You come to me | ナノ


ほんのりエロ




Side K

 私は。
 言いたいことも言わないで、今日まで我慢してきたのに。
「やだっ、宮田さん……っ」
 白いタイルに赤ら顔が反射したのが見えて、牧野は重い体を後ろ手で引き剥がそうとした。
「こんなところで……非常識ですっ……!」
 だが背中に圧し掛かる男は、なにが非常識とでも言わんばかりに着ている法衣をめくりあげ、シャツを引き抜き、その中に手を這わせている。
 腰からわき腹へ、さする動きが次第に上へと向かっていく。
「ちょっ、聞いてるんですか……!?」
 しばらく忙しくなると聞いて、そろそろ会えると思ったところにすぐ出張。帰ってきたばかりだから疲れていると言われ、そうこうしている内にまた病院が慌ただしくなり、最後に顔を見てから45日経っていた。
 待ち遠しかったのは自分も同じ。
 けれど、真昼間から彼の職場でこんな行為に耽るというのは、いくらなんでも気が引けた。
 いつ、看護師らが院長室のドアをノックしないとも限らないのに。
 しかし男は先ほどから自分の首筋に鼻先をうずめて、深呼吸を繰り返している。久しぶりの兄成分を補給中といったところだろうか。当たる息がくすぐったい。おまけに素肌をまさぐる手つきも、
「あンっ」
 ひそかに欲していた箇所を捕えられて、思わず声が漏れてしまった。とたんにしてやったりの得意げな空気が肩越しに伝わってくる。
「牧野さんもやりたかったくせに」
 そうだけど、それは今じゃなくたって。
「入れるって言われたら、拒めないくせに」
 そんなことはない。私だって分別というものはある。
「じゃあ、入れませんか。このまま止めるって言うなら、俺は便所で抜いてきますよ」
 それは――
「……くっ、冗談ですよ。そんなあからさまに残念そうにしないでください」
 硬直した牧野の体を慰めるように、宮田は手を動かした。弾力のある肉を滑る指先が、手のひらに、指腹に、当たる部分を確かめている。
「はぁ……やっぱり、いい……この感触」
 心底感じ入った声で宮田は言い、牧野は死にたくなるほど恥かしいと思いながら、彼を撥ねのけられなくなっていた。



Side S

「俺がいない時はどうしてたんです?自分でしてましたか?」
 首を振れない代わりに牧野は前髪を揺らした。
「でもしたいとは思ったでしょう?会えないだけじゃなく、声も聴けなかったんですから、平気だったはずはないですよね?」
 宮田は初めから返事など期待しておらず、なおも続けて言った。
「耐え性のないあなたのことは、体に聞けばすぐわかりますよ。だからここを、こんなにしているんですよね」
 ソファに上がり損ねた右足から革靴をストンを落として、靴下だけになった脚先を、とある部分に押し当てる。
 先ほどとは体勢が替わり、牧野は見上げる格好の自分の膝にうつぶせで乗り上げていた。顔はちょうどおのれの局部を覆う位置にあり、黒いスラックスをファスナーで閉じる牧野の股間は、こちらの爪先にしかと捉えられている。
 さほど薄くもない生地を隔てているというのに、向こう側の隆起が表面の形まで変えているのは目にも明らかで、熱が伝播するのは時間の問題だった。
「さっきは非常識だなんて言ってましたけどね」
 宮田は指の股に押しつぶすような力を込めた。その動きに呼応して股座にうめき声がくぐもる。
「結局興奮しているのは自分も一緒なのに、俺だけ変態みたいに言われるのはね」
 言いながら宮田は両手を前後に動かし始めた。抱え込んだ牧野の頭部を強制的に出し入れし、そうすれば抵抗はおろか身動き一つとれないと知ってのことである。
「違うと言うなら、今すぐ萎えさせてみてくださいよ。俺の咥えながら興奮したりしないって、実際に示してくれないと、信用できませんから」
 むろんそれもできないと分かっている。
 下品だと思うような言葉を口にすることで、盛り上がるからそうしているだけだ。宮田もすでに熱い粘膜にペニスを包まれて、思考に靄がかかりつつあった。 いや、それは――そう、彼が、自分から喋らないから。
 忙しいからと言って連絡まで断ってほしいわけじゃなかったのに、馬鹿正直な牧野はそれを愚直に実行したから、寂しかったのだ。
 どんな人間だって、常に仕事のことだけを考えていられるはずがない。たまの空いた時間には離れた恋人のことを否が応でも思い出す。
 電話をかけようか逡巡して、でも一度でも声を聞いたら、きっと我慢のタガが外れて何時間でも話し込んでしまうだろうから、最後の一戦は超えないように、自分に歯止めをかけていただけだったのだ。本当はつらくて、つらくて、今すぐにも村に飛んで帰ってしまいたいと何度思ったか。そこにはいつも自分を受け止めてくれる優しい恋人がいて、さびしい、つらいと言えばすぐに温かい胸に抱かれて甘やかしてもらえることも分かっていたけれど――
 責任ある仕事を任される一社会人にそんな勝手は許されない。
 人様の金をもらって生きるのだから、その分はきちんと奉仕しなければ。
 このところ、大分牧野の思考が伝染(うつ)ってきたらしい。
 だから一か月以上も勤労奉仕した自分の、いわばこれは給料なのである。牧野も同じくお預けだったのだから、こうされて喜んでいるはずだ。その証拠にほら、すっかり夢中になってペニスを舐めしゃぶっているではないか。


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