Why are you Romeo? | ナノ


軽めのエロ




 春浅い昼下がり、私は夢を見た。
 夢のなかで私は、現実とまったく同じ夢を見ていた。
 天井から眺め下ろす身体は、瞼を閉じて、すっかり眠りこんでしまっている。仰向けになった身体は安らかな寝息を立てていた。
 枕もとの突き出し窓は少しだけ開いていた。日差しを受けるカーテンは半分ほど下ろされ、おだやかな風と光とをそこに受けている。雪解けにぬるむ久しぶりの陽気は、誰しも寝床に引き込んでしまう甘さに満ちていた。私も繭のような柔らかな意識のなかにいた。
 そこに突如として、何者かの指が窓の縁に掛けられた。
 鋭さと明瞭さを併せ持ったまったく異質の存在である。手首、いや肘までが部屋の中に入り込んで、日焼けした腕に黒く汚れた指先が特に目立っていた。ベッドの中の私は何も知らずに眠っている。
 やがて窓枠に革の靴先が掛かったかと思うと、窓が大きく開かれ、眩しい閃光が室内に差し込んだ。
 男は手のひらの土をはらって悠然と立ちあがった。それを私は間近から見上げるように観察していた。
 背に光を受けた男は影でしか分からなかったが、背格好はだいたい自分と同じくらいで、すんなりしたフォルムの随所には若々しさがあった。
 窓際に横腹を見せるように中心におかれたベッドは、部屋に入れば誰もがそこに目を留めた。男も、一目散にベッドにやって来た。さすがに脱いだ靴は床に残して、足が乗り上げ、マットがぎしりと軋む。体の傾きに己以外の存在を感じとった私は、これが夢ではないのだと気づき、驚愕した。
 ここは私だけの特別な空間だった。そこに無法者が侵入してくるなどあり得なかった。建物の周囲にはいかめしい鉄格子の柵があったし、窓にはそれ以上開かないよう鍵がかかっていた。それにここは二階。ゆえに私は、あまりに愚かで、無防備だった。
 意識ばかり焦っていても、実際の私は瞼をぼんやり開けるだけであった。逃げようともしない私に、男は無遠慮にベッドの中にもぐり込んだ。そして何のためらいもなく土臭い顔を押しつけてきた。
 かぐわしい土の匂いが男の全身から漂う。鼻腔から肺へと満ちる匂いの中に、庭に植えられた白木蓮の香りが混じっていた。敷地内の人間しかまとうことの出来ないその香り。ぶよぶよとした塊を唇に受けながら、私は部外者のこの男がまとっている奇妙さの経緯を思い描いた。
 庭には短い丈に刈り取られた雑草の一箇所から空へ向かって伸びる大木がある。すぼめた手のひらを掲げたような大ぶりの花の香りを、男はそこで身に着けたのだろう。木から屋根へと伝い下りた後は、南に面した窓のなかから一つだけ開いた私の部屋を選んで――
 じきに男は私の上へとまたがってきた。互いを隔てる掛け物を横へと押しやって、黒装束に包まれる私の体を抱きしめながら口づけまで深くする。私がふいに唇を開いた瞬間、中にあったものがさらうように奪われた。唾液が糸を引く口内で、私の舌はもてあそばれる。
 舌先に感じる弾力と温もり。もしかすると、これを気持ち良いと表現するのだろうか。
 不可思議な熱の濁流が、体の、おもに下の方から湧き上がってくる。私が無意識に身をよじっていると、男はますます勢い増して、同じように自分の体をこすりつけてきた。密着した躯の境からさらに焦燥が大きくなる。
 そして、いつ頃までそうしていただろうか。唇を離された途端、私は猛烈な虚脱感におそわれた。身体を引きずるように壁にもたれる。対して男は、先ほどまで私を抱いていた腕を左右に伸ばして、当たり前のようにベッドに寝転がった。
 そのとき、遠くから耳慣れた音が近づいてきた。
 私は慌てて辺りを見まわし、何処に男を隠すこともできないことを悟ると、いそいで落ちていた掛け物を引っぱりあげた。私が何事かを言う前に、男のほうは準備よく身を小さくしていた。胸に頭が来るような位置で私は男の上に覆いかぶさり、その上から掛け物を被る。間をおかずして扉が開いた。
「あら求導師さま、寝ていらっしゃったの」
 ノックの後にあらわれたのは赤い服の女性だった。「私」の着る黒衣と似た形状の洋服を着た彼女は、部屋の暗さに意外そうに目を丸くし、室内を見まわす。
「ええ、あまりにも暖かかったものですから」
 でも、もう起きます、とベッドから身体を起しかけると、彼女はうやうやしく顎を引いて、半分ほど室内に入っていた体を後退させた。つま先の向きを反対へと変え、ここへ来た用向きを告げる。
「では、下でお待ちしておりますわ。使ってない書棚を片付けようと思ったのですが、私では手が足りませんの」
「わかりました、まもなく」
 扉が閉まり、階段を下りる音を聞き届けたら、無意識にため息が出た。
 安堵に胸をなでおろすと、こちらを見つめる男と目があった。
 男は唇の動きで「あぶなかった」と伝えてきた。しかしその表情は、むしろ緊張した事態も「楽しかった」とさえ言いたげだった。
 悪びれない男の様子は、普通なら不平のひとつでも漏らすのが妥当なのだろう。けれど私は男の不遜な振る舞いに野性的な魅力を感じてしまっていた。一部とはいえ身を許したことも、男を見ていると些細な出来事に思えてくる。
 しかし彼女が呼びに来た以上は、これで終わりにしなければならなかった。眠るまでの私は、彼女と共に階下の掃除をし、二階へ来たのはほんのわずかな休憩のためだったのだ。
 そうして身を離して、私はこれきり男のことを忘れるつもりだった。私が彼女を引きつけておけば、男が逃げる時間も稼げよう。
 けれど男は私の気持ちなど知らないとばかりに腰に手を回してきて、易々と私の体をベッドに引き戻した。
 衣服越しの肌に未練がましい口づけを落とし、男はくしゃくしゃにしたシーツと同じように、私の背中をかき抱いた。
 肩や胸に犬になつかれるようなくすぐったさをおぼえた私は、声をあげそうになって、肩口に顔を伏せた。その瞬間、首根が思いきり引かれて、視界が男に埋めつくされる。
 今日初めて知った感覚が、もはや私の中では違和感とは呼べぬほどに自然なものになっていた。眠るように閉じる瞼。男に応じている間の私の体は、夢の中にいるような浮遊感を味わう。だからあらがえない。
 眠りに落ちる瞬間の強烈な睡魔には誰も抵抗できないように、その感覚は私の意識よりもっと深い部分に一方的に接続する。硬い歯列の中からあらわれた男の舌が言った。こうして動くんだ、こうすればさらに良くなれると。私はただただ男の教示に従った。
 身体の中にあるのはまだ快感とは呼べぬ萌芽だ。膨らみかけの蕾のようなそれを、私は口づけの中で育てる。男なら、最後まで花開かせてくれるのだろうか。
 私は男がここに来た瞬間のことを思い出し、つぎに男と会える日のことを考えていた。


back

当初相手は宮田さんだったつもりが、書き終わってみるとモブにしか感じられないミラクル
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -