宦官 | ナノ


※牧宮、性器切断、失禁、オムツプレイあり
 宦官とはこちら




 裸になった彼の姿は標本のように美しい。
 白い肌を惜しげもなく晒して、四肢を床に投げ出している。仰向けになった彼を、私は顔の横にしゃがみ込んで、上からじっくりと眺め下ろす。こぶのように盛り上がった左右の胸筋、骨格に吸い付くように引き締まった脇腹、きゅっとすぼまった臍の孔、なだらかな隆起を描いてすとんと、落ち窪んでいる陰部。
 男らしく隆々とした大腿、下腿への興味がない訳ではなかったが、それよりも私にとっては雄としての象徴を失った彼の陰部への好奇心のほうが大きかった。
「ここ……剃っていますね……?」
 私はうっすらと下生えの根元を残す会陰に向かって人さし指を滑らせた。
「っ……、はい……」
 ざらざらした皮膚に指腹を這わせると、チクチクした感触が指先に突き刺さり、そうされるとむず痒い刺激が皮膚の下から湧き上がってくるのか、彼は嫌そうに視線を床へ落とし、唇を噛んだ。
 そこは本来ならば小さな筒ほどの太さもある男根が、広げた足の間に垂れ下がり、丸い二つの袋と共に彼が男であることの証明を果たしているはずだった。現に彼と同じ顔を持つ牧野の股の間にも、しっかりと雄の象徴がぶら下がっている。だが、今、彼の股の間に置かれているものは何一つない。陰茎も、陰嚢さえ、取り去られ、ただ真ん中に一本の筋を残し、薄い肉の盛り上がりが名残としてあるのみである。
「痛く……ない、ですか……?」
 陰毛が短いと、毛の流れが一箇所に向かっているのがよく分かる。指先でそれをたどっていくうちに、私は元、そこに彼の逸物があった場所に皮膚と皮膚をつなぎ合わせたような不自然な凹凸を発見した。触れる前に一度ためらって、そっと指先を押し当てると、そこはとくに感覚が鋭敏になっているのか、彼は一瞬困ったように眉根を寄せ、しかしすぐに普段の顔を取り戻して、「平気です」と答えた。
 平気だと言うからには何をされても大丈夫なのだろう。
 私は言質を取ったことで安心して人さし指をさらに下へと滑らせた。
「ここは……?どうなっているんです……?」
 なるべく彼の口から、そこの様子を聞きたかった。彼はひどく自尊心を傷つけられるのかもしれないが、私には知る権利がある。彼をそうさせたのは私のためなのだし、私はこれから彼を管理しなくてはならないのだから。
 薄い肉襞の合わせ目に指を差し込まれ、彼は不快感にひときわ屈辱を耐えるような表情をした。しかし、やがて口を開いて答えてくれた。
「陰嚢を切除して余った皮膚を……内側に折りたたむようにして縫い合わせているんです……陰茎の傷口も、なるべくはその中に隠すようにして……」
 ああ、だからほとんど目立った傷もなく彼のここは綺麗なのか。私は感心して残りの指で彼の恥丘を撫でた。
「そうすると……排泄は女性のようにしゃがんでなさるんです?」
 彼は力なく首を振った。
「いえ……表面は癒着したとはいえ、体内まで繋がる傷ですので……しばらくは座ってしています……」
 私は彼が人目を気にしながら男性便所に入り、誰もいないのを確認してから個室の中に入ると、ズボンを下ろして、何もない己の局部を眺め下ろし、何ともいえない表情になりながら、排泄をする様子を思い浮かべてみた。
 どんな気分だろう。この村の誰よりも優秀で聡明な男が、誰にも知られたくない秘密をその体に埋め込まれ、羞恥に耐えながら日々を過ごすというのは。
 私は、唐突に彼が排泄を行う姿が見たくなった。生まれてからほとんど形式的な関わり以外の接触をもたなかった自分たちだが、定められた因果律はふたたび自分と彼を引き合わせてくれた。
 私は、兄弟という感覚がどのような感情をもたらすものかは知らなかったが、血の通った家族と言うのは他の何にも代えがたい、かけがえのない情を抱くということだと想像していて、誰にも言えない秘密を共有すれば、一息に彼の深いところまで侵入し、彼を知ることができるような気がしていた。
 私はためらいもなく彼にその希望を伝えた。
 決定的な単語をその耳に聞かされたとき、彼は瞬間、困惑と絶望が入り混じったような、泣き顔にも似た表情を披露してくれたが、私はそのことで、また知らない彼を知ることができたような幸福感に満たされていた。
 私は、彼が言うなら、その身を抱き上げて車へと運び、何なりと彼の望む場所へと連れ出してあげようという気持ちでいたのだが、彼は心配せずとも、と前置きをし、どうかそのまま肉襞の入口を擦って下さいと言った。
 私は半ば驚きつつ、それだけでいいのですか、と問い、頷く彼に言われるがまま、一本だけ忍ばせた指を、もう少し彼の新しい陰部へと潜り込ませ、やがて少しずつ指背を使って擦り上げるようにした。
 シーツが汚れるとか、傷口が開いてしまうのではとかいう疑問はなかった。彼は医者だし、彼が言うのなら可能な行為なのだろう。たとえこのまま彼が粗相をしたとしても、私は彼によってベッドが汚れることを少しも厭わなかった。彼がありのままの姿をさらけ出してくれているのなら、それ以外に何が重要だというのか。
 ふ、ふ、と短い息が彼の口からこぼれている。私の指で感じてくれているのだろうか。
 そもそも、快感を得る手段を丸ごと失った彼が、まだ性的快楽を得る場所をどこかに残しているのかは疑問だった。好奇と不安を胸の中に抱えながら、私は彼が呼吸を荒くしてくることに喜びを感じていた。
「……っ?なにか、出てきて……気持ち、いいんですか、宮田さん……、宮田さんっ……」
 指の動きだけに意識を集中していると、そのうち肉襞を前後移動する指の背中が、何かよく分からない液体に濡れ始めた。透明な水に近いようなさらさらした液体だ。
 陰茎はなくなっても彼が女体に変じる訳ではない。私はそれが彼の愛液なのか、何なのかを知りたくなった。せっつくように問いかけると、彼は躊躇いながら答えてくれた。
「精巣を失った後でも、精液がなくなるわけでは……ないんです……っ、ただ徐々に精子をつくる機能が失われて……成分の薄い……体液に……ッ!!」
 話を聞きつつも指を動かし続けていたら、ぷしゃ、と熱い飛沫が手の甲に掛かり、彼の顎が勢いよく仰向いた。
「これは……?」
 顔を近づけて臭いをかいでみると、覚えのある刺激臭が鼻を突いた。
「おしっこ、ですか、宮田さん。 おしっこ、漏らしたんですか」
 彼は顔を驚くほど真っ赤に染め上げて、小さく首肯した。
「尿道が以前に比べて短くなっていますから……っ、慣れるまでは、排尿を抑制することが難しいんです……」
 私はふぅん、とうなずいて、でもこんな簡単な刺激で漏らしてしまうのなら、普段はどうしているんだろうと想像した。顔をあげて、周囲に首を巡らせる。あった、と左手でそれを引き寄せると、へえ、と思わず意地の悪い声が出た。
「こんなもの、使わないといられないくらい、堪えるのが難しいんですか」
 彼は答えない。答える代わりに両腕で顔を覆った。
 肌に密着するボクサータイプのブリーフの中に、手のひら位の白いメッシュのシートが敷かれていた。私は彼の下着の中の光景を覗き見て、またそのシートに黄色い染みがついているのに気づいて、喉奥にこみ上げるものを耐え切れず、くつくつと笑った。
「赤ちゃんみたいで可愛いですよ、宮田さん」
 ひく、としゃくりあげる音が、交差した腕の隙間から聞こえた。可哀想に、恥ずかしくてたまらないのだろう。
「大丈夫ですよ、宮田さん……このことは私しか知りません……それにこれは、“宮田の役目”という、それだけのことなんですから……」
 常に尿を漏らす危険を抱えながら仕事をこなすのは、彼にとって相当辛いことだったに違いない。立ちあがるとき、荷物を持とうとするとき、ちょっとしたいきみで赤ん坊か、老人のように失禁してしまうのだから。白衣の下で村人や看護師たちに囲まれながら、粗相をひた隠しにする彼のことを思うと、私は嬉しくて嬉しくて胸が苦しくなった。
「泣かないで……」
「泣いてなんか、いませんっ……」
 号泣する子供をあやすように、前髪を梳き上げて、露出した額に唇を落とすと、彼は威勢のみの言葉で言い返してきた。
 実際、見てみると涙はこぼれてはいなかったが、丸く吸い込まれそうな大きな瞳は、人権と、それに準ずるすべての権利を目の中の男に掌握され、怒りに任せて、この男を跳ね除けたいのに、拒絶に関する権利さえも奪われて、絶望のほとりを一杯の涙で波立たせている状態だった。
「……っ、……っく、ふぅ……っ、……ぅっ、」
 私は彼を慰めたくて、純粋な愛情をもって、手の動きを再開した。
 せめて快楽を感じることで悲しみを和らげることができたら、と思った。
 だが彼の身体は、愛撫を受けることによっても排泄感を助長してしまうようで、指が肉襞を往復するごとに、ぷしゃ、ぴしゃ、と黄金色の飛沫をまき散らし、辺りに尿臭をただよわせた。彼が嗚咽までも唇を噛んで堪えようとするのを見て、私はまだ現状と言うものを受け入れられないのだと心中を推察した。
 今から数十分前、彼がこの家をおとずれたときは、自ら足を運び、自ら服を脱ぎ去り、全裸になって“宮田”の証を自ら証明して見せた彼だったが、胸中は常に限界に近い状態だったのだろう。
 たしかに性器を失った彼のそこにあるのは、二十七年間男として生活してきた彼の誇りではなく、どこまでも屈辱的な懲罰の結果であるに違いない。
 だが私は彼を丸ごと愛そうと決めていた。彼は私に、二人だけの秘密を与えてくれ、もう一度兄弟としてやり直す機会を与えてくれた。私は私が牧野であり、彼が宮田であることに感謝していた。彼が宮田でなければ、彼はすぐにでも私の元を飛び立って二度と帰ってくることもあるまい。だが、彼が宮田であることによって、彼はずっと私の元にいてくれる。ならばそれに応じるのが私の最低限で最大級の役目だ。
 だが如何に愛情を指先から注ごうとも息遣いのみで応じない彼に、私はだんだんと焦れてきた。彼の頑なさをどこかで突き崩さなければ、彼とわかり合うことはできないだろう。そう思って、瞬時のうちに思案し、次の瞬間、彼の股座へ身体を差し入れ、片足を頭上まで持ち上げた。
「あっ、牧野さ……っ!」
 意表をついた行動に、彼の唇は容易に割られ、身体を大きく傾がせたことで、顔を覆っていた腕もずり下がった。その下からあらわれた彼の顔は、驚きに見開かれつつ、頑なさを維持するにはあまりにも脆弱だった双眼から滂沱の涙を流していた。
「あまり足を開くと、傷口が……っ」
「だったら、こうすればいいでしょう?」
 私は指を一旦離し、彼の両足ともに持ち上げた。スプリングを軋ませ、さらに彼の身体が沈み込む。身体を折りたたむようにして、彼の深部を裏側からあらわにさせる。彼にとっての不幸や屈辱は、これからゆっくり共有し、減らしていけばいい。
「宮田さん、これじゃあできませんから、ご自分で持っていてください」
 これ以上ない優しい声音でそう言うと、彼は何も言わずに両足を把持する場所を変わってくれた。まっすぐに伸びた二本の脚が、すらりと頭上に向かっている。私は今一度、彼の美しい肢体と、生まれ変わった陰部を眺めるため、彼の引き締まった腰部を抱え上げ、自分の膝の上へと乗せた。
 眩しい照明の下で静かに息づいている人体の神秘を、視界の中に収め、その姿を感慨深く熟視する。やがて陰唇にも似た彼の淡色の花唇を見つめるうち、私はあることを思った。
「ここは……この先は、ほんとうに何も、ないんですよね……?」
 誰のものを直接目にしたわけでもないが、二枚の花弁をしっとり閉じた彼の陰部を目の当たりにして、その奥に何かが秘められているような気がしていた。本当なら、この先にも何かがあるのではないかと。
「何も……おとこ、ですから……っ」
 それを聞いて、私は少しがっかりした気持ちになった。どうせなら、このまま彼のここに自分の逸物を入れてみたかったのに。
「何考えて……牧野さ……っ」
「……なにも考えていませんよ」
 ひそかに考えていたことを言い当てられ、私は少なからず驚いたが、それに気づかれたとしても、彼にはどうすることも出来ないのだと思い出して、表情を緩めた。唇を涙の筋に押し当てると、「誤魔化さないでください」と怒り顔で突っ込まれた。
「あなたの……いえ、これからの私たちのことについて、考えていました」
 そう言って息を頬から耳元に向かって吹きかける。相変わらず頑なな気配は伝わってきたが、先ほどに比べていくらか彼の心が凪いできたような気もした。 彼が顔を背けつつも、甘い息をこぼし始めているのに気づいて、そっと自分の唇を彼の唇に重ねた。彼は黙って、私の拙い舌戯に応じてくれた。
 あの人が――彼の義父である先代院長さえ了承してくれれば、それは可能なのだろう。
 そして、たとい相手が先代院長であっても、彼にも拒否権はない。この村の絶対的な君主は教会。神代家が牛耳っているのはあくまで裏の部分で、今は教会が権力の頂点にあるのだから。
 そう考えて、私はふと先代院長の身体はどうなっているのだろうか気になった。
 すでに自分の義父は儀式の失敗による責任を果たし、この世を去っているのだけれど、義父の相手をした身体は――彼はまだ生きている。
 何せ、宮田をこのような身体にしたのはほかならぬ彼なのだから、私が見たいと言えば、見せてくれるに違いない。
 一度村を出る機会を与えられる代わりに永遠の足枷を着けられる宮田と、一生を村で過ごす代わりに宮田を監視する権利を得た牧野。
 互いを縛る拘束具としても、よくできた関係だと思う。義父も求導師であったなら、少なくとも自分と同じ感情を抱いたのではないだろうか。
 私は彼の臭いである尿の香りを肺いっぱいに吸い込もうと思って、その中に夏の草いきれのような香りが混ざっていることに気がついた。手元を見おろすと、はしたなく濃い色の染みを股間の下に広げた彼の中心から、白い体液が漏れ出ている。これもまもなく味わえなくなるのかと思うと、私は残念でならなかった。指の動きはそのままにして、しとどに濡れた彼の花唇に大きく舌を這わせると、また新しい飛沫が私の顔を濡らした。


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