※一種の見抜きかそれに準ずる行為 そこにいるあなたはいつも微笑んでいる。 四つの辺と一つの面に構成された箱のなかには、とある風景が映っている。 これはあそこだ、と考えるまでもなく分かった。村の者なら、誰でも通る場所であるから。 『求導師さまー、みてみてー』 『うん? なにかな?』 子供たちと一緒に草のじゅうたんをかき分けていたその人は、一人の女児の呼びかけに振り返った。 『これねえ、みつけたぁ』 『ああ、これはシロツメクサだね』 『これ、あれできるんでしょ?』 『あれ?』 『あれやって、求導師さま、あれやって』 女児の言葉の意味を一瞬探したように首を傾げた彼は、丸く円を描いた小さな手を見て、ああ、と何かに気づいたようだった。 場面が変わる。先ほどの場所から少し離れて、木陰のできた樹の根元に、黒い膝とその左右に小さな膝が寄せられている。そこには数えきれないほどの白い小花の山があった。 それを一本一本手に取って、細長い茎の後端を前のものへ、その後ろにまた新しい茎をより合わせ、そうやって彼は何かを作っている。 『ほうら、できたよ』 花でできた小さな冠を受け取った女児は、さっそく頭に乗せてもらって、羨ましがる横の子供たちにそれを見せびらかした。 『いいな、いいな、――ちゃん。ねえ求導師さま、私も』 『ずるい、私もほしい、求導師さま』 『いいよ、でも順番だからね』 黒衣の裾を引っ張って急かす子供たちに、彼は優しく言って聞かせた。そしてまた手元の花を結い始める。 春――地元の小学校に通う子供たちが遠足に行ったときの映像だった。画面が遠くを映し出すと、原っぱを駆けまわる男児たちと、小学校教諭の女性のすがたが映り込む。 この映像を撮っているのは誰だろう? 彼が映っているということは、これは彼が撮っているのではない。 まあ、どうせ他の教員か父母の誰かだろう。宮田はすぐに別のことを考えた。 今朝、用事があって偶然教会に立ち寄ったとき――。 あの気まずそうな顔。自分を見た瞬間、怯えたような、何かばつの悪いものを見てしまったときの後ろ暗い表情。今日は不幸な日だと言いたげに、その人は頭だけを下げてみせたときの様子を。 自分が好かれていないのは分かっている。だけど表面を取り繕うぐらい、もう少しきちんとしていてもいいだろう。 「宮田さん、お忙しいですよね?それでは私はこれで……」 こちらの気も知らず、彼は自分から背を向けて一方的に話を打ち切った。会話は結局それきりになってしまった。 引き留めてやったらどんな顔をするだろうか。地面に押し倒して服を破いたら、女のように泣いて暴れるだろうか。 そんな想像にも、もう飽きてしまった。見つめ続けた時間の分だけ、今は彼が笑顔を向けるすべてに嫉妬していた。赤い服の求導女に、自分の半分も生きていない子供たちに、老い先短い年寄りに。 この映像を手に入れたのは、病院に来たある親が、自分の子供の映ったビデオテープを忘れていったことに始まっていた。 もちろん宮田はすぐに看護師に電話をさせ、その子の親に返却する旨を伝えた。だが、その家の子供は二人いて、同じテープが二本あるので、それは必要ないということだった。 村の小学校では学年が違っても行事は一緒に参加することが多い。それで渡すものがダブったのだろう。こちらでは一本あれば充分ですから、破棄するか小学校に返却するかしてもらえませんか、と言う。 だが小学校でも一度渡したものだからと、返却を断られ、さらに手数をかけてすまないがそちらで破棄してくれないかと頼まれた。 その言葉を聞いたとき、宮田はもうこれは自分のものにしていいと言われたのだと思った。 映像に彼が映っているのは知っていた。病院に来る人間たちが求導師様のことを話さない日などないのだから。ここまで何度も譲歩をし、自分に歯止めをかけて我慢してきた。しかし運命は自分にこれを受け取れと言ったのだ。そう確信して、宮田はひそかにテープを持ち帰った。 画面の中ではまぶしい太陽が青々と茂る草の海をなお美しく見せている。白波のようにそよぐ草花の動きに合わせて、今にも画面の外まで濃い香りが漂ってくるようだ。 宮田は、今自分のいる場所が静まり返った自宅の居間などではなく、草木の香る春の野原で、彼の隣で肩を並べている様子を思い浮かべた。画面に映る彼の指は、まっすぐ自分のズボンの中へ入り込んで、巧みに性器を擦り上げている。 宮田は足の間に置いた己の右手を動かしながら、画面越しに笑顔を向けてくる黒衣の男を見つめ返した。 『ねえ、求導師さま、まだ?』 『まだだよ』 だらだらと淫汁を垂らす性器の鈴口に、彼が言葉で栓をする。宮田は息を詰め、手の動きを止めた。 彼がいいというまでは、出すことができない。こちらはすでにいける状態でも、彼の許しなしではイクことはできない。己で決めたルールだが、彼にされているという錯覚を現実のものにするためには決して裏切れなかった。 張りつめた双嚢が心臓のように脈を打ち、弾けんばかりに血管を浮き上がらせた肌色の幹が震える。宮田は苦しそうに眉を寄せ、喉奥で呻いた。 実際、こんな風に笑いかけられたら、自分はどうなってしまうだろう。映像のすがただけでこんな状態なのだから、本物を目にしたときに理性を保っていられる自信はない。 求導師としての彼は、常に村人の一人一人に全力で無償の愛を注いでいる。それが今は自分に向けられているのだ。それは大きく柔らかいゆりかごで包まれているような気分だった。 『はい、できたよ』 最後の子供に花冠を手渡すと、女児はそれをほかの友人に見せにいこうと立ちあがった。 『ありがとう、求導師さま!私、求導師さまだーいすき!』 『私も、――ちゃんのことが大好きですよ』 瞬間、宮田の瞼の裏に稲光が入り込んだ。 チカチカッと目の前で白い光が明滅し、次にはどう、と熱い流れが下半身から放たれる。 「う……っ、っく、」 宮田の手の中に、白く粘ついた液体が吐きだされた。 驚いたような顔をしながら、いっぱい出しましたね、と優しくペニスを扱いてくれる彼を思い描いて、宮田は最後の最後までそれを擦り続ける。 「……っは、あ……」 ソファに背中を預け、大股を開いて脱力する。 そこだけをせわしなくさせていた宮田の局部は、精液と汗で湿っていた。 汚れた手のひらを頭上にかざしてみて、彼はこれを舐めてくれるだろうかと考える。 実際なら絶対にやらないだろうな、と思いつつ、宮田の頭の中では苦味に顔をしかめつつ舌先を伸ばしてくる彼が容易に想像できた。 これがいけないのだ。全部このテープが――。 テープを手に入れる前は、どんなにひどい妄想を自分の中で膨らませてみても、それは結局ただの妄想で非現実の域を超えることはなかった。 しかし今では求導師としての彼の矛先が自分に向けられることの快感をこの身が覚えてしまい、徐々に現実と非現実の境目があやふやになってきている。 いくら本物の彼が自分を拒もうとも、家に帰ればいつでも微笑みかけてくれる。いつしか、どちらが現実か分からなくなって、彼をどうにかしてしまうのではないか。体内の熱と共に頭が冷えてくると、宮田は歎息し、毎度同じことを考える。 けれど、おそらく明日の今頃も自分は今日と同じことをしているのだろう。毎日繰り返すこの後悔もまた、宮田の中であやふやになってきているのだから。 back 本人と会った後のAV鑑賞は捗るという話を聞いて。 |