とある研究室にて | ナノ


※モブキャラメイン、食べ物プレイ




 その日私は長年研究でも世話になっている知己からある贈り物を受け取った。

 彼はここからいくつも山を越えたある街に住んでいる。
「近くを通ったものですから」
 そう言ってひょっこり研究室に顔を出したものだから、午後の陽光を背に資料を読んでいた私は彼の来訪を喜ぶより前にただただ驚いていた。
 彼はハイカラな上下白いスーツに同じ色の箱―――洋菓子を入れるようなそれを右手に下げていた。古いだけの木枠の扉が、彼がその前に立つとどうして趣のある迎賓館の一角のように見えてならなかった。
 私が「どうしたんだい」と尋ねると、彼は端正な顔を子供のように輝かせ、箱を持ちあげてみせた。
 話し始めると長くなりそうだったので、私はまずソファーに座るようすすめた。

 うぬぼれのように聞こえるかもしれないが、街中からこんな田舎くんだりまでやって来るのは、私に用事があって足を運ぶ人間がほとんどである。そしてだいたいは私の肩書に期待してごまをすりにやって来る人間ばかりである。彼のように純粋に私に会いに来るのは、おそらく彼くらいのものではないかと思う。
 そのくせ私は人付き合いが苦手で、ここに来たのは研究のためでもあったが、都会のわずらわしい人間関係から離れたいからでもあった。
 彼が「近くを通った」と言ったのもおそらく私に気を遣ったのではないだろうかと思う。年齢は二十以上も離れていても、彼は私よりできた人間なのである。

「これなんですけどね」
 さっそく彼は箱をテーブルの中央へ差し出した。
 私は初めから手土産に期待していたつもりはなかったのだけれど、日本中を飛び回り、時には世界を股にかけて“変わったもの”を収集する彼の持ってくるものには興味があった。
 彼から見て、私は物欲しげな情けない男に見えていたかもしれない。けれど私は、彼が来た理由はその箱の中にあり、それは絶対に私が好むものなのだと踏んでいた。
 彼は箱に手をかけると手持ちの部分を押さえ、横のつまみを内側に押し込んだ。箱が少し動いた。案外軽いものなのかと思ったとき、私の耳は小さな音を捉えた。
 今のは、そう思って彼を見ると、彼はプレゼントを自慢する子供のような目を私に向け、「気づきましたか?」とさも嬉しそうだ。そして押さえていた手を離し、ゆっくりと箱を開いた。
「おお、これは……」
 自然と感嘆のため息が漏れた。
「今が旬の宮牧です。ちょうど食べごろですよ」
 白い箱の中では一際目立つ黒の衣をまとった方と、それを隠すように身を乗り出したもう片方が箱の内側を背に私の方を見あげていた。
「なるほど、これは珍しい」
 黒い方はもともと気が弱く、人間を見ると怯えて隠れてしまうことが多いのだが、この箱の中では隠れることができないので、自分の体を抱くようにしながら小さな体をさらに小さく縮こまらせている。
 もう一方は箱に近い色の衣をまとい、性格は攻撃的で好戦的だ。それもやはり人間を嫌い、すぐに逃げてしまうので、双方が一緒になっているところを見たのは、これらの研究のために山奥の村で罠を仕掛け、三日三晩待ち続けた末にようやく巡り合いが叶ったとき以来である。月日にして二年と三か月。
「どうやって手に入れたんだい」
 思わず訊かずにはいられなかった。
 しかし彼もさすがにそれは企業秘密だと首をすくめ、「でも以前、研究で使った方は私がいただいたでしょう? だから今回先生にはいち早くご賞味いただきたくて」と言った。
「そのためにわざわざここまで……君だって暇ではないだろう」
「いやまあ、最近は前ほどではないですよ」
 それより、と彼は私の背後の飾り棚を指さした。
「そちらをお借りしていいですか」
 そこにある精緻な絵柄の入った皿とカップも、今とは違う時期に彼から贈られたものだった。
 私は目利きではないから、貰った時は「へえ綺麗な食器だねえ」なんて暢気に言っていたのだが、たまたま堺で骨董商をやっているという男がやって来たとき、「先生、えらい年代物をお持ちですなあ」と飾り棚を覗き込んだので、私は持っていたカップを取り落しそうになった、ということがあった。
 彼の仕事は貿易商である。したがってそういった舶来品とも出会う機会が多い。
 本来は貿易なんかに手を出さなくても十分にやっていける資産を持っているのだが、彼は珍しいものに出会えるからという理由で会社を立ち上げ、都会に店まで構えているらしい。
 残念ながら私は一度も行ったことがない。いつか行こうと思っているのだけれど、今のところは研究が第一である。これが落ちついたら、あれが片付いたら、そう思ってすっかり忘れてしまうのが私の悪い所だ。



「はて、これをどうしようか」
 彼が紅茶を準備している間に、私は箱の中から手を伸ばして銀色の硬い爪のようなものを振り回している白い方を見つめた。
「これはそのまま食すには向いていないと思ったが」
 彼はやかんに湯を注ぎ終わり、どこからかパンとジャムを取り出した。
「先生、ナイフを借りても?」
「ああ、これを使いたまえ」
 私が渡したポケットナイフで彼は器用にパンを二つにスライスし、テーブルに置かれた皿の上に並べた。そしてポケットから何本もの色のついた爪楊枝ようなものを出して、それも一緒に並べた。
「これは?」
「カクテルスティックです。同じものがなかったので、銀座の喫茶店で似たものをもらってきました。アメリカでは食べにくいものをこれで押さえるらしいですよ」
 本来は金属製のものらしい。先月アメリカから帰ってきた彼は、その食べ方にヒントを得て新しい方法を思いついたそうだ。
 彼は潔く箱に手を入れ、素早く黒いほうだけを摘まみ上げた。大人しいとはいってもやはり生きているから、それは驚いたようにパタパタと手足を動かしている。
 片方のパンの上に載せると、小さな体はころりと回転した。パンくずをまとわせた四肢をナイフの背で広げ、スティックで表面の黒い部分だけを縫い留める。人間でいうなら大の字というところである。
「慣れているねえ」
「うちのでだいぶ練習しましたから。でも初めは何回も引っ掻かれたんですよ」
 気づかなかったが、彼の手の甲には赤いひっかき傷がいくつも残っていた。おそらくはこちらの黒い方ではなく、白い方によるものだろう。
「いやあ、本当に手を焼きましたよ。どうしたら大人しくなるかいろいろ考えて、でもコツを掴めば意外と難しくもないということも分かりまして」
 彼は黒い方を見失って箱を壊さんばかりに殴りつけている白い方に、箱を傾けてやった。すぐに白い方は黒い方を見つけて駆けだした。ぴょんと箱を飛び下り、皿を踏み越えて、磔にされているのを助けようと駆け寄った瞬間、彼の指がすばしっこい体を捕えた。
 はっとしたように見上げる白い方に、彼はあくまで本体は傷つけないようにスティックを刺して、黒い方と白い方は綺麗に上下に重なった。白い方は渾身の力で手足を振り回そうとしたが、同じく磔にされた後では、柔らかいパンに黒い方を押し付けるだけである。
「ここまでくれば、あとはいかようにも」
 一番厄介な銀色の爪もあっさり奪い取って、彼は鼻を高くして言った。
 私は深く頷いてしまった。山で獲れただけあって、これらは食べようとしても一筋縄ではいかなかった。
 だがこうして縫い止めてしまえば、白と黒の邪魔な外皮をナイフで剥がして中身だけを味わうことも簡単だろう。そのままでは楊枝を刺す土台がないし、まな板に置いてというのもいまいちである。パンとは考えたものだ。
「あとは先生のお好きにどうぞ」
 彼は皿から離れ、私にそこを譲った。しかし私はそれを断った。
「せっかくだから最後まで君の思うやり方でやってくれないか。そこのジャムも、ちゃんとした使い方があるのだろう?」
 私が指さしたビンを見て彼は少しためらったようだが、ええまあ、と頷いた。自分でも本当はそうしたかったようだ。遠慮がちに視線をあげて、「先生がそう言われるなら」と言うと、もう意を決したようにシャツの袖をまくった。



 元々苺が特産品だったあの村は、砂糖で煮詰めたジャムが都会で流行り出したのをきっかけに、村をあげてジャム作りに取り組むようになった。名前を羽生蛇村といった。
 羽生蛇の村人たちは飯でも汁でも見境なくジャムを入れた。ジャムを万能調味料と売り出してさらなる収入源を確保したいらしい。だが世間でもまだジャムを知らない貧乏な人間は多く、知っていても活用法はせいぜいパンに塗るか添える、あるいは舐めるくらいのものだった。当時、研究のために村で寝泊りを繰り返していた私も、地方の村人たちの貪欲な商い精神には驚かされた。が、もう二度とあそこの蕎麦は食いたくない。
 話がそれたが、そのジャムがこれらの生き物を捕えるには非常に有効だった。
 生き物は餌場があるからそこに生息すると言われている。そこから私は仮説を立て、通常の苺の数十倍の香りを発散するジャムではどうかと考えた。
 結果は知る通りである。よく畑の苺が荒らされる農家の裏山にこぞって罠を仕掛け、三日三晩の後に捕獲成功と相成った。


 彼はジャムの前にフォークを要求し、ナイフとフォークを使って中身を傷つけないように上手に切り込みを入れた。
 この外皮というのは中身と完全に別の素材である。まるで私たちの服と体のように、体温調節の役目を司っているらしい。楊枝が抜けないようにに気をつけて、彼は外皮を少しずつ剥がしていく。
 ゆでた卵のようなつるんとした中身があらわれた。色は肌色。パンよりは白く、皿よりは黄色い。
「ここにジャムを塗るんですよ」
 彼は掬えるだけたっぷりとティースプーンにジャムを乗せ、上になっている白い方(もう色の区別はないが、便宜上)の背中に山を作るように落とした。
 食べるのはよくても体に塗られるのは嫌らしく、白い方はふるふると体を揺すった。ジャムの山が崩れかかる。彼は慌てずにスプーンをひっくり返して、小さな曲線を描く体に塗り拡げていった。下肢の隙間から下の黒い方にもジャムが掛かり、チッと小鳥のさえずりのような声が聞こえた。こちらは白い方とは違って敏感に体の反応を教えてくれるので、研究者には有難い存在だった。
 彼は何度もジャムを掬っては塗るという、パンにするのと同じ作業を繰り返した。
 初めは一匙で十分に多いと思っていたのだが、絵筆の先のような襟足や、煙管のくびれかと見紛う脇の窄まり、すもものように愛らしい小尻に塗りつけていくと、一匙ではとても足りなかった。特に人間の尻の部分は、塗っても塗っても間にできた隙間から奥に入っていくようで、彼はさらに二回もジャムを継ぎ足した。それがいっそう不快なのか、黒い方はピィピィと細い声で鳴き、白い方は何度も首を振った。
「これも、本当はここと、ここの間にジャムを塗れたらこの作業はいらないんです」
 彼はジャムを含んだ腹の間にスプーンを差し入れ、軽く傾けて隙間を見せてくれた。冷たい金属が柔らかい皮膚に食い込んでいた。そのくぼみに周りのジャムがとろとろと溜まっていく。しかし確かに胸の辺りはジャムが行き届いていなかった。
「やはり周りから塗るしかないんだろうか」
「今のところはそうしていますけどね」
 どうしても白い方を捕まえ、外皮を剥がす過程で先に塗っておくことは難しい。黒い方の外皮だけを剥いておいて…というのも考えたが、白い方の外皮でほとんど拭き取られてしまうのだ。
 あらかじめ剥いておいてそれらを、少し深めの皿に流したジャムに漬けておくという方法は良さそうに思えたが、漬ける時間を間違うと弱ってしまうのだった。
 このとき彼の頭の中では洋菓子作りにヒントを得て、袋状のものにジャムを入れ、二つの間に絞り出すという方法を考えていた。しかし試行が不十分であったので、帰ってから改めてそれを確かめてみたいと思っていた。
 一方私は、ジャム漬けになったそれらを見やり、もうすっかり食べごろだろうと彼を見た。
「ではあとは食すだけかね」
「いいえ、実はもう一つ、二つありまして」
「なんだい」
 私は待ちきれない、という声で聞き返した。
 彼は大人げない私に苦笑したように口元を緩め、余っていたパンを白い方の上に乗せて、手のひらでぐっと押し付けた。パンの中から苦しそうな二つの声が鳴く。
「何をするんだい、それでは潰れてしまうのでは」
「いえ、これが正しいやり方なんです。向こうではこうしてわざと軽く潰したり、擦り合わせたりして中の汁と絡めるんです」
「何と……」
 私はてっきりパンはただの土台で終わるのだと思っていた。だがこれならパンにジャムを塗るという手間も省けてそのまま食べられる。
「スティックもパンにはさんだ後で抜いてしまえば、食べるときに邪魔にもなりませんし、中身が逃げ出すこともありません」
 だが清潔感がない。アメリカではこんな手法がマナーとして許されるというのは意外である。
 彼曰く、私たちからすると汚らしい食べ方も、向こうでは日常的に国民が当たり前のこととしてやっているそうだ。
 しかし今回は、と彼はパンを再び剥がして横に置いた。
「潰した中身がどうなっているかを先生にご覧いただくために、これは乗せないでおきます」
 中身がどうなっているか、私は彼の言葉を頭の中で復唱し、それはよくジャムに浸されているのだろうと思った。
「先ほどもう一つといったのがこれですよ。私がこの方法をお勧めする理由がここにあるんです。まあ、見ていてくださいよ」
 彼は手が汚れるのも構わずに白い方の背中に手のひらを置いた。
 先の圧迫感で息も絶え絶えだったそれらは、彼が触れたのにも気づかないで大きく息を吸っていた。二つの顔に相当する部分がわずかに赤らんでいるのが、人間に思うような背徳的な響きを感じさせた。
 そこへ彼の手がもう一度力を込めた。白い方が息を詰め、黒い方がきゅう、と喉を反らせた。しかし先に比べると触れ方は大分柔らかいように見える。おそらくはそれらが逃げ出さないように押さえる程度にとどめ、これから披露する方法のためだった。
 皿の上で重なるパンと黒と白の生き物、そして彼の手のひらが一つになってサンドウィッチのようだ。彼はそこから全体を揺り動かし始めた。

 ジャムが二つの体の間でほどよく滑り、黒い方と白い方は裸の体を擦りつけられた。動きに合わせてまた黒い方がピィピィ鳴き出した。せっかく間に塗ったジャムが体が動く度に周りから漏れてくる。ああ勿体ないと私は思ったが、今は彼のすることを最後まで見届けるべきだ。赤いジャムがパンに次々染み込んでいくのを見ながら、彼の真意を探った。
 次第に私は気がついた。黒い方はずっと鳴きっぱなしであまり変化がないのだが、白い方が苦しそうに目を閉じて、体を縮こまらせている。彼は気づいているのかますます手の動きを速くした。ジャムが擦れ合う音が泥を踏み鳴らしているようだ。体の間のジャムも煮詰めた時のように泡立ち、黒い方の内股をゆっくり伝ってパチンと泡がはじけた。その拍子に黒い方がリスのようなつぶらな瞳を見せ、私はそれと目が合った。
 今になって、私はこんなことを告白する。
人間ではない小さな生き物に対してこんな気持を抱くのは気違いだと思われるかもしれないが、私はこれらがジャムの海で溺れている姿に言いようもない恍惚を覚えていた。
 もしこれが私たちと同じ人間だったなら、黒い方はよほど美しく喘ぎ、白い方は艶めかしく体をよじったのだろうと想像してしまう。一介の研究者たる私が道義的に許されない感情を抱くのは極めて罪深い。だが私は自分がそう思うのを止められなかった。
 私だけが感じているのだろうか。まるで人間の性交を傍観しているように思えてしまうのは、そう思って彼を見ると、彼は苦しそうにあえぐそれらに見入っていた。私とは異なる意味の目で、容赦なく手を動かし続けた。嗜虐趣味というのだろうか、彼の目と手は、焦燥感から我を忘れた男の暴走に見えなくもなかった。

 ジャムはすっかり零れ落ちていた。しかし摩擦熱で二つの体はジャムの色を移したような薄桃色に染まり、それらもまた何かの終わりに向かっていることを感じさせた。やがて鳴き声をあげるばかりだった黒い方にも変化が訪れた。
「あっ、先生、もうすぐですよ」
 掠れた声で彼が言った。
「ここ、ここを見てください」
 彼が指した股の合わせ目を私は覗いた。そこからかすかに透明、いや白っぽい液体が垂れている。正体は黒い方の性器らしき部分だった。影になってはっきりとは見えないが、初めより明らかに膨らんでいる。白い方も耐えているだけで同じ液体を零していた。
「でもやっぱりこっちも黒い方が先なんですね、うちのもそうですよ」
 彼は嬉しそうに言うが、黒い方はこれから向かう場所が怖くて仕方がないように顔を振った。ジャムで濡れた黒髪が散らばり、さらに高く上擦った声は電波塔のノイズにも似ている。
 マッチ棒のような腕が背中に回された。白い方の背中に爪を立て、足がぴんと伸びた。きゅう、きゅううう、最後の鳴き声は一際長かった。
 彼は満足げに手を退けた。二つの生き物は動けないようだった。先ほどの白っぽい液体が、もっと濃く、どろりと二つの股の間に滴っていた。
「これがジャムと合うんですよ。ちょっと苦いですけど、甘さと混ざってちょうどいいくらいで」
 彼は持ち上げた皿を私によこした。
 うつろになった二つの瞳が蛍光灯の明かりを映して光っていた。ようやく食べられる段階になって、私は腰が抜けたような虚脱感に襲われていた。歳だからだろうか。


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元ネタはいつもお世話になっている佳生さんからいただいた有難い漫画から。
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