刈る者刈られる者 | ナノ


淳牧要素あり




 俺たちに残された時間はあとわずかだった。
 じきにこの薄暗い住処さえもあの男たちは荒らしに来る。我が物顔で踏み入り、俺たちは引き剥がされる。そして口にするのも恐ろしい、あることをされる。
 同じようにここに押し込められている彼らは皆、異常な雰囲気を察して不安に目を移ろわせている。大半は扉から遠い壁際に固まって、落ち着きなく腰を浮かせて体をゆすったりしている。その先を探してもがいているようにも見えた。
 だが俺たちに逃げ場などない。彼らも含めて全員がここに収容された運命共同体なのだ。
 宮田はある意味諦めていた。木と鉄で象られた粗末な建物の中、無理やり押し込められた自分たちに、それらを破壊し脱出するだけの力はない。
 しかし牧野さんだけは守りたい。
 彼の体は燃える火種のように熱く、抱きかかえている自分にも熱の高さが伝わるほどだった。玉の汗が額に浮かんでは流れ、全身はぐっしょりと濡れている。
 今朝になって牧野さんは浅い呼吸をはくはくと繰り返すようになった。いまにも気を失ってしまうのではないか、不安に駆られて名を呼べば、弱弱しい返事が返ってきた。
「みやた、さん」
「牧野さん、もう限界では……」
「でも、私、あれだけは―――」
「分かってます、俺も最後まで付き合います」
 火照る手を握った。
 牧野さんはもう自らの熱で焼き殺されてしまいそうなのだ。何とかしたい、けれどここに入れられている限り、俺にはどうしようもない。なぜ閉じ込められるのか、どうして俺たちはこんな仕打ちを受けなければならないんだ。
 次の瞬間、荒々しい音と扉が開かれ、辺りが真っ白な光に照らされた。
 牧野さんは反射的に俺にしがみつき、俺も強くその体を抱いた。
 今度こそ守る、今度こそ離さない―――
 やって来た男たちは似たような恰好の彼らを一瞥し、扉の死角で隠れるようにしていた俺たちに目を付けた。俺ではない、標的は牧野さん以外にない。
 理由は一つだ。牧野さんはもう弱っている。抵抗する力も残っていない。奴等には好都合なのだ。奴等は必ず弱っている奴から連れていこうとする。
「ほら、牧野来い!」
 最近ここを取り仕切るようになった若い男が牧野さんの腕を掴み上げた。名は神代淳。ここにいる全員の敵で、俺が心底憎んでいる奴だ。
 牧野さんは着ているもので大分ごまかされていたが、熱のせいで衰弱しかかっていた。全身とはいかないまでも体重の軽くなった体は、淳の片腕で簡単に半身が起き上がる。
「待て!」
 俺は離れていく牧野さんの足を掴み、非道にも引きずっていこうとする淳の不遜な左腕を引き裂こうと身を乗り出した。
「来たぞ、宮田を押さえ付けろ!」
 しかし素早く繰り出した右手は、真上から降って来た複数の腕に押さえ付けられた。淳に気を取られている間に背後に回った他の男たちが、俺の体を地べたに押し付けていた。
「くそ、お前ら、牧野さんを離せ!」
 叫び声は狼のように、全身を振るう様はイノシシのように俺はいきり立った。こんな二人くらいすぐにでも落としてやる。
 だが予想外に男たちは俺の体から離れず、苦戦する羽目になった。
「もういい、お前だけはここでやってやる」
 淳が凶器を取り出した。牧野さんがこの世でもっとも恐れているものだった。
「あっ、いや、いやぁっ」
 牧野さんは半狂乱になって俺に向かって手を伸ばす。
「牧野さん!」
 しかし手は淳の足で踏みつけられた。俺の手は男たちに取られ伸ばすこともできない。
 二枚の刃が黒衣に切り込みを入れ、素肌に触れた凶器を感じ取った牧野さんはさらに暴れ出す。
「宮田さん! 嫌です、お願い助けてっ」
「暴れるな牧野!この…ッ、今度こそ身ぐるみ全部剥いでやる!」
「いやぁ!いやです、やめてぇっ」
「止めろ!牧野さん、牧野さん!」
 俺たちの声も断ち切るような、ジャキンという音が響いた。その音を何よりも嫌っている牧野さんは、一度響いた音を聞いたきり、動けなくなってしまった。
 ジョキ、ジョキと牧野さんの黒衣が剥ぎ取られ、素肌が露わになっていく。怯える牧野さんの柔らかく、ピンク色の素肌が。
 俺たちはもう何もできなくなっていた。牧野さんははらはらと涙を流し、俺も下手に暴れて牧野さんに傷をつけたくないと思うと動けない。
 そうして牧野さんは今まで着ていたものを全て切り取られた。丸裸の状態にしてやっと解放された牧野さんは、くったりと横になって、もう身動ぎもしなかった。
「お前ら……いつもいつもひどいことしやがって……!」
「次は宮田だ!こっちへ寝かせろ!」
 歯を剥き出して突進しようとした俺も、すぐに牧野さんと同じ格好にされた。唯一身に着けることを許されていたものをズタズタに切り裂かれるなんて、生きている中で最大の屈辱だ。
「もう……こんな姿にされるのは御免です……」
 屈辱を味わわされながら生かされる事実に抱くのは悲壮と虚無だけだ。戻ると、牧野さんが隅で泣いていた。両腕で胸を覆い、藁で身を隠すように縮こまっている。俺は上からかぶさるように肩を抱き、優しい声で囁いた。
「牧野さん……俺も一緒ですから……」
「宮田さんにだって、こんな私のみっともない姿、見せたくなかった……!」
「そんな……牧野さん、綺麗です。あなたは裸になっても綺麗ですから……」
 涙が唇に吸い込まれる。着ているものがないだけ彼を慰めやすかった。牧野さんの体はまだ火照っている。汗で濡れた体とその悲しみを、俺は舌で舐めとってやろうと思った。



 夏を目前に控えた恒例行事を、亜矢子たちは畜舎の外から眺めていた。
「なんで淳はいちいち羊に人間みたいな名前を付けるのかしらね」
「さあ」
 美耶子は牧羊犬のケルブとたわむれている。
 艶々の毛並にモコモコの手触り。手のひらを埋め、わしゃわしゃとかき回す。今日は年に一度の毛刈りの日だった。
 一年間で分厚くなった羊たちの毛は今日で綺麗に刈り取られてしまうのだから、もう弄り回せなくなる。ぬいぐるみのような抱き心地で楽しませてくれるのは、地面で腹を見せているこのケルブだけ、美耶子はそれだけが名残惜しかった。
「おい牧野!いつまでもメソメソするな!たかが毛を刈られたくらいで……そうしないと毛玉みたいになって困るのはお前だろう!」
 羊の鳴き声が飛び交う畜舎の入り口から淳の怒声が聞こえてきた。それに時々苦笑した飼育員たちの笑い声も。
 だがまあほとんどは淳の独り言である。
 それが淳なりに環境へ適応しようとした結果なのであった。
 どう見ても同じにしか見えない羊にせめて区別をと思って名前で呼んでいるらしい。名前で呼ぶことで意識的に愛情も育まれるのだとか。
 ただ問題はそのネーミングセンスである。
「宮田とか牧野とか……羊小屋で誰かに暴力でも働いてるんじゃないかって、余所の人が来たらいつも変な顔されるわ」
「ふーん」
 余所の評判はともかく、この近辺で淳は評判の孝行息子と呼ばれていた。入り婿なのによく働く、と。
 亜矢子との見合いでサラリーマンを辞め、数年で彼は次世代を担う若き畜産経営者となった。畜産とは無縁の暮らしをしていた淳も、今ではすっかり立派な農業人である。
 脱サラして農業というのは、最近都会でもよく聞く理想の余生の過ごし方の一つに挙げられる。だが第一次産業の現状は非常に厳しく、馴染みのない者には夢半ばで敗れることも多いのである。
 24時間労働の過酷さに根をあげて故郷に逃げ帰ったり、動物を粗末に扱う人間も少なくない。その中で淳はよくやっている方だった。一本気な性格で、仕事も一生懸命だし―――なんて深夜に両親が話しているのを、先日美耶子は聞いてしまった。
 だから亜矢子の話は聞くまでもないと初めから無視しているところもあった。なんだかんだ言ってこの夫婦は上手くいくのだろうから。
 美耶子の細い指が撫でるポイントを腹から首筋に移し、ケルブが気持ちよさそうな声をあげた。
「あっ、おいこら!須田、お前はもう刈り終わったんだからあっち行ってろ!」
 神代牧場は今日も平和である。



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牧場が毛刈りの季節を迎えたらしいと聞いて。
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