10年目の大仕事 | ナノ


キャラ崩壊、捏造設定




 ぬるい雨が頬を打ち全身は濡れていた。
 牧野は頼りない足取りで一歩、また一歩と定められた場所に向かっていた。
 ―――中央交差点。
 そこでこれから彼と出会う。たった一人の肉親、宮田司郎と。
 既に母親同然の八尾に裏切られたという絶望は失せていた。何度目のループか、牧野は記憶をとどめた状態で転生した。
 頭にあるのは宮田との問答、その順番と最後に起こること。あれだけを間違えてはいけない。彼が拳銃を構えて取るべき自分の行動はもう決まっているはずだ。
 赤く明滅する信号機が牧野を迎えた。他に人の姿はない。
 変わりがなければあの角から現れるはずだが―――牧野は宮田がいないことにホッとした。
「牧野さん」
 ビクッと肩を震わせて振り返った。すぐ後ろに宮田が、もう拳銃を持ち上げている。
「みみっ、みっ、宮田さんっ!早まらないでっ、まず言うべきことがあるでしょう?えと、ええと、偶然ってやっぱり双子なんですね、って!」
「そんな台詞じゃありません」
「ああっ、そうでしたっけ!じゃあ私が先に言いますね!あーっと……それでも私は道化になりたかった!」
「牧野さん、俺の台詞混ざってますよ」
 宮田は手にした拳銃を己のこめかみではなく、牧野の方にまっすぐ向けた。
「まだるっこしいのでさっさといきましょう、さよ兄(さよなら兄さんの略)」
「うわああああーー!!」
 乾いた銃声が響き、倒れる音が聞こえた。宮田がもう一方の手で持っていた懐中電灯が落ち―――そうで落ちなかった。
 懐中電灯は手から離れ、アスファルトにぶつかるかという寸前で素早く腰を落とした宮田に、早打ちガンマンのような離れ業でキャッチされた。
 無事に仕事を終えた宮田は立ち上がり、地面に倒れている黒衣の人物を見て口元をゆがめた。
「……やりますね、ちょっと本気だったんですが」
「し……し……」
「……?」
「死ぬかと思いましたッ!」
 腹筋を使ってガバッと起き上がった牧野が叫んだ。
「私が避ける練習してなかったらどうするんですか!毎日毎日、私が手製の宮田さん人形から発射される輪ゴムピストルを避ける練習をしていなかったら!」
 宮田の脳裏に教会の裏で毎晩明かりをともしながら滑稽な練習に精を出す牧野の姿が浮かんだ。
「そんなんで実際の銃弾を避けられるんですか、それじゃあ俺も本当に用無しになるわけだ」
「そ、そんなことより!宮田さん、もう殺すのはいいんですか?」
「はい?」
「だって宮田さんは何があっても真の求導師〜漆黒の衣をまといし赤い海に降り立つ沈黙のメシア〜になって、喪われし常世との絆を結んで屍人たちを清浄の地に導くんじゃないんですか?」
「なんですかそのどっかの風の谷が混ざった中二病みたいな設定は」
「だだ、だって私、一発だけなら誤射かもしれないってことで、宮田さんが何が何でも殺しに来るだろうと予測して、二発目以降を避けるために連射可能な輪ゴムマシンガンまで開発してたんですよ?」
「もう求導師辞めてロボコンに出た方がいいですよ」
 拳銃を下ろし宮田は肩を竦めた。殺意など初めからない。牧野を殺そうとしたのはいわば通過儀礼であり演技だ。
 その証拠に宮田はくすねた38口径の拳銃を仕舞い、牧野に手を貸して彼を起こしてやった。
「ど…どういうことですか?」
 当然牧野は訝る。が、宮田は答える風もなく歩き始め、交差点の角に立っている廃材をベリベリと剥がし始めた。
「な、なにをしてるんです?」
 牧野が後ろから覗き込もうとすると、「きゃっ」という子供の声と共に小さな少女が這い出てきた。
「君は……春海ちゃん!?どうしてこんなところに……」
 牧野が春海と呼んだ少女は怯えたようにその場で蹲ってしまい、短パンから出た膝小僧を抱いて顔を隠してしまった。
「ああ、春海ちゃん怖かったんだね、もう大丈夫だよ私と宮田先生がいるから……」
 「牧野さん、彼女にそんな気遣いは必要ありません。なんたって伝説の幼兵の名を欲しいままにしたシホウデンシュンカイ殿なんですから」
「しゅ、…え?」
 難解な名前を覚えられずに牧野は訊き返した。すると、宮田の足元で目を覆っていた春海がすっくと立ち上がった。
「フッ……バレちゃあしょうがない……」
「誰!?」
「アンタたち、あそこに行くんだろ?偵察は私が済ませておいた。本当なら礼の一言でも行ってもらいたいくらいだが―――まあいい、着いてきな」
 後ろへ親指を向け、「あっちだ」と顎をしゃくる。その動作といったらニヒルな表情と見事にマッチしているが、完全に子供の言動ではない。日曜洋画劇場に出てくるナイスミドルの上官の仕草だ。
 春海を指したまま牧野はあが、あががと意味不明な言葉をつぶやき、「だから伝説なんですって」と宮田がその肩を叩いた。



 春海、いや伝説の幼兵の先導で中央交差点を後にした二人は、いったん屍人ノ巣に戻ったのだが、儀式の行われる水鏡の間とは別方向へ進んでいった。
 少女しか通り抜けられないような小さな隙間を先ほど宮田がしたように廃材を崩しながら進み、ようやく開けた場所に出たところだった。
「あー!春海たち来た!こっちです、こっち!」
 茶髪の青年がこちらに手を振っている。傍には美耶子、淳、亜矢子の神代家一同から、知子とその両親、恩田美奈とその妹など……大勢の人間が廃材に腰を下ろして牧野たちの到着を待っていた。
 顔ぶれの中には分校の教師や、儀式の時に見た眼鏡の女性とその保護者らしき人物もいる。志村と一緒にいるのはテレビで見たような、見なかったような。
「須田です」
 差し出された右手をとりあえず握り返す。
「あ、どうも……」
「求導師さんだよね?俺ずっとこっちの人が求導師さんだと思ってて」
 と言って宮田を見る。
「はあ……」
「おいSDK、そんな挨拶はいいだろう。とっとと任務を済ませるぞ、ここまでの任務は順調に来ている」
 春海が須田の裾を引っ張った。任務というのは宮田と牧野をここに連れてくることだったらしい。SDKという呼び名を聞いて牧野はジャングルを駆け巡る二匹のサルを想像したが、そうではなくてたぶん何かのコードネームだろう。
「じゃあ皆さーん、これから一緒に夜見島に向かいます」
 SDKこと須田の説明に夜見島?と首をひねったのは牧野だけだった。どうやら他は全員説明を受けた後のようだ。隣にきた知子に尋ねると「長崎の方にある島のことですよ」と教えてくれた。
「通路はここを使います」
 そう言って須田が指さしたのは謎の空間だった。黒い楕円形の中に絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような色の世界が広がっている。そこを使うとあっという間に夜見島にたどり着けるらしい。屍人だらけのこの世界も大概無茶苦茶な論理で成り立っているような気がするが、SFなんかによく出てくる次元転送の穴まで出てくると、牧野にはもう着いていけなかった。
「質問だが、そこを通るのに危険はないのか」
 手を挙げたのは竹内だった。
「大丈夫っす、俺が何度も通って試してるから」
「わ、私たち普通の人間なんですけど……」
 姉の後ろから顔だけ出した理沙も言った。
「うん、それについても―――たぶん大丈夫」
「多分て何よ!何かあったらどう責任取ってくれんのよ!」
 派手な外見の女性が叫び、こんなことには参加しそうにない志村も無言で頷いている。
「そんなこと言ってももう穴開けちゃったし、ここにいたってしょうがないって話はさっき説明したじゃないですか」
 須田は困ったように眉を下げて、腕組みをしていた美耶子に視線を送った。
「お前ら!つべこべ言うと問答無用でいんふぇるの送りにするぞ!永遠の馬鹿さとか言って犬屍人になりたくなければついてこい!」
 なんだかよく分からないが美耶子様の大股開きと威勢の良い啖呵の切りように圧倒され、全員が謎の力で首を縦に振らされた。約一名は「馬鹿じゃないわよ…!」と愚痴っていたが一同はその穴を通って夜見島に移動することになった。

「はーい、はいはーい、足元に気をつけて下さいね〜新聞や雑誌は入り口で取ってくださ〜い、中学生以下は一人二個まで飴をもらえま〜す」
 そんなものいるのか、と思ったがロープと八尾のヴェール以外ろくなものを持っていなかった牧野はとりあえず雑誌をもらった。
 アトランティス増刊号……非常にパチモンくさい雑誌だった。
「なんか初めて飛行機乗る時みたいですね、先生!」
「安野、あまりはしゃぐんじゃない、何があるか分からないんだぞ」
「知子、飴もらえた?」
「うん、一個お母さんにあげるね」
「お姉ちゃんどうしよう〜」
「大丈夫よ、今回先生が使わなかった脳波測定器ちゃんと持ってきてるから」
「そうじゃなくて、こんな恰好で来ちゃって、向こうでイケメンの人とかいたら幻滅されるよね〜?」
 これから名前しか知らない場所に怪しい空間を通って行くというのに、何だろうこのほがらなか雰囲気は。少し前まで生きるか死ぬかの危険に晒されていたとも思えない。遠足に行く小学生のような、夜見島観光に浮足立つ羽生蛇村御一行様である。
「はいはい、こちらで〜す」
 大きく片手を上げた異界添乗員須田を先頭に、極彩色のトンネルを羽生蛇村の大名行列が通っていく。ぞろぞろ、がやがや、賑やかな一列が夜見島に着くまでほとんど時間はかからなかった。具体的には五分か六分、そのくらいだ。

 そよ風に乗ってやって来る潮の香り。
 南国の空気とどこからともなく聞こえるけたたましい銃声音。
 ―――銃声音?
 こういう時は普通、出迎えのレイとパーカッションが効いたハワイアンな音楽が相場ではないのだろうか。
 しかし一行を待ち受けていたのは観光地という言葉から程遠い場所だった。瞬時に全員が悟った。こいつぁ駄目だ、ここも羽生蛇村と変わらねぇ、と。
「どこ?」
 美浜の疑問は半壊した学校を前にした感想でもあった。
 折部分校が新築の超優良物件に思える。建物全体が形をとどめているのが奇跡のレベルであった。
 その時、煙を放つ小さな閃光がガラスの無い窓に投げ込まれた。あーと口を開けて全員が見守るなか、ドーンという音が聞こえ、次の瞬間、辺りを照らすまぶしい光と共に学校の中から黒い芋虫のような化け物が何匹も飛び出してきた。
「気持ち悪い!」
 悲鳴を上げたか弱い女性たちの中には牧野もいた。知子の後ろに必死になって隠れていた。
「大丈夫ですよ、求導師様」
「知子ちゃん……!」
 ジャージを握りしめる牧野の手を知子がそっと包み込み、横ではあんたそれ持ってるんだから何とかしなさいよ、と志村の後ろに隠れた美浜が猟銃を指して叫んでいる。
 気持ち悪い化け物の弱点は光のようで、学校から飛び出た順に閃光の光にやられ、一行に近寄る前に霧消していく。
 それを指差し確認しながら「めんそ〜れ」と同じ発音で「化け物め〜」と言って近づいてくる男がいた。やって来たのは眼鏡をかけた背の高い青年だった。
「ようこそ皆さん夜見島へ。これからは俺が皆さんを目的地までお連れしますね」
 営業スマイルの後ろでまたも銃声音。遠くからオマケのように「健康優良日本男児なめんなよー!!」という叫びも付いてくる。これのどこがようこそだ、と全員が思った。青年のベルトに挟まる9oのオートマチックといい、まだしも羽生蛇村の方が平和のような気がする。
「いや、今はちょっと立て込んでまして」
 青年は一樹といい、周囲の惨状を社内のゴタゴタを誤魔化すサラリーマンかのように説明した。「いいから、どうぞどうぞ」的な強引さは同じ案内役の須田にやや似ている。
 安全な場所と言われて向かったのは近くの物置小屋だった。振り返って今までいたところがグラウンドだったと気がつく。あそこよりはマシだが、しかしそこもやっぱりゴタゴタしていた。
「キャー!三上さん、私にもサインしてください!」
「ちょっと私が先よ!」
「何よアンタ、さっきまで三上さんのこと知らなかったくせに!」
 三人の女が掴み合って罵り合っている。それを見ておろおろと顔を左右に動かしているのは犬を連れたサングラスの男性だ。線の細さと遠慮がちな雰囲気から彼が三人を止められる可能性は毛ほども感じられない。
「誰ですか?」
 宮田が問うと「有名な小説家の三上脩さんですよ、彼がテレビに出てるアフタヌーン王子だって知ったらああなっちゃって」
 それを聞いて走り出したのはミーハーな美浜、安野、恩田姉妹、知子だった。ずっと知子の後ろにいた牧野はすがる人物がいなくなってしまったので、とりあえず近くの名越の後ろに隠れておく。
 また別の声が聞こえてきた。
「私のブレスレット……あれ宝物なのに……」
「しゃーねーな、ほら、俺のとっておきをやるからよ」
 取り出されたネックレスを見て、泣きべその少女はぷいと顔を背けた。
「いらない、そんなピュアゴールド王将」
「てめっ、これ純金だぞぉ!?」
「まあまあ、市子ちゃん、腕輪はおじさんがあとで何とかしてあげるから、ひとまずその餃子の王将もらっておいたら?」
「ピュアゴールドだよ!俺の一世一代の持ちネタ間違えてんじゃねぇぞ!」
 少女はセーラー服着ていて、絡んでいるのはモヒカンのチンピラ、それをなだめているのは人の良さそうな壮年の警察官だった。
 取り合わせの基準が不明である。もう誰がどういう関係なんですか、と訊く気も起きなかった。自分たち村のメンバーもそれなりに脈絡のない人選であったが、彼らは一段と統一感のない出で立ちの者が多く、盛大なコスプレコントを見ているような気分だ。ここでもまた緊迫した空気とかけ離れた暢気なやり取りが繰り広げられていたのである。
「一樹、こっちは片付いたぜ」
 威勢の良い声と共に迷彩服の面々が駆け足でやって来た。新たなコスプレ要員の登場である。
 茶髪の若い隊員が一人、中年のひょろっとした隊員とスキンヘッドのがっしりした隊員の三名であった。
「ああ、だがまだSDKの姿が見えない」
「んだよ、早くしねぇとまたあいつら湧いてくるかもしんねーのに……」
「おい」
 春海だった。
「こっ、これはシュンカイ殿!」
「SDKはまもなく来る、それまでに人員の把握と次の目的地の確認がしたい、皆を呼び寄せろ」
「誰だ?この女の子……」
「馬鹿永井っ、頭を下げろ!」
 小声で叫んだ一樹に無理やり頭を押さえつけられた永井という自衛隊員は訳が分からないながらも従った。しかしその後ろにいる中年の二人は理由が分からないので反応がワンテンポ遅れた。
「三沢、久しぶりだな」
「三佐、知り合いの子ですか?」
「いや、こんな子供は……」
 軽くあしらおうとしていや待てよ、と三沢の脳裏に映像がよぎった。あれは二年前、確かどこかの村の災害派遣に行った時―――
「いいのか?お前が時々女装コスプレに興じている画像をネットにばらまいてもいいんだぞ?」
 少女と思えない低い声に三沢は震えあがった。言葉も出せず、目を見開いて「お前は護衛な」と言った春海に頷くしかない。やり取りを知らない沖田は隣で首を傾げるばかりであった。

 そうこうしている間に全員が集まった。羽生蛇村からは18名、夜見島からは12名が須田・一樹を中心を囲んで円形になっている。
 実は集まるまでにも苦労があった。一樹の鶴の一声で夜見島メンバーは一瞬で集まる―――はずだったのだが、一樹にそれほどのリーダー性も人望もなかった。なので女性に多大な権力を発揮する万国共通の秘策「イケメン」にお願いすることになった。
 ひそかに一樹もイケメンなのだが、眼鏡と中二病発言でいまいち残念なイケメンの域を出ない。そして同じイケメンなら中二病よりアフタヌーン王子であった。
三上が少し頼んだだけで彼女たちは素直に集まった、ということなのである。
 一方途中までは皆を先導していた須田はそれまでどうしていたかというと、出口の所で回収した雑誌をどうしたら簡単に上手く結べるのか、確か伊東家で見たのはこのやり方だったはず、などと時間を食って遅れたのだった。
 「もう結び方なんてどうでもいい!」と美耶子に怒られた須田が到着し、ようやく主旨の説明が始まった。
「さて羽生蛇村の皆には伏せてたんだけど、今からまだ別の場所に向かいます」
 ええーと声をあげる者もいたが、竹内、宮田などはうすうす分かっていたようである。
「実は行先を言うと混乱するかもしれないって黙ってたんすよ、でももう行かなきゃいけないから言うんだけど……」
 全員が耳を澄ます。
「羽生蛇村です」
「はああぁっ!?」
 大半の人間は同じ反応だった。羽生蛇村の面々はまた戻るのかと須田に尋ね、夜見島の面々は連れていってどうする気だ、本当に帰れるのかということを一樹に尋ねた。
「ちょ、ちょっと待ってください、順を追って!ちゃんと言いますから!」
 ゴルフクラブや目抜き大切を持った女性たちに囲まれ、一樹は必死になだめ諭そうとする。
「えーと、つまり正確には俺たちが出てきた羽生蛇村じゃなくて、別の羽生蛇村ってことなんだけど」
 その言葉に喜代田や郁子、ともえらは振り返った。それはつまり……と竹内が頭の中で組み立てた考察の結論を述べる。
「平行世界……パラレルワールドということだろうか?」
「漫画みた〜い」
「みたい、というかゲームだけどな」
「ちょっ宮田さん、メタ発言はやめてください!」
 須田は頷き、パラレルワールドへとまた先ほどのような穴を通って行くのだと言った。
 最終的な結論が出るまではややしばらく押し問答が繰り返された。だが行く当てがなく結局は須田に従うしかない羽生蛇村一行には反論の余地がなかったし、夜見島一行もずっと異世界にいたい訳ではない。聞けば最後は現世に戻れる、そのための経緯だということで最後は全員が納得して平行世界の羽生蛇村へと移動することになった。



 移動二回目ともなると元祖羽生蛇村の一行には真新しさはなくなる。しかし着いた先で一行を出迎えた面々はまだ何もしていないのに、もう疲れたような「ああまたか」みたいな顔で三十名の一行を歓迎もしなかった。もとより歓迎を期待している者などもういないのだが。
「なに?疲れてんのハワード」
 教会の敷地で体育座りをしていたハワード、美耶古、サム、メリッサ、ベラ、ソル、犀賀、嶋田の八名は一行の到着にほとんど無反応でぐったりしていた。
「もうねぇ……ぶっちゃけ疲れたよね。アマナがさぁ、知り合いだって人を連れてきて僕らをこきつかうんだよ。君たちが来るって言ってた時間から僕たち数時間も待たされて、その間ずっと働きづめだったの、分かる?」
「あ……ごめん…てかハワード、片言忘れてるけど……」
 須田が指摘するとハワードは物凄く何かを言いたげな視線をやり、はあ、とため息をついた。
「もうキャラ作る元気もないよ、マジで。俺、本名山本だし……」
「え、マジで……?つかお前のアレ、キャラだったの……」
 その時頑丈そうな教会の扉が開き、中から一人の女性が金色の髪をなびかせて現れた。
『ああ、皆さんやっと到着されたのですね!準備は全部整いましたよ、あとはやるだけです!行きましょう皆さん、最後の地へ!』
 女は全員に呼びかけた。しかし一行の九割は内容を理解できなかった。
 理解できたのは出てきたのは真っ赤な修道服をまとった外国人の女性ということだけで、唐突に聞こえてきた流ちょうな英語を聞き取れたのは竹内と宮田、かろうじて一樹くらいだった。
「皆さんを待っていたんです、これから最後の地へ向かいましょう、と言ったんですよ」
 その後ろから出てきた女性を見て牧野は驚愕した。宮田も、淳や亜矢子も、羽生蛇村の人間は皆一様に驚いた。
「八尾さん!!」
 空気が一気に緊迫する。この女が全ての元凶だった。殺すか否か、そんな思いまで各々の脳裏によぎった。それだけのことをされてきたのだ。何度ループを越え、苦しんできたか、それは全てこの女のせいだった。
「待てっ、お前ら!」
 美耶子がそれらの思いを察したように声を発し、両手を広げて八尾の前に立った。
「待て、お前ら……今はまだその時じゃない。それに、お前たちが考えているようなことでは解決しないんだ」
 美耶子は一歩も退こうとしなかった。
 罪にまみれた八尾ならいざ知らず、無辜の美耶子を撃つことはできない。彼女の行動にはさしもの宮田、志村でさえも攻撃態勢を解き、浮かせていた腰を下ろすほかなかった。
 その様子を複雑な表情で見守っていた夜見島一同にも最後の敵と呼ぶ相手が現れる。
 ともえの目の色が変わり、阿部がある名前を言いかけ、三上がツカサの視界を通して彼女の登場に驚いた。
「話は終わった…?じゃあ早く行きましょう……時間がないから……」
 岸田百合、同時に多河柳子であり、加奈江という女でもあった。
「アンタッ!!」
 暴れようとした娘を父の常雄が取り押さえ、目抜き大切は地面に落ちた。百合は瞬き一つせずその様子を眺め、優しい声で
「分かってくれて嬉しい……通路はこの先よ……」と奥へ消えていった。
 正直、誰も通路やこの先のことなど考えていなかった。目の前のそれぞれが自分の敵であり、この人物を倒さねば自由はないと思っていた。
 百合を追うように教会の扉をくぐった夜見島一行に続いて八尾、羽生蛇村の一行も中に入った。

 煉瓦造りの古ぼけた教会はひっそりと村の中だけで信仰されてきたことを表すかのようにこじんまりとした建物であった。
 しかし実際目にした教会の内部は、その圧倒的広さで全員を驚かせた。
 隠し収納でスペースを有効活用というレベルではない。質量保存の法則を無視した高い天井がドームのように広がる明るい空間だった。
 中央に敷かれた赤いじゅうたんの導く先にあの穴がある。しかしそれは一回、二回と通ってきたものとは桁外れの大きさだった。
 壁一面が丸ごと穴になっている。そして穴の向こうのトンネルの色も今までとは違う。色とりどりの光が宝石のように散りばめられ、輝いていた。まるで万華鏡の世界。極楽と謳われる常世はこの道のりの先にあるのではないかと思えてくる。
 須田、一樹、ハワードはその穴の前に立った。
「俺たちはずっと堕辰子とか母胎とか、そんな奴らを本当の親玉だと思い込んでたけど、本当は違ったんだ」
「そのことに気がついたから俺たちは俺たちしか持ちえない力を使って皆を集め、導いたんです。それが観測者としての俺の役……」
『いいから、ここを通れば最終決戦なんだよ!』
 キレ気味のハワードの発言を最後に、穴は自分から広がり始めた。それがきっかけだったのか、肝心の台詞が英語だったので、ほとんどの人間が変化のタイミングに動揺した。
 外側からスポットライトが狭められていくように全てが穴の中の色とりどりに染まっていく。慌てふためく彼らに「大丈夫、心配しないで」と語りかける声が聞こえた。
 八尾でも百合でもアマナでもない、誰でもない声を宮田は遠い昔に聞いたような気がした。





「どこ?」
 夜見島に来た時と全く同じことを美浜は言った。しかしそれが総意だった。
 近代的なビル群の中に街路樹を脇に従え、ガラスケースのような風貌の四角い建物。
 その入り口近くのポーチに黄色い枠線で囲われた特設会場が出来ている。
「ここが元凶の本拠地?」
「そう!」
 朝礼でよく使われる鉄製の壇に須田は駆け上がり、設置されたマイクを手に取って声を張り上げた。
「よくぞ聞いてくれました、そう、ここは全ての生みの親、あるいは皆さんの故郷とも言うべき……ソ●ー本社です!!」
「ええええええ!!!!」
 一斉に驚きの声が上がった。誰も予想していない場所であった。
 というか、今までの展開と異界での死闘を全部返してほしい思いであった。
「ここに来て何しろって言うんだよ、現世に来てやらなきゃいけないことって何なんだ」
 三沢が言う通り、全ての元凶となった場所に向かうと言われて皆が想像したのは、堕辰子や母胎か、それを超える存在を倒すことだったのに―――
 ここはどうみても現代。
 会社の周囲は通勤するサラリーマンやOLたちがすれ違い、銃や鈍器を持つ彼らは異様な目で見られている。人目もあって武器を置いた面々だが、それでもコスプレ集団であることは変わりないのでやっぱり注目を集めている。
 この際、このまま帰るのは駄目なのかと安野が問うと、須田にきっぱり却下された。
「ここに来たのは俺たちにしかできなくて、俺たちだからこそできることをやるためです!従ってそれが終わるまでは帰れません!」
 恒例のえ〜という声が上がる。
「文句イッテモ、帰レナイヨ!」
 テンションの復活したハワードがキャラも復活させていた。須田に便乗して壇上に上り、黄色のメガホンを持って叫ぶ。
「SIREN続編に向けての署名活動、および本社への嘆願を行います!」
 いつの間にか須田を始め一樹やハワード、そして八尾・アマナ・百合の面々は、皆揃いの赤いハッピと白いハチマキをしていた。そしてそこには「求む!SIREN続編!」と書かれている。
「はいじゃあまずこの用紙に記入してください」
 一樹が束になったプリントを配り、百合が筆記用具を手渡して回る。
 全員が地べたに這いつくばるというのは周りの皆さんの迷惑にもなるということで、配られたのは人数分の画板だった。一見するとチキチキソ●ー写生大会である。
「皆さんSIREN NT以降の続編の情報がないので、ぶっちゃけ『もうSIRENの続編が出ないんじゃないか』と残念に思ってましたよね?」
「そりゃそうだけど……」と喜代田。
「過去に署名活動をして沢山のファンがいるならと続編が実現した例はあります!俺たちも負けないでこの気持ちを訴えましょう!」
「でも署名って名前書くだけでしょう?」
「それに私たち全員でも50人もいないよね?」
 画板を首から下げた絵画教室の生徒のような恩田姉妹。
「大丈夫、これから何百人と来ますから」
 自信満々に言った須田は、懐からどう見ても仕舞っておけるはずのない大予言を取り出した。一升もある大ビンをラッパ飲みの要領で逆さにし、瓶口を口元に近づける。
「おい!ガキが酒なんか……」
 阿部の制止に美耶子が邪魔するな、と手を伸ばした。
 須田は瓶口をパクっと咥え、そこから一気飲みでも始めるのかと思いきや、吸い込んでいた息を全力で吐き出した。
 高らかにホラ貝の音が轟く。ビール瓶からこのような音が出るとは、ブォォ〜ブォォ〜という大音量にチラチラと通り過ぎる度にこちらを見ていた通行人たちはついに驚いて足を止め、SIREN一同もぽかんとしている。何がいったいどうなるのか。

 初めに反応したのはケルブとツカサだった。ピクピクッと耳を動かしたかと思うと、飼い主に異常を伝え、そして大声で吠えはじめる。
「なに?何なの?」
 郁子が慌てる。
「もしかして……これはDog Endingというやつではないか?私が昔読んだ小説には犬小屋の鍵を手に入れておくと、最終的に全てを操っていたという犬のコントロールルームに繋がる部屋にたどり着くんだ」
「ディレクターは一緒だけど、“サイレン”違いだぜ、三上さん」
 やがて遠くから虫の羽音と獣のような唸り声が聞こえてきた。地響きもである。それが近づいてくるにつれてだんだん大きくなって、点のような大きさだったそれが何であるか、数百メートルの距離になってようやく分かった。それは屍人・闇人・屍霊・闇霊の集団だったのである。黒い雲のような羽屍人と屍霊の塊を見てOLが気絶し、通り過ぎる屍人と闇人に自転車に乗ったバックパッカーがスリップした。
 彼らを先導している中心人物が須田の前に降り立った。
「石田さん!」
 何かを喋っているが大層な付属物が顎にくっついているので言っている言葉は分からない。
「こちらの皆さんも署名と嘆願のために駆けつけてくれました!後ろのスペースちょっと開けてあげてくださーい!」
「どうなってるんですか……」
「驚いたか牧野、恭也はループを繰り返す毎に石田が酒好きということを利用して、ついに空瓶から香る大予言の匂いで操るところまで行き着いたんだ」
 それはもう行きつくところまで行き着いてしまった感じである。屍人を解剖した宮田を見た時のように「きゅるってる!」と言って済ませられたら、どれだけ良かっただろう。

 元村人の、現屍人・闇人・屍霊・闇霊の皆さんは残念ながらペンが握れず、握れたとしても日本語を扱えないため、文字を日本語に起こさなければならない。ということでそれらの文字を理解している者が代筆し、それ以外の者は須田に言われた順番で署名を始めることになった。
「すみません、私の犀賀先生に対する思いは署名だけでは伝えられないと思うんですけど……」
 幸江の申し出に須田は別に用意していた便箋を取り出した。
「そういった方はお手紙!こちらにこれまでのシリーズで『ここが面白かった!』『ここが難しかった!』『婿養子はえなり!』などの感想を書いてください」
「おい最後のは何だ」
「プロデューサーさんカッコイイ、音楽が良かった、シナリオについて、その他もろもろ!現在は散ってしまった元SIRENチームへのそれぞれの応援メッセージでも構いません!なお、それ以上に熱い思いを伝えたい人は、パソコン・携帯から署名サイトにアクセスして、そこからメッセージを送ることもできます。そちらでは希望する機種などの入力項目もあります」
「おい初めからそっちの方が効率いいんじゃないか」
 犀賀が進行の無駄を冷静に指摘すると、八尾が目の前に立ちはだかった。
「うふふ、手書きの方が心がこもってるでしょ?文字も何も一緒くたになって誠意も伝わらないメールなんかより手書きの方がずっといいのよ!」
 見つめ合う二人、まるで天敵に遭遇したかのように視線の間で激しく火花が散る。文明の利器派VS昔ながらの手書き派争いである。
「求導師さま〜知子イチゴのシール持ってるんだぁ、求導師さまのにも貼ってあげるね!」
「あ、ありがとう知子ちゃん……」
「いい!いいよ知子!そうやって子供も楽しんでます的なアピールをするんだ!」
 スタンドからマイクを外して須田が知子を指さした。
「特に知子は絵が得意だから、SIRENのイラストなんかを書き添えるのもいいかもしれない!」
「よし、私もひと肌ぬごう」
「は、春海ちゃん…春海ちゃんの絵はちょっと怖いから……楽しんでるところの写真でもいいんじゃない?」
「いや、その方が世界観にもマッチしていいでしょう高遠先生、もしかしたらゲーム内で使ってくれるかもしれない、なあ春海ちゃん」
「私に触れるなロ●コン」
 三沢さんはいいのに私はどうして……と名越は遠くで肩を震わせ、ひっそりと泣いた。
『ハッ、こんなことして本当に続編が出ると思ってるのかジャップは?中学生を起用した結果が苦情CMだったじゃないか、だいたいSIRENはCERO“C”だろう、中学生がそんなことして逆効果だったら……』
『アンタ余計なこと言わないの!こういうのはやったもん勝ちなのよ!私たちのベラもきっと製作スタッフの心を動かす(トラウマを残す)ような名画を描けるわ!』
『わぁ〜可愛いイラストだねベラ〜』
『触んなロ●コン、だからお前はどうあがいてもソルとか言われるんだよ』
 怪力屍人はいいのに私はどうして……ソルは名越の隣に並んで一緒に泣いた。

 全員が署名を終えると、嘆願の準備が始まった。
 今度は全員分のハッピとハチマキを配られる。えぇ〜こんなダサイの着たくない〜などという女性陣。
「確かにこのデザインは流行遅れと言わざるを得ないが、皆さん、考えてみてください。もしこれで続編ができて再び俺たちがキャラクターとして起用されることになったら……」
 一樹の言葉に皆が首を傾げる。
「役者としてまた知名度が上がって売れるチャンスかもしれない!」
 各々から一斉に「お前はもう十分知名度あるだろ!」とか「メタ発言すんな!」という野次が飛び交う。
「止めて下さい!●棒もテ●プリも皆さんでは無理です、俺でなければ出られなかった、そもそもそれは俺が俺という……」
 言葉を待たずさらに筆記用具まで飛び交い始めた。

 一樹をフルボッコにして一部の人間の溜飲が程よく下がったところでダブル美耶子による歌の説明が始まった。
「歩く時は先頭の人が横断幕を持って、後ろの人はプラカード、そして全員でテーマ曲を歌うんだ」
「テーマ曲ってなんだよ?」
 永井の質問に待ってましたと須田が手元のメモを読み上げる。
「主に一作品に付き一曲!SIREN1からは奉神御詠歌!SIREN2からは巫秘抄歌!SIREN NTからは恋の三角海域SOS!」
 犀賀がハワードに耳打ちした。
「……なんだかこのラインナップだと俺たちが凄く恥ずかしく思えるな……」
「ア〜チョット分カルカモ〜」
「エンディングは私の彼の左手に肉球です!」
 先生の出番ktkrとひそかに竹内押しを狙う安野。
 それぞれの歌については割り当てられた指導員の歌唱指導を受けなければならない。牧野は八尾と一緒に奉神御詠歌の担当に当てられた。
 八尾がオルガンに座り、歌詞を書いた模造紙を指差して牧野はまず歌詞の説明から始めようとする。
「いや、そういうの良いんでー」
「早く歌教えてくださいー」
「あっ、そうですよね…すみません…!」
 我が兄ながらこんな人に任せて大丈夫だろうかと宮田はひそかに心配した。
 しかし三十分後―――
「違います!前奏のそこはうっ↑うー↓じゃなくてうっ→うー↓です!宮田さん、私と同じ声で間違えないでください!あとアルトの声量が小さいので美浜さん、高遠先生、喜代田さん、メリッサさんたちはもう少し頑張って、三沢さんは顔が怖いので何とかしてください!」
 俺かよ、と眉をひそめた三沢に沖田と永井が爆笑する。皆も本当は笑いたいが相手が三沢だということと、予想以上のスパルタ練習に早くも一曲目にして疲れ始めているのだった。
「ふぅーやっと何とか形になってきましたね、八尾さん!」
「ええ、ここまで来たら完璧な輪唱を目指しましょう!」
「阿部くん、こうなると私たちもあそこまでしなきゃいけないんだろうか……」
「いやっ、俺たちは軽くでいいと思うぜ!だいたい聞いて知ってるしよ!」
「ところで俺たちは誰が手本を歌うんだ…?」
「エッ犀賀ジャナイノ?」
 それを聞いた幸江がそれいいですね、とアマナのところへ駆けていった。
 冗談じゃない、犀賀は天を仰いだ。
 真っ青な空のてっぺんに太陽が昇っている。朝から始まってもう昼か、会社に入るのはいったい何時になるのだろう。手元の腕時計を見たら狂ってちっとも使い物にならなかった。
「おーしみんな大分上達してきたから、あと三回総練習したらアポ取りまーす」
「とってなかったのかよ!」
 全員を代表して淳が突っ込んだ。その時須田の持っていたメモ用紙が一枚風に飛ばされた。
 そこにはこう書いてあった。

 この中で行われる署名活動・嘆願はフィクションです。
 実際に行動に起こす際は正しいマナーを踏まえ、詳しい方に必ず相談の上進めるようにお願いします。
 そしてSIREN10周年おめでとう!
 続編を心からお待ちしています!!

おわり

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本当に続編きてほしいですね…!
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