※捏造学生時代 昼休み。教室の廊下にはまだ給食の残り香がかすかに漂っている。 向かいから小さな足音が近づいてきた。数名の女生徒だったのだろう、可愛らしい声が流行りのアイドルのことを話しながら、通り過ぎていく。 どのクラスの子だろう? 少し気になって、顔をあげて見てみようか、振り返ればまだ彼女たちがいるはずだと心の中で思った。 それだけでなく立ち止まることも、追いかける自由も、僕には許されているはずなんだ。 しかし今の牧野にはできなかった。 周りを取り囲むように連れ立って歩くクラスメートが、まるで壁のように牧野の前後左右に立ちはだかっていて、牧野は事実上そこから出ることも助けを呼ぶこともできないのだった。 今日はどこへ向かうのだろう。 行き先も告げられず、昼食後、肩を小突かれる形で牧野は彼らに呼び出された。 場所はいつも気まぐれ――のように牧野には思えた。 もしかすると決まっているのかもしれないが、それが知らされることはない。到着してはじめてああ、今日はここでするんだと気が付く。 足元に見える上履きと一緒に、前から後ろへと流れていく床の材質で、牧野は自分たちが教室棟から移動教室のある別棟へ移動し、奥の一番目立たないトイレに来たんだと知った。 誰も来ないことが分かっているから、彼らも最初から遠慮がない。それでも一応の用心のためか、一人が用具箱のモップをドアの取っ手に差し込んだ。 突然、身体が突き飛ばされた。牧野は冷たいタイルに思わず素手をつく。 「今日は何本いけるかな〜?」 誰かが面白そうに言った。 這いつくばる牧野の背中に一人が馬乗りになり、残りの数人がにやにやしながら前へ回る。 「二本だろ」 「いや三本ぐらいいけんじゃね?」 男子生徒たちの合計六本の腕が牧野の視界を埋め尽くす。片方は固定のために牧野の肩や頬に置いて、もう一方の手を指先を揃えて牧野の口に近づける。 一人目の、二本の指が突き入れられた。 「ンッ――!」 思ったほどキツくない、と感じたのは、もう彼らに毒されている証拠なのだろうか。 他人の指を口内に受け入れるのも不快だったのは最初の数回だけだった。微妙な塩味にも慣れてしまった。 まもなく指は前後に出はいりし始め、牧野の鼻から小さく断続的な息がこぼれ始めた。 身体成長の過渡期にある少年たちの指はまだ細く、ひょろりと長い。それが何度にもわたるこうした行為によって、どこまでが牧野の許容範囲か、えずく直前で喉元をもてあそぶ術を心得ていた。 「なんだよ、余裕そうじゃん」 俺にもいかせろ、と二人目の指が反対側から差し込まれる。反射的に持ち上がろうとした舌を強引に押さえつけられ、牧野はむせた。 「ハハ、変な顔」 左右から二本ずつ指を入れられ、ひしゃげた顔を少年たちが笑う。年も背恰好もほとんど変わらない彼らが牧野を標的にこのような辱めをするのはなぜか。それは人より声変りが遅れているとか色が白いとか、そんなくだらない理由だった。 入学当初は顔を合わせても普通に会話をし、仲も良かったはずなのにどうしてこうなってしまったんだろうか。牧野は今でも分からない。 好き勝手に動き回る指をどうにもできず、翻弄された舌がつままれたり持ち上げられたりする。喉奥を引っ張り出されるようなえずきが起こり、ウッウッとアシカのような声が堪えることもできずに漏れる。それを聞いてまた彼らが笑う。 いまさら悲しくもない。こんなことはもう何回も繰り返されてきた。 それでも牧野の両目からは大粒の涙があふれた。開いた窓の外からグラウンドで遊ぶ他の生徒の声が聞こえる。何をやっているんだろう。どうして自分だけ。 涙ばかりでなく大量の涎も口の端からあふれていた。ぽたりと雫が膝に落ちる感触で分かった。 彼らが口内で暴れ回るとかならずといっていいほど、それに誘発されるように多量の唾液が牧野の中から沁み出してくる。 前に女が濡れるのはこういう感覚なのかもな、という言葉が仲間内で交わされるのを聞いたとき、女も、彼女らが濡れることの意味も知らぬまま、自分が無自覚にそうなっていることが猛烈にはずかしくなった。 自分は彼らの女なのだろうか。だからこんなことをさせられているんだろうか。 牧野の脳裡にぼんやりとあるイメージが浮かんでくる。 そこには今と同じように何本もの指を咥えている牧野自身の姿がある。しかしその牧野は現在の牧野と同じではない。頬をわずかに赤らめ、目元を三日月のように細めている。 それは明確に同級生から受ける仕打ちに喜びを感じ始めている姿だった。 まさか……でも今も、もうその兆しが現れ始めているんじゃないのか? そう思った刹那、牧野の深部で何かが灯ったようだった。 「もういいだろ、そろそろ俺にも代われよ」 後ろで牧野を羽交い絞めにしていた一人がじれたように言い、残された一人もその言葉にはげしく頷き、交代を要求した。 「仕方ねぇなぁ」 舌打ちをしつつ牧野をもてあそんでいた二人が腰を上げる。すると頷いた方の少年がすばやく空席になった牧野の前を陣取った。 「ンッ!?」 それだけでなく、彼は涙にぬれた頬を両手で掴み上げたかと思うと、唾液にまみれた唇に自らのそれを押し付けた。 これには退いた二人も背中から移動しかけていた少年も、とうの牧野でさえも困惑した。 今まで指やそれ以外の無機物を使っての口淫は何度も行われていたものの、それ以外の行為は何かの禁忌に触れるかのようにされたことがなかったからだ。 「うっわ、マジかよ」「お前、キモくねぇの?」 散々好き勝手をした後の二人は心底嫌な様子で、自分たちが今したことまでが限界だったとばかりに口々に尋ねた。それに対して、 「だって、牧野カワイイじゃん」 一旦唇を離して少年が答えると、二人はさらにうわぁ、と顔をひきつらせた。 「本気かよ」「趣味わりー」 外野の中傷は続けられていたが、少年は無視してまた口づけた。 ぬるつく皮膚の上で、窄められた唇の弾力ある感触が牧野を押しつぶさんとばかりに圧迫してくる。 無意識に目を閉じた牧野の鼻腔に何かが香る。顔と顔が異様なほどに密着するせいで彼独特の体臭が伝わってきたのだ。 「あー時々な。 時々なら、ちょっとは俺もわかるかも」 一方出遅れた方の少年は今更加わることを諦めた様子で、無心にキスを繰りかえしている仲間を見下ろした。 彼らにとって牧野慶は無性に性的好奇心やいたずら心をくすぐる相手で、おそらくそれは大なり小なり男なら誰もが理解できる心情だった。こちらが何か行動を起こす前に、その些細な挙動の前兆に反応して過剰な反応をかえす人物。それならもっと突拍子もなく、予想の付かないことをすればどんな顔をするのだろう。 人の持つ潜在的な加虐心を発露、表在化させることを牧野自身は意図していない。にも関わらず彼に関わる人間たちは最終的にその経過をたどる運命にあるのだった。 →? back |