いやです、ここじゃ…」 「風呂場でやるの疲れます?でも洗う方からするとここの方が楽なんですよねぇ」 受身の側からするとそれを言われたら黙るしかない。 後処理まで毎回世話になっている牧野としては、こういった機会にでも直接借りを返さねば、常に宮田に迷惑をかけているという自責が自らを許さなかった。セックスに関しても元来の生真面目が表れていたのである。 宮田は立ち膝の体勢で背後から牧野の陰茎を弄んでいた。 親指と小指で包皮をずり下げると残りの指を雁首と皮の隙間にわずかに割りこませる。ところどころが隠れてはいるが、つるつるとしたピンク色の亀頭が白い泡から垣間見える様子は淫靡そのものだった。 「も……いいです…っ…」 自分でもしないことを他人にされる恥ずかしさのあまり牧野は両手で顔を覆ってしまった。まるで処女の振る舞いである。 この関係になってからセックスは数え切れないほどこなしているのに、未だ淫語にすら慣れる素振りがない。けれど宮田としては行為の中で豹変する過程を眺めるのがひそかな楽しみということもあり、さほど苛立ちや落胆は感じていなかった。 「もう少しですよ」 第一関節まで入れた人差し指を形にそってぐるりと回してやれば、はっきりとした喘ぎが聞かれた。 卑猥な遊びに牧野自身も興奮してきたのか、すっかり膨張した陰茎は指を入れる余地もなくなって、先端から零れんばかりの透明な液体をにじませている。 「いけませんね、洗ってるのに全然綺麗にならないですよ。特に“ここ”が」 指の腹で粘液を優しく塗り広げられ、牧野は鈴口への刺激に感じ入ったように鼻を鳴らして顎を上向かせた。口ばかりの抵抗もなりを潜め、快楽を追うことの気持ちよさに酔いしれている顔だった。 「このままイキます?それともこっちで?」 直接的な問いかけにも頬を染めつつ否定はしない。 牧野は顔を肩で少し隠しながら、宮田のそれに手を掛けて「こっちで…」とつぶやいた。 → back |