※犀宮♀要素あり
鏡に映った犀賀はとんでもない一言を残してそのまま立ち去っていった。 聞き間違えがなければ、彼は「お前は男みたいだな」と言ったはずだ。 「ちょっ…ちょっと待ってください!」 宮田は誰もいない背後を振り返り、急いで犀賀を追いかけた。洗面所兼脱衣室を飛び出し、廊下に出たところで犀賀が立ちどまっている。 「なんだ」 「どういう意味ですか……」 「どうとは?」 「これのどこが男だって言うんです」 宮田は持っていたタオルを握りしめた方の手で自らを指した。どこから見ても女と分かる体だ。先ほどまで宮田は体を拭いていて、そのために上半身は裸であった。 「そこだ」 犀賀が指を差し、いったいどこだと宮田が自身の体をきょろきょろと見まわす。 「そうじゃない、そうやってすぐにポンポン服を脱ぐところだ」 数秒の間。 「はあ?」 宮田は片眉をあげた。 「どこがポンポンですか、体を拭くんだから裸になって当たり前でしょう」 「それはそうだが、お前はいつもそうやって上半身裸になってばかりのイメージがある」 「イメージって……イメージするのは勝手ですけど、私はむやみやたらに裸になったりしてません。せいぜい一日一回ですよ、今日も今が初めてです」 しかし犀賀は肩をすくめた。 「そうか?手が届かないから背中の毛を剃れとかこないだも言っていなかったか?その前は何だったか、汚したとか濡れたとかで」 そう言われてみれば一昨日犀賀に「浴衣を着るのにそのままなんてあり得ないです」と無理やり剃刀を握らせたような気がする。そしてその二日くらい前には風呂掃除で蛇口の方をひねったつもりでシャワーを頭からかぶって着替えていたような気がする。 「って、なんで毎回見てるんですか」 「お前が俺の目の前で服を脱ぐからだろう」 「そんなことしてません」 しているから言ったのだが宮田は頑なに認めようとしない。 「なら普通の女子は裸体をそんな丸出しにするのか?男に見られたら恥じらったりするもんじゃないのか」 犀賀のたとえは同じ顔の牧野を例に挙げている。牧野だったらこんな風に両手を腰に当てて仁王立ちはしないだろう。できもしないはずだ。 一方、指を差されてなお堂々とした宮田の佇まいといったら、風呂上がりの裸を見られても「キャッ」ではなく「なんですか、入ってるんですけど」だから、恥じらいもクソと一緒に吹き飛ばしてしまっている。 「知りませんよ、普通とか。私が普通だと思ったらそれが普通なんですから」 これだ。男と揶揄したくもなる。 まあ半分くらいは言っても無駄だと思っていたのでがっかりしないが、苦し紛れの皮肉はもういくつか言ってやりたくなるのだ。 「そうはいっても服一枚ですぐ裸というのがおかしいだろう、ペロンと脱いでその下に何かついてたら嫌でも目に留まる」 返事はなかった。否、できなかった。 数瞬前まで不愛想な表情を浮かべていた宮田は頬を膨らませ、顔をりんごのように真っ赤にしていた。 「どうした?」 「なっ、なっ、何かついてるって、何のことですか!」 「うん?ああ、ついてるだろう、二つ。あるんだかないんだか分からんものが」 「ちゃんとあります!!」 宮田のタオルが犀賀の顎めがけて伸びた。しかし頭二つ分も違う犀賀は少し頭を傾けただけで交わし、その後何度タオルが振りかざされても軽々と避けてしまう。 怒りと疲れで呼吸を乱した宮田は諦めて膝に手をついた。こんな時でも胸はやっぱり隠されていない。顔を赤くするところまではいいが肝心のところが丸見えなのは変わらない。 これは染みついた癖なのだろうと思った。医者だから裸を見るのにも晒すのにも抵抗がなく、業務の一環という意識は犀賀にもある。 しかし宮田は女だ。先ほどはあるなしをほぼ同義に扱ったが宮田の胸はちゃんとある。カップに相当するならAだろうけれどマイナスではない。だったらそれなりの恥じらいを身に着けて然るべきだと思う。まだ結婚もしていないのだし…… でもどうすれば。牧野の爪の垢でも煎じて飲ませるなんて非科学的だが、それ以外ろくな方法を思いつかない。犀賀が考えた時、宮田が背を向けた。 「……今度からは……なるべく見られないようにしますから……」 ぶっきらぼうな言い方ではあったが確かに聞こえた。簡単には非を認めない宮田の反省の言葉。これは進歩と言ってもいいのではないだろうか。 「そうしてくれ」 犀賀は少しホッとして踵を返した。いつまで続くか分からないが、少しは気にしているのなら良しとしよう。 しかし数秒もしない内にドタドタと荒々しい足音が犀賀を追い抜き、 「ちょっと待ってください、ないとか言って侮辱したことについては謝ってもらいます!」 裸の宮田が目の前に立ちはだかった。 やはりどうにかして牧野の爪の垢を手に入れた方がよさそうだ。 back |